第一章「誰がために反旗は翻る」の拾弐
日没までに丘陵に着いた。今日はもう休もう。だが、いつまで村長殿が役人や兵士を誤魔化せるかは分からない。一刻も早く砦を築かねば。
翌朝、わしらはまだ残っていた柿で朝食を済ませた。おとかは例によって、一足早く起きて、鼠を食ってきたらしい。満足といった顔をしている。
サコがポツリと言った。
「鼠って旨いのかな?」
何だか、わしも一度、食ってみたくなった。
◇◇◇
さて、何より最初にせねばならぬのは、砦の縄張りだ。これはおとかが奉行ということになる。
「うーん。人形だとやりにくいから、変身するね」
そう言うが早いか、おとかの全身は煙に包まれ、その煙が晴れた時、それはそれは見事で輝かんばかりの黄金色の毛皮を身に纏った一頭の狐が姿を現した。
「きゃーっ」
歓声を上げたのは、もちろんウタだ。
全身で狐体のおとかにまたがると、頬ずりを始めた。
「気持ちい~い。おとかお姉ちゃん。もふもふ~っ!」
「ちょっとぉ~、ウタちゃん。くすぐったいよー」
おとかは狐体でも人語を話せるようだ。これは手間なくて良かった。
ちらりと横を見ると、サコが見るからに落ち着かない。
分かるっ! 分かるぞっ! わしだって、あの毛皮に頬ずりしたい。しかしっ! そうはいかないよな。やっぱり。
◇◇◇
ウタが満足するまで、頬ずりさせると、わしらは丘陵の周囲を歩き回り、見分を始めた。
おとかは「もうここはこれで良い」というところから、自らの尾で線引きをしていく。
一番、ついていたのは、山麓の近くにも、水が湧いているところがあったことだ。量も多い。これで中腹の泉は切り札として使える。普段は山麓の水を使うことにしよう。もちろん、雨水だって、溜める必要がある。
後は量的には僅かだが、どうもこの丘陵。鉄を産する。鍛冶の技能を持つ奴がきてくれれば好都合なんだが……
その日のうちに縄張り作業は終わった。もちろん、これは本丸と言ったところだ。捨てられた子が集まり、人数が増えたら、二の丸、三の丸と増やしていくことになろう。
それにしても、おとかは満足そうだ。納得のいく縄張りを引けたのであろう。
それはわしもそうだ。この砦。間違いなく攻めるに難く、守りに易いものが出来る。攻め手を追い返すための第一弾くらいはもうできそうだ。
サコが張り切っていてくれている。縄張り作業が終わった時はもう夕方近かったが、鍬を持ち出し、「少しでも空堀を掘り、土手を作ろう」と提案してきた。
良いことだ。わしも賛成した。
結局、わしとサコは日が完全に沈むまで、空堀を掘り、土手を作った。
サコは篝火をたいて、夜も作業しようと提案したが、わしは止めた。
先は長い。体を壊しては元も子もない。
丘陵に戻ると、おとかとウタが村を出る時にもらった鍋で「かんぼじあ」を煮て、待ってくれていた。
いい匂いがする。わしもサコも笑顔になった。
何か幸せだ。ずっとこのままでもいい。でも、そういう訳にはいかないのだろう。わしは無理せず、早く空堀と土手を完成させる方法を考えていた。
◇◇◇
このままでは、わしもサコも掘れる深さは自分たちが堀から上がってこられる範囲内だ。当然、土手もそれに比例した高さまでしかできない。
取りあえずは堀全体を広く浅く掘ることを優先し、その間に、おとかとウタには木製の梯子、掘った土を上に持ち上げるための縄付きの籠、この世界には竹があるのでは編める、米麦を作っている様子がないので、縄はどうするのかと思っていたら、植物の蔓を使って作るらしい、そう言ったものを作ってもらうことにした。
なにぶん、わしとサコがやるにしても、空堀の部分は広い。しばらくは広く浅く掘ることになる。おとかとウタにはとりあえず五つずつも梯子と縄付きの籠を作ってくれと頼んだ。
だが、この目算はすぐに狂った。
わしらがこの丘陵で生活を始めてから三日目には、もう二人兄弟が二組。捨てられてと言って、この丘陵に来た。
五日目には三人兄弟が一組。七日目には二人兄弟が三組も来て、たった一週間で十七人の所帯に膨れ上がった。
男女はほぼ同数だったが、女性の中でも、食事の準備や梯子・籠の作製といった細かい手作業より、力仕事の空堀掘りの方が向いているというのが何人か出て、空堀と土手の作業が大いに進んだが、代わりに梯子・籠が足りなくなった。
◇◇◇
二週間を過ぎた頃から、困った新参者が何種類か出て来た。
最初は親に捨てられた衝撃から立ち直れず、心を閉ざして、交流を拒む子。
これは無理に交流を強制せず、時折声掛けだけして、楽しく作業だけしているところを見せた。
また、作業に不参加であることを批判することを、わしもおとかも固く禁じ、サコもそれに協力してくれた。
やがて、その子により、かかる時間の多寡はあったが、殆どは自然に作業に参加するようになっていった。
中には、最初から作業に従事していた子を凌駕する能力を発揮する子もいる。素質をつまらない批判や中傷で潰すなんて、もったいない話なのだ。