第一章「誰がために反旗は翻る」の拾肆
「佐吉。ぼうっとしている間はないよ。他にもこの丘陵は食えそうな野草や役に立ちそうな薬草もある」
おとかの言葉にわしは我に返った。
「そうだな。そういうのも備蓄してくれ。『大豆』は有り難いが、出来るだけ来季の作付け用の種子に温存したい。最後の切り札だな。後はこれから手紙を書く。村長殿に届けてくれ」
おとかは満面の笑みで答えた。
「あいよ。村長殿にだね」
ん? 何かあるのか? いやいや、悩んでいる間はない。急がねば……
必要なものは「食糧」。他に生活用品はあれもこれも……
◇◇◇
ここにいる者は『子捨て』された可哀そうな者ではない。
より良き『新しい村』建設のための先陣を切った者たちである。
皆が食うに困らず、豊かに暮らせる。それが『新しい村』!
だが、それを良く思わぬ者もいる。
そいつらに対しては力を合わせて、この村を守らねばならない。
その意識は村民に少しづつ定着していった。
「とにかく食える」。このことは大きい。
この頃になると、サコとウタがもともといた村から来た者は、ここに来る目的が『子捨て』ではないことをはっきり聞かされてから来るようになった。
そのため、以前と違い、来る者の表情は明るい。
しかし、それでも、先に『子捨て』された者たちが、生き生きとして「砦の建設」「戦闘訓練」「狩猟」「生活用品の製造」「食糧の採集、加工と保存」「来季の耕作に向けての準備」等々に従事しているのを見て、みな一様に驚いた。
そして、みな。自分のやりたいことを希望し、それに従事していった。まだ、若い者たちだ。「突撃隊」希望が一番多い。
サコが「突撃隊」を第一から第三に編成しなおしたので、わしはサコを全部隊を統括する「侍大将」に任命した。各部隊の長は「足軽頭」とした。
これで一隊は砦の防衛。二隊は狩猟と戦闘訓練と交代制で回せるし、狩猟で獲れる量も増える。
また、狩猟に出た部隊が他の村で捨てられた子を連れてくること出て来た。だが、これは、いや、他のことも含めて……
◇◇◇
「ちょっと。おとか」
わしはおとかを呼んだ。
「何?」
「実は……」
この村、あるいは砦は最近急速に発展している。そのこと自体は悪いことではない。
だが、この状況では、我々の行動が役人や兵士の耳に入っている可能性も上がっているのではないか。
とは言え、もはや引き返すことは出来ない。それは初めから分かっていたことだ。
それでも、敵方の状況は把握する必要はある。
「分かった。探りを入れてみるよ」
おとか率いる「遊撃隊」も二十名を数える規模になっていた。「突撃隊」に比べると、武器は軽装だが、俊敏性はずば抜けている。
おとかも今はこの活動に専念し、「生活用品の製造」「食糧の採集、加工と保存」「来季の耕作に向けての準備」はウタとその周りの女性陣に任せていた。
◇◇◇
何日かしておとかはわしのところに報告に来た。
「どうだ?」
「この砦が知られている様子はないね。だけど……」
「だけど?」
「村長殿が強制徴収に来た役人と兵士をとっ捕まえて、牢に放り込んだ」
「何? とうとうやったかっ!」
「相手は十人くらいいたってけど、村の大人総かかりで網使って捕まえたって、一番張り切っていたのがヒョーゴ殿」
「ヒョーゴ殿はあの村の者じゃないだろう」
「『役人をとっ捕まえる』なんて面白いことに加わらなくてどうするよって、本人は言ってたよ」
「あの人らしいって言えばそうだが、で、村長殿はどうするって?」
「女子どもは全員こっちに出来るだけ食糧や必需品持たせて送るって。男衆は敵方の様子を見て、大軍を送ってくるようなら、こっちに来るって。敵の動きは『遊撃隊』が見続ける」
「そうか。こっちまで意気上がって来たな」
「後ね。ヒョーゴ殿の村も女子どもから先に送ってくるって」
「何?あっちの村も加わるのか?」
「ヒョーゴ殿が役人と兵士の捕縛まで関与したからね。あっちの村長も腹括ったみたい」
「まあ。そこまでやったら、うちの村は関係ない。ヒョーゴが勝手にやったと言っても通らんだろうからな。それで多くの村人が救われればいい」
◇◇◇
かくて砦の人数は二百五十人ほどに膨れ上がった。ズモを頭領とする鍛冶組は大忙しとなったが、建設工事はその分進んだ。
そんな中、わしはサコを呼んだ。
「佐吉兄ちゃん。何の用?」
もう、五部隊五十人からなる「突撃隊」の「侍大将」だろう。言い方を変えないか?
「じゃ、じゃあ、殿、何用でござるか?」
駄目だ。こっちが吹き出す。前のとおりでいい。
「全くもう」
サコは大笑いする。
わしは要件をサコに伝える。
サコにも緊張感が走る。
「初陣だね」
「ああ、念のためおとかと『遊撃隊』にも参加させるが……」
「おとか姉ちゃんに言っておいて、ギリギリまで助けなくていいからって」
「ああ、言っておこう」