第一章「誰がために反旗は翻る」の拾陸
子どもたちは、この「新しい村」を守り抜くことで同じ方向を向き、生きていく力は「捨てられる」前より遥かに上がっている……そのことを目の当たりにしたからだ。
大人も負けてはいられない。皆が食うに困らず、豊かに暮らせる。それが「新しい村」なら、自分たちだって貢献したい。
そして、大人たちにも「突撃隊」入りを望む者がでた。例によって、十歳のサコが「侍大将」であることに、多くの者が不満を言った。
そこにニヤニヤ笑いながら出て来たのは…… ヒョーゴ殿だ。
「あれこれ口で言うより、腕で決めたらどうですかな?」
サコは十人もの大人をあっという間に棒一本で倒した。
ヒョーゴ殿は笑って見ていただけだった。
わしはヒョーゴ殿に近づくと言った。
「ヒョーゴ殿は、サコと勝負はしないのですかな?」
一瞬、サコの眼が光ったが、ヒョーゴ殿は笑ったままだ。
「わしは勝てぬ勝負はせぬよ。ここへ来て命が惜しくなってきたんでな」
「命が惜しい?」
「ああ。どう考えたって納めることの出来ない数の『大豆』を出せ出せ言われて、飢えて死ぬような命なら、とっとと死んじまった方がいいかなと思っておった。ところが、こんな面白い話になるなら、最後まで見届けたい。死んでなんかいられるもんかね」
相変わらず食えない人だ。
◇◇◇
周りの人間に弓矢の使い方を教えている村長殿を見つけたのは、そのすぐ後だった。やはり優れた人間だ。すぐここに馴染んで、自分の役割を見出したらしい。
「村長殿っ」
声をかけて、駆け寄っていくわしに村長殿は苦笑した。
「佐吉殿。もう、わしは村長ではないよ。ヨクと呼んでくだされ」
「いやそんな」
「村長はそなた。いや、二つの村を束ねたから、領主様か」
「わしも領主様と呼ばれたくはない。前のとおり佐吉と呼んでくだされ」
「分かり申した。わしのこともヨクと呼んでくだされ」
「承知いたした。ヨク殿」
「なあ、佐吉殿」
「ぬ?」
「わしはつくづく間違っておった。お上に逆らうと追討され、多くの村人が死ぬだろう。そればかり考えておった。だが……」
「……」
「ここにいる者たちを見て、考えが変わった。みんな、生き生きとしておる。これなら追討軍も追い返せそうな気がしてきた」
「追い返せそうなではござらん。追い返すのでござるよ」
「ははは。そうだな。わしも血が騒いできた。一つ、自慢の弓を見せて進ぜよう」
士気は上がって来ている。このまま行きたいものだが。
◇◇◇
「遊撃隊」から連絡が入った。
二つの村に駐留していた三千の軍勢に動きがあったとのことだ。
この砦が見つかったのだろう。
予想以上に日数が稼げた。数百人もの人間が入れて、中で生活できる砦だ。おまけに周囲は二重の堀と土手に囲まれ、土手の上には板塀まである。
もっと早く見つかると思っていたが、逆にこちらがあまりに堂々としていたもので、気付きづらかったか。
いよいよ。いよいよ開戦だ。
わしはウタに作成を依頼していたものを持ってこさせた。
「佐吉兄ちゃん。何なのこれ?」
ウタは巨大な漏斗状のものを体全体を使って、運んで来た。
わしはウタからそれを受け取ると、ニヤリと笑った。
「ウタ。これから大きな音がする。危ないから少し離れていろ」
「うっ、うん」
ウタは腑に落ちない顔をしながら、その場を離れた。
わしは大きく息を吸い込むと、巨大な漏斗状のものの口に向かって、叫んだ。
「緊急招集だっ! 手が離せない仕事がある者以外は集まってくれっ!」
更に拡声されたわしの大声は砦中に響き渡った。
その声に驚いた砦中の者がわらわら集まって来る。
思わず耳を塞いだウタも、わしに尋ねた。
「佐吉兄ちゃん。何なの? その大声? 驚いちゃったよ」
「ははは。これは『拡声器』だ。よく声が聞こえるのだよ。味方にも、そして、敵にもな」
◇◇◇
わしは集まった者たちに状況説明を始めた。
この砦に約三千からなる追討軍が向かって来ていること。この砦の中にいるのは、老若男女合わせて三百を少し超えるくらいであること。数の差はあるが、この砦は堅固に作ってあるので、皆が心を一つにして、守れば、十分守り切ることなどを話した。
見ていると、不安そうな顔を見せているのはみんな大人だった。逆に子どもたちはわくわくしたような顔をしていた。まあ、無理もなかった。
ここはもう一つ士気を上げたいところだが、仕掛けは用意してある。
「サコッ! あれを掲げてくれっ!」
「うっ、うん」
サコは予め用意していた幟旗を掲げる。そこには「大一大万大吉」の文字が……
おおーっ! 思わず歓声が上がる。
「ねえねえ。佐吉兄ちゃん」
サコがいつもの調子で尋ねてくる。
「これって、どういう意味なの?」
「うむ。それはな……」
わしは周囲にも聞こえるよう説明する。
「大一大万大吉というのはだな、一人は万民のため、万民は一人のために尽くせば、皆、幸福(吉)になるという意味だ」
一瞬、静まり返ったが、先程以上の大歓声が上がる。
よし、いけるっ! わしはそう思った。