表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/21

第一章「誰がために反旗は翻る」の拾壱

 「で?おとか、縄張りを引けるのか?」


 「あはは。佐吉。小田原征伐の時、狐が縄張りしたって城を攻めて、煮え湯を飲まされたことなかった?」


 あっ、あった。そんなことが。あの時の経験から所領で狐を大事にするよう触れを出したのだ。


 「あの城の縄張りはおとか、おまえがやったのか?」


 「あたしじゃないけどね。同じ眷属がやったんだ。で、あたしにも出来る」


 「よしっ!縄張りはおとかに任せる。建築全体はわしが取りまとめるとして、どうしても人手はいるな」


 「そいつは、少し慎重にやる必要があるかもな……」

 ヒョーゴ殿が不意に真剣な顔になる。

 「冷静に考えれば、このことを役人や兵士にご注進しても、いいことは何もないと分かるんだが、中にはそれが分からず、自分だけ助かりたくて、ご注進する奴が出ないとはいえない」


 分かる。人の心は弱い。わしは関ヶ原の大戦(おおいくさ)で嫌というほど思い知らされた。


 「まあ、ご注進されても、百姓どもに砦が作れてたまるかと思っているだろうから、すぐには対応はせんと思うが、『大豆』の未納を続ければ、督促に来るだろうから、その時についでに見に行き、勘付かれないとは限らない」


 「……」


 「父ちゃん」

 そこで、サコが意を決したように口を開いた。


 ◇◇◇


 「む? なんだ?」

 サコとウタの二人を思いやって、やったこととはいえ、村長(むらおさ)殿には二人を捨てたという負い目がある。


 「俺とウタは、もう捨てられた身だから、いつまでも村にいちゃいけない。そこの砦が築かれる場所で生活していこうと思う。佐吉兄ちゃん。おとか姉ちゃん。砦の場所って、あの『かんぼじあ』が生えてた場所だよね」


 わしは(うなず)く。

 「ああ」


 「それで、父ちゃん。この様子だと、他の家も『子捨て』しなければならないところは出て来るよね」


 村長(むらおさ)殿は黙って(うなず)いた。確かにそれが現実だろう。


 「それが出たら、捨てられた子は『砦』に来るよう、それとなく言ってもらいたいんだ」


 「!」


 そうか。その手があったか。わしは感心した。


 捨てられる子の恰好の受け入れ場所になる。こちら側からすると、砦、そして新しい村建設のための貴重な労働力となる。更に大人と違って、役人や兵士にご注進などはしないし、出来ない。


 「……分かった。そのようにする」

 村長(むらおさ)殿は小さく(うなず)いた。


 「それならば、村長(むらおさ)殿。わしからも一つ頼みごとがある」


 「佐吉殿もか、なんだ?」


 「こっちに送り込む子には餞別として、古い農具や工具を持たせてもらえないであろうか?」


 「餞別って、いい意味で送り出すのではないのだぞ。仕方ない。盗賊除けの武器くらいの名目をつけて持たせるか……」


 「助かり申す。『子捨て』の名目であるが、実態は村ごとの守り易いところへの移転でござる。農具と工具はたくさんほしい。サコとウタ。後は、わしらにも持たせてほしい」


 「佐吉殿とおとか殿はわしの子ではなかろう。まあいい。古いのをみんな持って行けばいい」


 わしと村長(むらおさ)殿の会話がおかしかったのか、おとかにサコ、ウタにヒョーゴ殿まで笑っている。


 「全く、こんなおかしな『子捨て』。聞いたこともないわい」

 村長(むらおさ)殿はぼやく。


 「『子捨て』の皮を被った新天地の開拓でござるよ」

 わしも笑った。


 ◇◇◇


 わしらはもう一泊させてもらい、村を発ち、先の丘陵に向かった。


 他の村人の目もあるので、村長(むらおさ)殿は「おまえらは捨てられたのだっ!  盗賊相手の武器代わりにその(くわ)をくれてやるから、二度と帰って来るなっ! 佐吉とおとかも来るんじゃないぞっ!」と怒鳴った。


 ここはわしらも合わせる必要がある。わしもおとかもサコも肩を落とし、しんみりした表情を作り、とぼとぼと村を去る演技をした。


 村人たちも神妙な顔で見守ってくれている。村長(むらおさ)殿ですら『子捨て』をする。しかも、「かんぼじあ」を持ち帰り、他の村の襲撃から村を守りまでした息子を追い出す。


 悲愴感が漂う。これはうちも「子捨て」をせねばなるまいか。あのように(くわ)を持たせて……


 今は何も言えない。そういう空気を作らねばならないから……


 っと、ふと見るとウタが笑っている。小さいなりに事の真相理解してるからな。こっ、こらっ!


 サコが慌てて、ウタを村人の目から隠す。嬉しそうな声を出しそうになったから、口を塞ぐ。


 小さいから仕方ないとは言え、手間がかかる。


 また、ふと、村の方を振り返ると、何とヒョーゴ殿も笑っている。あなたが笑っちゃ駄目でしょう。大人なんだから……


 まあ、他の村人から「子捨て」を見て笑う「嫌な奴」と思われればいいか。


 ◇◇◇


 何時間か歩き、村が見えなくなったことを確認してから、一同は爆笑した。


 「もう、ウタはあそこで笑っちゃ駄目だよ」

 サコは笑いながら、諭すように言う。


 「だって、だって、お父さんたちともまた会うのでしょう?そう思うとおかしくって」

 ウタも決壊したかのように笑っている。


 わしもおかしくて仕方ない。おとかも大笑いしている。


 願わくば、このようにいつまでも笑えるように……


 わしはおとかの言う「偉い神様」に祈った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >分かる。人の心は弱い。わしは関ヶ原の大戦で嫌というほど思い知らされた。 うんうん( ˘ω˘ ) こうやって過去の失敗を糧に未来を切り開く展開大好きですよ!
[良い点] おおう。これは斬新な。 『子捨て』がこうなるとは…… ふーーむ! そうですよね、誰だって、本気で子供を捨てたくなんかないですよね。 本当に、こんな風にずっと笑っていられたら良いと思います!…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ