第一章「誰がために反旗は翻る」の拾参
次に来たのは、砦をわしとサコが仕切っていること自体が納得いかないという奴だ。
無理もない。わしは中身は四十一だが、外見は十二。サコに至っては十である。来る子どもには十五なんてのもいるから、そりゃあ面白くないだろう。
中には気に入らないと言って、喧嘩を売って来るのもいた。逆にこういうのはやりやすい。
わしが相手をしてやっても良かったが、サコがそれには及ばないと言って、全て相手をした。
全員があっという間にサコにのされた。そうなると、サコは強くても、わしは弱いのでは? という奴が出て来たので、わしとサコの模擬試合を一回見せてやった。試合と共に疑念は雲散霧消した。
むしろ、性質の悪いのは、不満を持ちながら、わしとサコの前ではおくびにも出さず、裏で中傷を流す奴だ。
こういう奴はどこでもいるが、すぐには対処は難しい。
だが、やがて、サコにのされた人間の中から有志が、槍と弓矢の戦闘訓練を始めた。
そのうち、サコに頼まないとなあと思っていたことを自主的に始めてくれたのは嬉しかったし、実に助かった。
この部隊は「突撃隊」になり、わしの表の「親衛隊」となった。これにより、中傷を流す奴もやりにくくなった。ただ、わしは「突撃隊」が増長しないよう気を遣った。その辺はサコが分かっていてくれていたので、やりやすかった。
さっき、表の「親衛隊」と言ったが、裏の「親衛隊」もある。
おとか率いる「遊撃隊」だ。こちらは敏捷性を重視し、後方かく乱やサコとウタのいた村との極秘の連絡を任務とする。
と言っても、今のところ、連絡要員はおとかにしかやってもらっていないのだが……
その日もわしはおとかに密書を託した。
◇◇◇
成果はすぐ出た。
鍛冶屋の息子のズモが簡素な鍛冶道具一式を持って、やってきたのだ。
砦の建築作業は鍬や鋸の消耗が激しいし、突撃隊に持たせる槍の数も不足している。更に砦の防衛戦となった場合、全員に弓矢を持たせたい。
となると、特に「矢」は何本あってもいいくらいだ。そうなると、鍛冶が出来る者は喉から手が出る程ほしい。
ズモが来るとわしは飛び付いて喜びを現した。
ズモは鍛冶屋の息子らしく寡黙で不愛想だ。それでも、わしの行動に驚きの表情を見せた。
わしはズモに抱き着いたまま、話した。
「よくぞっ! よくぞっ! 来てくれたっ!」
次にズモを取り囲んだのは、「突撃隊」の者たちだ。
「槍作れるの?」
「刃物の見本とか見せてほしいんだけど……」
建築担当の連中も黙っていない。
「もう、鍬が痛んできちゃって、何とかならない?」
「おっ、すげえ。いい砥石持ってるね。貸してくれない?これで鋸の切れが戻るぞ」
ズモはしばらく当惑していたが、やがて、照れたように微笑した。
◇◇◇
もう一人の喉から手が出るほどほしい人材も程なく来た。
焼き物職人の子のトコだ。
これで籠城戦になった時の水を貯める甕、食糧を保管する壺、来期に「かんぼじあ」や他の作物の種子をの保管もやりやすくなる。
これも有難いことだったか、喜んでばかりもいられなくなった。
トコが密かに村長殿の手紙を持って来たのだ。
「いよいよ。役人と兵士を誤魔化すのも難しくなってきた。先日、最後通告をされた。次回は兵士を何人も連れてきて、強制的に徴収するそうだ。出来るだけ抵抗するが、どこまで出来るか分からない。危険なので子どもたちは今まで以上にそちらに逃がすようにする。その際、出来るだけそちらで必要なものを持たせるようにするから、言ってほしい」
わしはその手紙を握りしめた。
幸い本丸はほぼ完成し、二の丸の建築に着手した。「突撃隊」の練度も上がって来ている。しかし……
「サコッ、この辺の獣は食えるのか?」
わしの問いに、サコはニヤリと笑って答えた。
「イノシシ、ウサギ、シカ、アナグマとかなら」
うん。前世と変わらないようだな。よしっ!
「『突撃隊』の訓練を兼ねて、狩猟してきてくれ。干し肉にして、備蓄食糧とする」
今度はおとかを振り返った。
「おとかの方は『かんぼじあ』や木の実とかの備蓄を頼む。後は水を甕に貯める作業を進めてくれ」
おとかもニヤリと笑って答えた。
「佐吉。それはウタにやってもらおう。もうあの子も凄い戦力だよ。あたしは他のことも出来るからね」
わしは頷いた。
「後は全員が弓矢の訓練をするようにする。後は……」
やはり食糧が不安だ。いくらあっても足りないからな。
「佐吉」
おとかは淡々と言った。
「何だ?」
「実は結構『大豆』を持って来ている子が最近出て来ている」
「何だと?」
「ヒョーゴ殿の村でも『子捨て』が随分行われるようになっているそうだ。ヒョーゴ殿は村長ではないから、大っぴらに出来ないそうだが、こっそり納付用の『大豆』を隠し持って、『子捨て』された子に持たせているんだ。ばれたら命が危なくなるから、その時はここに逃げ込むので、よろしく頼むとこないだ言われた」
「おとか。おまえ、ヒョーゴ殿にも会っていたのか?」
「何か会うと面白いことが起こりそうで、会っているんだ」
む?何か不思議な感情がわしの中を走った。それが何なのかはその時は分からなかったが……