第一章「誰がために反旗は翻る」の陸
「……分かり申した」
わしは関ヶ原の戦のことを思い出した。あの時もわしは内府(徳川家康)の首を取る千載一遇の好機と気が焦っていた。親友の紀之介(大谷吉継)の「拙速である」という忠告に最後まで耳を貸せなかった。
今度はあの轍は踏まない。慎重にやるのだ。
「村長殿が『一揆』をやりたくはないという気持ち、分かり申した。だが、このままではジリ貧であることには変わりない。わしもわしの相棒のおとかも農業には多少の知識を持っている。『大豆』の作付けを続けざるを得ないにしてもお役に立ちたいと思うのだが……」
村長殿はしばらく考えていたが、やがて、ゆっくりと回答した。
「お気持ちは有り難い。だが、この村には他にも事情がある。今日はもう夜も更けた。今日のところはこれでいったん打ち切りにしてもらいたい」
「分かり申した。わしらがサコとウタと知り合えたのも何かの縁。いい方向にお考えいただきたい」
村長はそれには答えなかった。
そして、わしとおとか、それにサコとウタは村はずれの空いている小屋で一夜を明かすよう指示された。
家に戻れないと聞いたウタは泣きだし、サコとおとかが宥めていたが、やがて、泣き疲れて眠ってしまった。
サコも眠ると、おとかはわしに聞いて来た。
「どう? この村は? 何とかなりそう」
わしは寝転がったまま答えた。
「一度はサコとウタを捨てた身だ。そう簡単には受け入れてはくれまい。だが、受け入れてもらえば、手は無くもない。見たところ、堆肥を使っている様子がない。人糞や雑草を混ぜた堆肥を作って、撒けば、いくらかは地力の衰えは補えると思う。後は『かんぼじあ』が自生した丘陵に隠し畑を作る。『大豆』は全て領主に納める以上、隠し畑の作物で村人の命を繋ぐようにしていきたい」
「うまく行くといいね」
「ああ、一筋縄ではいかぬだろうが……」
いつしかわしもおとかも寝入っていた。
◇◇◇
深夜、怒号で目を覚ました。
脇を見るとおとかも起きたようだ。
サコとウタは寝入っている。まだ、無理に起こすことはあるまい。
小屋から顔を出したわしは近くの人に何が起こったか、問うた。
「『大豆泥棒』だっ! 闇に乗じて、『大豆』を刈り取ろうとしていきやがったっ! 見咎めた俺らの村の者と喧嘩になっている」
わしは小屋に戻ると、武器を捜した。古い鉄製の鍬を見つけた。これで十分だろう。
「どうするの?」
おとかの問いに、わしは鍬を掴みながら、答えた。
「わしも泥棒退治に参加する。おとかはサコとウタを守ってくれ。何、心配するな。これでも元は武士よ」
鍬を握り、怒声のする方向に向かいながら、わしの心は躍っていた。やはり、わしも根のところは武士らしい。
現場について見ると、それは「喧嘩」の範疇を超えていた。双方、三十人くらいずつが、鍬などを手に戦っている。小規模ながらこれは立派な「戦闘」だ。
「さあて、わしも『盗賊退治』に参加するか」
鍬を握り直すわしに、後ろから声がかかった。
「待ってくれ。佐吉殿」
◇◇◇
振り向くと、そこには村長殿がいた。
「村長殿。わしも一夜の宿を貸していただいた恩がある。ここは参加させていただきたい」
わしの言葉を村長殿は右手を振って、制した。
「そうではない。そうではないのだ。佐吉殿」
「どういうことであるか?」
「佐吉殿。そなたはただの領民ではあるまい。兵士、それも領主階級の出身だろう。戦えば、相当の戦力になる筈だ。だが、それでは困るのだ」
「何故?」
「相手は『盗賊』ではない。この近くの他の村の者だ」
「!」
「『大豆』が所定の量納められないのは我が村だけではない。この地域はみなそうだ。苦肉の策で他の村の奴らが、我が村の『大豆』を盗りに来たのだ」
「……」
「我が村の連中もそうだが、他の村の連中も戦は素人だ。そこに、そなたのような訓練された者が出ては、相手を皆殺しにしかねん」
「……」
「そうなると他の村は丸ごと潰れる。そうなると、潰れた村が納める筈だった『大豆』は……」
「……」
「我が村を含むこの地域の村が代わって納めねばならぬことになるのだ」
「!」どうなっているのだこの国はっ? これでは民も死に絶えるが、国全体が傾き、領主だって滅びの道を辿るだけではないかっ! しかしっ! しかしっ!
そこに背後からまた別の者の声がした。
「話は聞かせてもらったよ。ここはあたしに任せてもらえないかな?」