第一章「誰がために反旗は翻る」の参
「なかなか旨そうな柿の実だ。あ、しまった。皮を剥く刃物がないぞ」
「あたしが持ってる。貸して」
おとかはわしから一個柿を受け取ると器用に小刀で柿を剥いた。わしは何となくその姿に見惚れてしまった。
おとかはそれに気付いた。
「何見てるの? 佐吉」
「いや、こうして見ると普通の娘だなあと思って……」
「失礼な。あたしは普通の娘さんですよーだ」
ふくれっ面したおとかも可愛らしかった。わしはこの娘が一緒にいてくれるなら、この世界でも何とか生きていけるのではないか。わしはぼんやりとそう思った。
◇◇◇
「うわああああ~ん」
突如聞こえてきた幼女の泣き声が静けさを突き破った。
「こっ、こら、静かにしろっ! 見つかっちまうだろうが」
「だって、だって、あの柿。あたしも食べたいよう」
「だから、あいつらがいなくなったら、俺が柿の木に登って取ってやるからって、あっ!」
わしとおとかはその声の元、小さな兄妹の前に立った。
◇◇◇
妹は小さい。五歳くらいか。兄はそれより少し大きいが、十歳と言ったところ。健気にも自分が前に出て、妹を庇っている。
「心配するな。殺したり、捕らえたりはせんよ。柿も食わしてやる。但し、その後で、いろいろ話を聞かせてもらうがな。おとか、この子たちに二個ずつ柿を剥いてやってくれんか。どうも、腹を空かしているようだ」
「あいよっ」
おとかは素早く四個の柿を剥く。
わしは幼い兄妹に柿を渡す前にちょっとお預け。
「いいか。お前らはかなり腹を空かしている。慌てて食べると腹を下す。柿は逃げないから、がっつかず、よく噛んで食べろ。お前は兄だろう、妹によく言って聞かせろ」
兄は頷くと、妹に話す。妹も頷く。
それを確認してから、わしは兄妹に一個ずつ柿を渡す。
「おいこら、がっつくなと言っただろう。いいか、今、口の中にあるものを五十回噛め。そうしないと、次にかぶりつくことは許さん」
後ろでおとかが吹き出す。
「何か、佐吉って、この子たちのお父さんみたい」
「お父さんとは失礼な。この年ならお兄さんだろう。あ、ほらまた、口の中に残っているうちにかぶりついたな。駄目だと言ったろう」
おとかはわしの後ろで散々笑い転げ、二人の兄妹は時間をかけて、柿を食べ終えた。
「さて……」
◇◇◇
「約束どおり、話を聞かせてもらおうか。何故、おまえたちのような幼い兄妹がこんなところに二人だけでいた?」
「…… 俺たち捨てられたんだ」
! 馬鹿なっ! 子捨てだと……
佐吉は絶句した。
自分が統治していた所領では厳しく禁じたが、その前まで姥捨て、間引き、人身売買はあった。だが、物心ついた子どもを捨てるというのは聞いたことがない。
「この地ではそんなにひどい飢饉になっているのか? 日照り続きか大風などの災害はあったのか? 姥捨てや間引きもやってるのか?」
「日照りも大風も起きていない。けれど、ここのところ、作物の穫れ高は悪くなる一方だ。間引きはもううちは二回やった。姥捨てはもう去年おばあが捨てられた。それでも、食っていけないので、今年は俺たちが捨てられた」
「何だと……」
いや、そういうことも起きてはならぬのだが、飢饉ならまだ分からなくもない。
だが、災害らしき災害が起きていないのに、ここまで貧しいのはどういうことだ?
「おまえらが生まれてから、ずっとおまえらの村はそんな感じだったのか?」
この佐吉の問いを少年は強く否定した。
「そんなことはない。妹が生まれた頃までは『豆』もたくさん穫れた。間引きなんかしなかった」
豆!? 豆だと!
「おまえらの村は毎年『豆』。そうだな。このくらいの大きさで、色はこの木の枝を剥いだ後みたいな『豆』を毎年作っていたのか?」
「そうだ」
◇◇◇
「ふふふ。そうなると、何とか出来るかもね」
おとかが笑いながら、口をはさむ。
「何だ? おとか、おまえにも分かるのか?」
「当たり前だよ。あたしは宇迦之御魂大神様の眷属だよ。宇迦之御魂大神様はもともと農業の神様なんだ。分かるさ」
「おおそうか。じゃあ、これのことも分かるのか?」
わしは少し離れたところにたくさん自生していた両手で抱えられるくらいの瓜をおとかに見せた。
「何それ?」
「ははは。さすがにおとかもこれは知らないか。これは『かんぼじあ』だ」
「『かんぼじあ』?」
「夕べは暗くてよく分からなかったが、こいつが自生していたとはついていたぜ。まあ、今日のところはこいつを食ってみよう。上手くするとこいつも村を救う切り札になる」
おとかはまだ腑に落ちないようだったが、わしもこの兄妹もまずは食わねばなるまい。勝負はそれからだ。