第一章「誰がために反旗は翻る」の肆
わしとおとかは兄妹の案内で元いた村に向かった。手土産は「かんぼじあ」だ。
兄妹は兄の名前はサコ。妹の名前はウタというそうだ。
兄妹が村に戻れば、戻って来たことを責められ、下手をすると命を狙われるであろう。
それを止めるためのわしとおとかだが、我々だって命が危ない。怪しいよそ者以外の何者でもないのだから。
前世のように武器は持っていない。ましてや護衛の兵などいない。己の弁舌だけが頼みだ。
いざとなれば、おとかに兄妹を逃げさせる。自分はできるだけ攻撃を凌ぎ、最後に逃げる。
村の口減らしが目的なのだから、「もう来ない」と言えば、それ以上追いかけてはこないだろう。
村は結構遠かった。朝、丘陵を出て、着いたのはもう夕方近かった。
◇◇◇
ザッ
先を歩くサコの足元に矢が刺さった。
思わずサコは後ずさる。
ふむ。弓矢は持っているか…… 鏃は何だ? 石か鉄か 鉄だな 後ろに鉄製の鍬を武器の代わりに構えているのがいる。
「サコッ! 何故、帰って来た? 帰ってきたら殺すと言ってあった筈だっ!」
見たところ四十代と思われる男が弓に次の矢をつがえながら問う。
「まあ待ってくれ」
ここでわしが前に出る。
「サコが自分の意思で帰って来たのではない。わしが案内させたのだ」
「何…… だとっ! 貴様っ! よりによって何てことしやがるんだっ!」
男は真っ赤になって怒っている。やはりだ…… 本意で子捨てをしたのではない。断腸の思いでやったのだな。
わしはおとかの方を振り向いた。おとかは頷くと背中に背負った包みを広げ、中の「かんぼじあ」を見せた。
「食うに困ってのことだろう。ささやかだが、食い物を持って来た。まずは食って話さないか? そちらだって、腹が減っているのだろう?」
わしの言葉に男の後ろの者たちが前のめりになる。
「待てっ! みんな、惑わされるなっ! あれが毒物でない保証がどこにある?」
ふっ、さすがに冷静だな。だが……
「疑うのなら、わしらが食うのを見てから、食えばいい。言っておくが、これは甘くて、旨い。あまり様子を見ていると、わしらが全部食ってしまうかもしれんがな」
「悪いけど大きな鍋があったら貸してくれない? それと水。これは焼いても美味しいけど、茹でた方がもっと美味しそうなの」
おとかもかぶせてくる。村人は金髪の少女に驚いたが、水を張った鍋を貸してくれた。
◇◇◇
甘い匂いが一面に広がる。
「おとかの言うとおりだな。『かんぼじあ』は焼くより、茹でた方が旨そうだ」
わしの言葉に、おとかは得意気だ。
「ふふん。そうでしょ。うん。もう食べられそうだね。佐吉、食べてみて」
「あちちち。うん。旨い。焼くより茹でた方がいいな。サコとウタも食べろ」
「おっ、おいっ!」
先程の四十代と思われる男が止めにかかる。
だが、振り向いたサコが小さく返す。
「大丈夫だよ。父ちゃん。俺とウタは今朝、焼いた『かんぼじあ』を食べたんだ。でも、何ともないよ」
やはり、あの男はサコとウタの父親だったか……
サコの言葉に村人たちは一斉に鍋の周りに集まる。
「慌てないで。水が茹っているのだから、危ないよ。大丈夫。『かんぼじあ』はまだたくさんあるんだから」
おとかは村人たちを誘導している。
◇◇◇
村人たちは最初は恐る恐る「かんぼじあ」を口に入れる。
だが、その味を知ると驚愕し、更にもう一つもう一つと食べ進めていく。
そして、村人たちはいつしか笑顔になっていった。
◇◇◇
わしは初めて「かんぼじあ」を食べた時のことを思い出していた。
あれは天正十四年であったか。豊後の大名大友左衛門督(宗麟)殿が太閤殿下(豊臣秀吉)に下られた時だ。
大友殿が、南蛮人が海外から持ち込んだ新しい瓜で、甘味があると言って、献上してきたのだ。
太閤殿下は、ほんのりとした甘味がいいと言っておられたが、わしが気になったのは別のことだった。
大友殿は、この瓜は大変生命力が強く、荒れた土地で、全然人の手を加えなくても、結実する。更に天候の変化にも強く、同じ土地で毎年栽培しても、生産量が落ちず、品質も変わらないと言われたのだ。
わしはすぐに大友殿に頼み込み、「かんぼじあ」の種子をもらい受けた。大友殿の言っていることが本当なら、この作物は凶作や飢饉の時に領民の命を救う切り札になる。
早速、わしは家臣に命じ、「かんぼじあ」を栽培させた。家臣は栽培は順調と言ってきたが、幸か不幸か、わしが処刑されるまで、大きな飢饉は起きず、「かんぼじあ」の出番を見ないまま、転生することになった。