第一章「誰がために反旗は翻る」の弐
うーん。まだよく分からない。なら、おとかはどうしてわしについて来れたのだ?
「あたしはねえ。あたしたちの中で一番偉くて、力のある宇迦之御魂大神様にお願いしたの。そうしたら、佐吉は前世でお百姓さんたちを大切にして、それで、あたしたちの眷属も大事にしていたから、おまえがついて行きたいというのなら、ついていってもいいって言ってくれたの」
何だかますます分からなくなってきた。
「まあまあ、もう陽も沈んだし、今日はもう休もう。火をおこすから、枯れ枝を集めてきて」
山に樹木はたくさんあり、枯れ枝はたくさん集まった。だが、どうやって火をつけるのだろう?懐を探っても火打石らしきものはなかった。それとも、おとかが持っているのだろうか?
「うんうん。これだけ枯れ枝集めれば上等。ほいっと」
何とおとかの右手の人差し指から青い光が出て、枯れ枝に火が付いた。
「おとか。おまえは何者なんだ?」
わしの問いに、おとかはいたずらっぽく笑って答えた。
「やだなあ。覚えてないの? 前世で一度会ってるんだよ」
「そっ、そうなのか」
わしは考え込んだ。金色に黒の混ざった長い髪。奇妙な服装。会っていれば、絶対、覚えているはずだが……
「まあ、今日はもう寝ようよ。疲れているでしょ」
その言葉はわしも否定できなかった。正直、瞼はひどく重い。
わしはその場で横になった。前世でもこの年頃は野宿もしたから、抵抗はない。見るとおとかも火の向こう側で腹ばいに横になった。
「だけど、こんなところで火を付けて寝て大丈夫なのか? 盗賊とか……」
わしの懸念を、おとかは一笑した。
「ふふふ。心配したって始まらないよ。この世界がどういう世界か、あたしにも佐吉にも全然分からないし。でも、大丈夫。佐吉がまた殺されて、転生したら、あたしはその世界にまたついて行ってあげるよ」
「それは『大丈夫』と言うことなのか?」
「ははは。『大丈夫』じゃないかもしれないけど、心配しても、何の解決にもならないってこと。それに佐吉は前世で一回殺されているじゃない」
「そうか。そうだな」
どうせ一度死んだ身だ。だが、おとかの言うところの偉い神様がどういうつもりで、わしをこの世界に転生させたのか、さっぱり分からない。
分からないなら、出来るだけ精一杯生きてみることしか出来ないってことだろう。
◇◇◇
翌朝、わしが目覚めた時、もう太陽はかなり高い位置にあった、よく眠ったらしい。
「おはよう。よく寝ていたね」
おとかから声がかかる。先に起きていたのか。
ん? おとか、口の周りが汚れてないか?
「おとか。何か食べたのか? 口の周りが汚れてるぞ」
「へ?」
おとかは慌てて、口の周りを拭うと、苦笑いした。
「え? ちょっとね。でも、人には好き嫌いってものがあるから、佐吉には向かないんじゃないかなあ」
「いや、わしはそんなに好き嫌いないぞ。それより、昨日から何も食べていない。そっちの方が問題だ」
「それでも、あたしの食べたものはいろいろと…… あっ、そうだっ! ほらっ」
おとかは少し離れたところにある一本の木を指差した。
「あれなんか、佐吉にいいんじゃないかな?」
近寄ってみると…… 柿! 柿の木だ!
「ふっ、ふっふ、ふはははは」
不意に笑いがこみ上げてきた。ひとしきり笑った後は、涙がでてきた。
「どっ、どうしたの? 佐吉?」
おとかは流石に驚いたようだ。
「わしは柿は大好物だ。だが、処刑される前、引き回しにあっている時、喉が渇いたので、水を所望した」
「……」
「ところが警護の奴ら、『水はない。代わりにこれを食されよ』と干し柿を差し出した。わしは痰の毒だからと言って、断った」
「……」
「そうしたら、警護の奴ら、『これから首を斬られる者が体の心配をしてどうする』と笑いやがった。だから、わしは言ってやったんだ。『大義を思う者は首をはねられる直前まで、命を大事にするものだ』と言ってやった。みな黙ってしまったがな」
「……」
「ところが、この地に転生してきて、喉の渇きを覚えた時、最初に思ったことが、あの干し柿もらっておけば良かっただ。ふっ、人とはこういうものかと思ったわ」
「佐吉。つらい思いをしてきたんだね……」
「おお、すまん。話が暗くなってしまったな。せっかくおとかが見つけてくれた柿だ。美味しくいただくとしようか」
わしは木に登ると、柿の実を何個か捥いだ。有難い。熟している。
「へーっ、佐吉って、木に登れるんだね」
意外そうなおとかに、わしは笑って答えた。
「わしはもともと江州石田村の土豪の次男坊だぞ。大名とは違う、土豪の息子が百姓の子と遊ぶなんて、当たり前だ。おとか、おまえは木に登らないのか?」
「うーん。大概のことは出来るけど、木登りはちょっと苦手かな?」
「そうか。人には得手不得手があるからな。ほいっと」
わしは柿の実を腕に抱え込むと、木から飛び降りた。