第一章「誰がために反旗は翻る」の伍
そして、転生先で「かんぼじあ」に出会うとは……
おとかの言うとおり、この転生には「偉い神様」の意思が働いているのかもしれん。
◇◇◇
わしは茫然として、状況を見守っているサコとウタの父のところに、椀に入れた茹でた「かんぼじあ」を持って行った。
「まあ、食べてみませぬか? さっきからご覧になっていて、食って調子を崩した者もおらぬでしょう」
「ああ。あいすまぬな」
サコとウタの父は小さく頷くと、「かんぼじあ」を口に運んだ。
「旨い…… それに、甘いな」
わしは小さく笑った。
しばしの沈黙の後、サコとウタの父は重い口を開いた。
「村人たちの笑顔を見たのは久しぶりだ。村長として、お礼申し上げる。だが……」
「……」
「すまぬが、明日の朝には、サコとウタを連れて、ここを立ち去ってくれ。いずれにしても、この村には先が……ない」
やはりか……好きで子捨てをするような親はそうはいない。だからこそ……
「何故、村に先がないと言われまするか?失礼ながらわしから見れば、改め得るところを、改めれば、この村に先がないなどということはありますまい」
「改め得るところ? 例えば?」
「例えば? そう……」
わしは手近なところにあった大豆畑を指差した。作柄は痛々しいほどよろしくない。明らかに病気を発症しているものも多い。
「もう、この土地で『大豆』を作らない方がよろしかろう。同じ作物を何年も作っておられるので、明らかに地力が落ちている。次期作は『大豆』はやめて、わしが持ち込んだ『かんぼじあ』を作られればよい。あれなら地力が弱くても平気で……」
わしが言い終わる前に、村長は右手を振って、制した。
「分かってはおるのだよ。だが、この村ではこの『大豆』以外を作る訳にはいかないのだ」
◇◇◇
「!」
それは何故?と問い返そうとしたわしの脳裏を前世のある記憶がよぎった。だから、別の言葉がわしの口から出た。
「それはご領主の命ですか?」
「その……とおりだ」
前世でも病や天候の不順に強く、多収量が期待できる米の栽培を領主が「食味が良くない」という理由で禁じた事例があった。それと同じ形か……
「何故、ご領主はこの『大豆』を選ばれたのですか?」
「この地域でしか穫れない『大豆』なのだ。順調に育てば、実は黄金色に輝き、食味も大変良い。他国への有力な輸出品となっている」
そうか。そういうことか。しかし……
「されど、拝見したところ、長年の連作のかどで、明らかに質は落ちておられる様子。もはや、有力な輸出品とはなり得ぬのでは?」
ここで村長は大きな溜息を吐いた。
「そう。明らかに質が落ちたことで『大豆』は買い叩かれるようになった。そして、ご領主がされたことは……」
「……」
「より多い量を輸出して外貨を稼ぐことだ。それはわしらへの『大豆』の増徴となって跳ね返ってきた……」
「!」何という暗愚な領主だ。それでは飢えた蛸が己の足を食うようなものではないか。この国は滅びるぞ……
「かつては『大豆』を納付するために必要な分の畑に作付けし、空いた畑にはわしらが食べるための『麦』や『野菜』を植えていた。ところが今は……、全ての畑に『大豆』を植えても、納める分に足りぬのだっ!」
「……失礼ながら、ご領主に減免を願い出たことはないのでござるか」
「……やったさ。わしの父、『おじい』が都に行った。そして、その結果は……」
「……」
「磔刑だ。磔にされたよ。その後、兵士が『おじい』の首を持ってきて、わしに投げつけた。『二度とこのような不届き者を出すな』と言ってな。わしの母、『おばあ』は絶望して、そのまま失踪した。子どもたちはわしが『姥捨て』したと思っているようだが……」
「!」
わしはたまらず立ち上がった。
「村長殿っ! わしが元いた『日本』という国でも、そういう愚かな領主はいた。だが、あまりにそれがひどい場合は、領民も黙っておらず、抵抗したっ! 『一揆』だっ!」
「……佐吉殿と言ったか。わしも若い頃はそうだった。だが、この年になってしまうとな。争い事は避けたいと思ってしまうのだ。『一揆』をすれば、わしらの目的は果たされるかもしれん。だが、多くの仲間が…… 家族が死んで行く…… わしはもうそれに耐えられそうにないのだ……」