第一章「誰がために反旗は翻る」の拾壱
「で?おとか、縄張りを引けるのか?」
「あはは。佐吉。小田原征伐の時、狐が縄張りしたって城を攻めて、煮え湯を飲まされたことなかった?」
あっ、あった。そんなことが。あの時の経験から所領で狐を大事にするよう触れを出したのだ。
「あの城の縄張りはおとか、おまえがやったのか?」
「あたしじゃないけどね。同じ眷属がやったんだ。で、あたしにも出来る」
「よしっ!縄張りはおとかに任せる。建築全体はわしが取りまとめるとして、どうしても人手はいるな」
「そいつは、少し慎重にやる必要があるかもな……」
ヒョーゴ殿が不意に真剣な顔になる。
「冷静に考えれば、このことを役人や兵士にご注進しても、いいことは何もないと分かるんだが、中にはそれが分からず、自分だけ助かりたくて、ご注進する奴が出ないとはいえない」
分かる。人の心は弱い。わしは関ヶ原の大戦で嫌というほど思い知らされた。
「まあ、ご注進されても、百姓どもに砦が作れてたまるかと思っているだろうから、すぐには対応はせんと思うが、『大豆』の未納を続ければ、督促に来るだろうから、その時についでに見に行き、勘付かれないとは限らない」
「……」
「父ちゃん」
そこで、サコが意を決したように口を開いた。
◇◇◇
「む? なんだ?」
サコとウタの二人を思いやって、やったこととはいえ、村長殿には二人を捨てたという負い目がある。
「俺とウタは、もう捨てられた身だから、いつまでも村にいちゃいけない。そこの砦が築かれる場所で生活していこうと思う。佐吉兄ちゃん。おとか姉ちゃん。砦の場所って、あの『かんぼじあ』が生えてた場所だよね」
わしは頷く。
「ああ」
「それで、父ちゃん。この様子だと、他の家も『子捨て』しなければならないところは出て来るよね」
村長殿は黙って頷いた。確かにそれが現実だろう。
「それが出たら、捨てられた子は『砦』に来るよう、それとなく言ってもらいたいんだ」
「!」
そうか。その手があったか。わしは感心した。
捨てられる子の恰好の受け入れ場所になる。こちら側からすると、砦、そして新しい村建設のための貴重な労働力となる。更に大人と違って、役人や兵士にご注進などはしないし、出来ない。
「……分かった。そのようにする」
村長殿は小さく頷いた。
「それならば、村長殿。わしからも一つ頼みごとがある」
「佐吉殿もか、なんだ?」
「こっちに送り込む子には餞別として、古い農具や工具を持たせてもらえないであろうか?」
「餞別って、いい意味で送り出すのではないのだぞ。仕方ない。盗賊除けの武器くらいの名目をつけて持たせるか……」
「助かり申す。『子捨て』の名目であるが、実態は村ごとの守り易いところへの移転でござる。農具と工具はたくさんほしい。サコとウタ。後は、わしらにも持たせてほしい」
「佐吉殿とおとか殿はわしの子ではなかろう。まあいい。古いのをみんな持って行けばいい」
わしと村長殿の会話がおかしかったのか、おとかにサコ、ウタにヒョーゴ殿まで笑っている。
「全く、こんなおかしな『子捨て』。聞いたこともないわい」
村長殿はぼやく。
「『子捨て』の皮を被った新天地の開拓でござるよ」
わしも笑った。
◇◇◇
わしらはもう一泊させてもらい、村を発ち、先の丘陵に向かった。
他の村人の目もあるので、村長殿は「おまえらは捨てられたのだっ! 盗賊相手の武器代わりにその鍬をくれてやるから、二度と帰って来るなっ! 佐吉とおとかも来るんじゃないぞっ!」と怒鳴った。
ここはわしらも合わせる必要がある。わしもおとかもサコも肩を落とし、しんみりした表情を作り、とぼとぼと村を去る演技をした。
村人たちも神妙な顔で見守ってくれている。村長殿ですら『子捨て』をする。しかも、「かんぼじあ」を持ち帰り、他の村の襲撃から村を守りまでした息子を追い出す。
悲愴感が漂う。これはうちも「子捨て」をせねばなるまいか。あのように鍬を持たせて……
今は何も言えない。そういう空気を作らねばならないから……
っと、ふと見るとウタが笑っている。小さいなりに事の真相理解してるからな。こっ、こらっ!
サコが慌てて、ウタを村人の目から隠す。嬉しそうな声を出しそうになったから、口を塞ぐ。
小さいから仕方ないとは言え、手間がかかる。
また、ふと、村の方を振り返ると、何とヒョーゴ殿も笑っている。あなたが笑っちゃ駄目でしょう。大人なんだから……
まあ、他の村人から「子捨て」を見て笑う「嫌な奴」と思われればいいか。
◇◇◇
何時間か歩き、村が見えなくなったことを確認してから、一同は爆笑した。
「もう、ウタはあそこで笑っちゃ駄目だよ」
サコは笑いながら、諭すように言う。
「だって、だって、お父さんたちともまた会うのでしょう?そう思うとおかしくって」
ウタも決壊したかのように笑っている。
わしもおかしくて仕方ない。おとかも大笑いしている。
願わくば、このようにいつまでも笑えるように……
わしはおとかの言う「偉い神様」に祈った。