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第一章「誰がために反旗は翻る」の拾仈

 わしは言った。

 「煮た糞尿を敵兵に浴びせるのは大変有効な戦術なのだ。だからこそ、わし自ら行うし、この任務は名誉な任務なのだ」と。


 すると、この仕事を希望する者が何人も出て来てくれた。


 サコはかつてこうも言った。

 「でも、佐吉兄ちゃん。何も糞尿でやらなくても、熱湯でやれば?」


 わしは(かぶり)を振った。

 「十分すぎる程の量は用意してあるが、それでも籠城戦である以上、水は出来るだけ使いたくない。いや、本当は糞尿だって使いたくはないのだ。来季の貴重な堆肥になるのだから。それでも、水よりは使うのも仕方ないと思う」


 サコも納得してくれていた。

 「佐吉兄ちゃん。俺にもやらせてほしい」


 わしは頷いた。


 サコは叫びながら、煮た糞尿を敵兵に浴びせて回った。

 「おらあああっ! クソ喰らえっ!」


 わしは思った。

 うまいこと言うもんだ。


 ◇◇◇


 わしは一息つくと、拡声器を握り、敵兵に向かって、怒鳴った。

 「攻撃軍の者どもっ! 今、わしらが撒いているのは、煮えたぎった糞尿だ。かぶれば大やけどを負う。そしてな、煮た糞尿で負ったやけどは治らないのだよっ!」


 ピタリと敵軍の動きが止まる。味方はこの好機に敵に向かい、弓矢の一斉射撃を行った。多くの敵兵が空堀に転落していく。


 残った敵兵はいったん引き上げていった。なるほど、まるっきり考えていない訳でもなさそうだ。


 サコが敵も疲労しているだろうから「突撃隊」で突出したいと言ってきたが、わしは受けなかった。


 敵も疲労しているが、味方もそうだ。しかも、こちらの方が数は圧倒的に少ない。休息は確実にとりたい。


 ◇◇◇


 三日後、敵の総攻撃は再開された。その光景を見たわしは深い失望を覚えた。


 突撃してくる敵兵の後ろに弓隊がすべからく配置されている。その矢が狙うのは我々ではなく、突撃してくる敵兵だ。


 「督戦隊」という訳だ。我々の反撃を受け、後退しようとする敵兵は、彼らにとっての味方に射殺されることになるのだ。


 自分の配下など、同じ人だとも思っていないのであろう。こうなってみると、覚悟を決め、権力に反旗を翻した自分の判断は間違っていなかったということだ。甚だ残念な話だが……


 そして、更に残念なことに、その効果は出てしまっている。敵兵が長梯子を渡る速度は三日前より明らかに早い。


 だが、そうは言っても、こちらの弓や煮た糞尿が命中しなくなった訳ではない。


 敵の損害も三日前とは比べ物にならないほど多い。


 それを差し引いても、我が軍に迫る敵兵の数は増えて来た。このままでは砦への侵入を許す。


 こちらは老若男女様々な人間がいる。戦闘員だけが来ている敵とは事情が違う。白兵戦は極力避けたい。


 くそっ。まだ、温存しておきたかった手だが、使わざるを得ないか……


 わしは拡声器を手にすると叫んだ。

 「二の丸を放棄するっ! やれっ!」


 全方面で敵の攻撃を防ぐため、板塀が設けられている。その板塀は二重になっていて、内側は下の部分を土中に入れて固定してあるが、外側は縄で固定してある。


 その縄を一斉に切ったのだ。


 板塀は空堀に向かって、転げ落ちて行く。もちろん、敵兵と長梯子を巻き込んでだ。


 あちこちで悲鳴が上がり、殆ど全ての長梯子と数多くの兵を失った敵の二回目の総攻撃は頓挫した。


 しかし、その代償も大きい。最後の切り札を使ってしまった二の丸はもう維持できない。こちらも後残すのは本丸だけになってしまった。


 ◇◇◇


 その後しばらく敵の攻勢はなかった。


 おとか率いる「遊撃隊」の情報収集で、また、部隊の一部を元いた二つの村に引き上げ、長梯子の再調達を行っていることが分かった。


 「おとか。残った敵はどのくらいだ?」


 わしの問いに、おとかは淡々と答える。

 「だいぶやっつけたけど、まだ、二千以上はいるね」


 「それだけいると、まだ引き上げないか。後、内応してくれそうなのはいないか?」


 おとかは首を振る。

 「うちの方でも、みんな頑張ってくれてるんだけどね。この世界の人たちからすると、佐吉の言ってることは、あまりにも、地に足のついていない夢物語なんだよ。不満はあっても、佐吉につくことにはとても踏み切れないみたいだね」


 「そうか。そうだろうな。となると、一番やりたくない『あれ』をするしかないのか」


 「あたしも農業(なりはひ)の神様の眷属だから、したくないよ」


 「すまん」


 「まあ、仕方ないね。この世界をよくするために必要な痛みだもの」


 ◇◇◇


 七日ほどで、敵は長梯子をそろえ直したようだ。


 サコからこの間に、こちらも二の丸を修復しなおしてはという提案があったが、わしは受けなかった。作業に従事する者が敵襲をうける懸念が払拭できない。


 それを守るのに「突撃隊」の数は充分とは言い難い。


 そうこうしているうちに、敵の三度目の総攻撃が開始された。


 敵も必死である。外周部とは違い、あまり広くない二の丸に長梯子を持ち込む作業だけでも、こちらの恰好の標的になる。


 当然、数多くの死傷者を出しているが、侵攻を止めようとしない。


 敵も厳しい精神状態の筈だ。拡声器を使い、投降を呼びかけようかとも思った。


 だが、敵の損害を顧みぬ攻撃は、そういったことをする暇を許さない。




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― 新着の感想 ―
[良い点]  次々と出てくる妙案に、さすが石田三成だなあとスマホに頷いてしまいます。  敵兵を減らしつつ、味方を守り抜いていて、凄いなあと。 [一言]  作品に没頭して読んでいるので、石田三成さすが❗…
[一言] うわあ、督戦隊とは……。 何とエグい……! でも実在したものですし、戦争の闇は深いですね。
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