第一章「誰がために反旗は翻る」の拾伍
サコとウタのいた村は村長殿が強制徴収に来た役人と兵士を捕縛した。
郡府側の早急な「大豆」の納付と役人と兵士の引き渡し要求に対し、村長殿は「大豆」の減免と引き換えに役人と兵士を引き渡すと回答した。
その後、郡府は何も言って来なかったが、おとかが自ら狐体で郡府に行き、百人程度の部隊が弓矢を用意していることを確認したのである。
「遊撃隊」が文書を複数人で交代しながら、受け渡し、迅速に情報が届いた。
わしも、最初は村人を全て村から砦に避難させようかとも考えたが、本格的な砦の防衛戦が始まる前に、最大の戦力である「突撃隊」に実戦経験を積ませようと考え直した。
わし自身も敵兵の強さを知るいい機会である。だが、わしが砦を離れる訳にはいかないので、ここはおとかにわしの目と耳になってもらおう。
◇◇◇
緒戦は完勝と言えた。
敵方は翌朝明るくなってからの攻撃という方針で、煌煌と篝火をたき、見張りも立てずに寝ていたそうだ。
そこにサコの率いる「突撃隊」が三方向から夜襲をかけ、相手はろくに戦わず、武器と兵糧を置いたまま敗走した。
完全包囲すると相手も必死になって抵抗し、こちらも少なからぬ損害が出るから、必ず逃げ道を一つ空けておけというわしの教えもよく理解してくれていたようで良かった。
捕虜も二十人くらい出たが、全員、武装解除した上で、解放した。
これ以上、捕虜が増えても、食わせる食糧がもったいないとの村長殿の言は、もっともな話である。
だが、毎回、このような訳にはいくまい。さて、どうなるか。
◇◇◇
「三千?」
わしはその「遊撃隊」の者に問い返した。
「はっ、おとか様の情報では、郡府を発した軍勢。およそ三千。郡府は、ほぼもぬけの殻だそうであります。その軍勢はこちら方面に向かっていると」
「分かった。いつも言っていることだが、おとか以下の『遊撃隊』はわしの目と耳だ。続報もよろしく頼むぞ」
「はっ」
「それでだ、三千もの兵となると、残念ながら、今の村は守り切れぬだろう。直ちに二つの村に行き、全員が砦に入るよう、伝えてくれ。その時に、兵糧や武器、用具は出来るだけ持って来てもらえるよう頼んでくれ」
「はっ」
さて、敵の意向を推察してみるか。わしが敵だったら……
もう、何年も「大豆」の納付を拒絶する村などなかった。だから、初めは少ない人数で催促に行った。十人も行けば、相手は恐縮し、「大豆」を納付し、足りない分は「人質」を出す。疑う余地もなかったろう。
その十人が帰って来ないことは驚きであろうが、村の者が逆らうとは考えないと思う。むしろ、その十人の中に裏切り者が出たと考える可能性が強い。後は十人と村人がつるんだと考えるかだ。
どちらにしても、任務を果たせない十人は処罰の対象だ。念のため、多めの人数で、百名の追討軍を派遣する。ところが、この百名が予想もしない夜襲を受けたとはいえ、散々に負けて帰って来た。
敗将は自己正当化のために、こちらの数を多めに言うだろう。更に、こちらが向こうの正規兵に勝てる部隊を持っているとは思わないだろうから、数はもっと上乗せされる。
そこで総力を挙げての三千の軍。そこまで動員したとなると、前回、負けた原因が分からなかったという訳にはいかない。何が何でもこちらの軍勢を探そうとする。そうすると……
この砦が見つかるのも時間の問題。こっちは村に残っている者を砦に入れても三百を超えるくらい。三百対三千か……
「ふふふ。はははは」
「佐吉。何、笑ってるの?」
「何だ。おとか、もう戻ったのか?」
「ふふふ。あたしは四つ足の妖だよ。で、何で笑ってたの?」
「わしが笑ったのはな、民のために戦うことが、こんな面白いとは思わなかったんだ」
「ふうん。佐吉は前世では何のために戦っていたの?」
「前世か…… 前世は……」
秀吉公のため、秀頼公のため、そう思って戦った。だが、それが果たして民のためになったのだろうか……
「佐吉?」
おとかがわしの顔を覗き込む。わしは我に返った。
「いや。前世のことはいい。わしはここの村人たちを守り抜く」
「うん。あたしも頑張るよ」
おとかもにっこりと笑った。
◇◇◇
三千の軍勢はサコとウタのいた村とヒョーゴ村のいた村に侵攻したが、当然、両方とももぬけの殻だった。
いや、正確にはサコとウタのいた村では、捕縛された十名の役人と兵士だけが残されており、確保されて、郡府に護送された。
恐らく責任を被せられ、歪んだ権力機構の生贄になることだろう。
「三千の軍勢はほぼ二分割され、二つの村に駐留しています。その中から何組かの偵察部隊が出て、こちらの軍を探しているようです。偵察部隊を潰しますか?」
「遊撃隊」からの質問に、わしは頭を振った。
「いやいい。向こうは三千もいる。潰していってもきりがないだろう。それより、敵がこの砦を発見し、こちらに向かい出したら、すぐ知らせてくれ」
「はっ」
◇◇◇
砦に入った大人たちは子どもたちを見て泣き出した。
「捨てた」ことを詫びる者も多かった。
だが、そんな感情はすぐに消えてなくなっていった。