第一章「誰がために反旗は翻る」の弐拾
おとかのことだから、二つの村の消火作業を完全に終わらせようとしていたり、気を利かせて、敗走する敵軍の追跡調査を行っているのかもとも思ったが、それにしても全く連絡がないのはおかしい。
「うん。会おう」
わしは努めて冷静を装って答えた。
サコとウタもおとかのことを気にしているので、立ち会ってもらった。ヨク殿とヒョーゴ殿もだ。
「面会ありがとうございます」
うやうやしい態度をとる「遊撃隊」の者にわしは伝えた。
「畏まる必要はない。それより早く話を聞かせてくれ」
「はっ。おとか様なのですが……」
「おとかがどうした?」
「先の戦で『妖術』を使い、今に至るまで臥せっておられます」
「何? 『妖術』を使ったのか? 敵に追い詰められたのか?」
「いえ…… 実は……」
「遊撃隊」の者の話では、おとかは自分は農業の神様の眷属なので、どうしても敵の兵糧を焼くことが出来ないと言い、代わりに「妖術」で煙を立ち昇らせたのだという。
あいつらしいと言えば、あいつらしいが、それにしても……
「で、様子はどうなのだ? 命にかかわりはあるのか?」
「…… 分かりませぬ。そこで領主様にご報告に上がった次第で……」
「…… 分かった」
わしは立ち上がった。領主であるわしが、戦が終わったばかりの砦内の仕事を放りだすのは、好ましいことではないのは当然のことだろう。しかし……
だが、おとかのこととなると話は別なのだ。
「ヨク殿。ヒョーゴ殿。サコにウタ。良いことではないのは重々承知だが、わしはすぐにでもおとかのところに行きたい。すまないが、わしの留守中、この砦を守ってもらいたいのだが……」
「ちょっと待ってよっ! 佐吉兄ちゃん」
すぐにサコが反論した。
「俺だって、おとか姉ちゃんのところに行きたいよっ!」
「あたしだって」
ウタも言ってくる。
「そうか。そうだな……」
わしはゆっくりとヨク殿とヒョーゴ殿の方を向いた。
「ヨク殿。ヒョーゴ殿。そういうことで留守をお願いしたいのござるが……」
ヨク殿は大きく頷いた。
「正直、わしには佐吉殿の名代は荷が重い。だが、わしもおとか殿には世話になった。あまり長い期間にならないこととわしの判断に余ることがあったら、すぐに『遊撃隊』の者を遣わして、佐吉殿の判断を仰ぐ。この二つの条件でお受けしたい」
わしは大きく頭を下げた。
「有難い。恩に着申す」
ヒョーゴ殿も言った。
「あの狐の姉ちゃんが参っているっていうのなら、俺だって駆け付けたいくらいだ。だけど、佐吉殿たちの方が付き合いが長かろう。ここはわしらに任せて、すぐにでも行ってくれ」
「すまない。行ってくる」
わしはサコとウタを引き連れ、おとかの臥せているという村に向かった。
◇◇◇
おとかは痛々しいほど痩せていた。
それを一目見たウタは、おとかに飛び付いて行った。
「おとかお姉ちゃん。あたしだよ。ウタだよ。分かる? 大丈夫なの?」
おとかはうっすらと目を開けた。
「ウタ? あたしなら大丈夫だよ」
「本当に大丈夫なの? ほらっ、佐吉兄ちゃんとサコ兄ちゃんも来たんだよ」
「ん? 佐吉とサコが来た?」
おとかはゆっくりと起き上がろうとした。
わしは慌てた。
「まっ、待てっ! 無理して起き上がらんでいいっ!」
サコも言った。
「いいから、いいから寝ていてっ!」
わしは脇にいた「遊撃隊」の者に問うた。
「おとかは何か食えているのか?」
「遊撃隊」の者は頭を振った。
「戦の日から何も……」
「そうか……」
そこにウタが飛び込んで来た。
「ねえ、おとか姉ちゃんに何を食べさせようとしたの?」
「遊撃隊」の者は戸惑いながら答えた。
「何ってその。ここに貯蔵されていた『大豆』の粥を……」
わしは驚いた。
「その方、おとかに何が食いたいか聞かなかったのか?」
「いえ。殆どの時間、眠られていたので、伺う機会もなく……」
わしとウタ、それにサコは大きく頷き合った。
「いけるっ!」
サコは「遊撃隊」の者に問うた。
「この村にも『鼠』はいるのでしょう?」
「遊撃隊」の者はまたも戸惑いながら答えた。
「ええ。もちろん。たくさん、居申すが」
「よしっ!」
サコは立ち上がった。
「俺が行って、たくさん『鼠』獲って来るっ!」
「待ってっ!」
ウタも立ち上がった。
「あたしも行って、獲って来るっ!」
サコは驚いた様子で言う。
「おいおい、ウタ。相手は『鼠』だぞ。大丈夫なのか? おまえ?」
「大丈夫だよっ!」
ウタは胸を張る。
「あたしは、おとか姉ちゃんの妹分だよ。『鼠』くらい捕まえられなくて、どうすんの?」
「おっ、言ったな? じゃあ行くぞっ!」
「うん」