第一章「誰がために反旗は翻る」の拾
わしはそれを静かに諭す。
「村長殿。ヒョーゴ殿の申されたこのままではこの辺一帯の村人は全員死に絶えるしかないということは事実でしょう。それに、ヒョーゴ殿は注進してもいいことがないとまで申された。とにかく、話だけでもして損はないでしょう」
「うっ、うむ。しかしだな……」
村長殿はまだ不安そうだ。
そこにヒョーゴ殿はかぶせてくる。
「ヨク殿。まあ、話だけでも聞いてみましょうや。どう考えても出来ない話なら、わしもそう言うから」
わしもそのヒョーゴ殿の言葉は有り難かった。
「そうですな。わしもこの世界のことはまだよく知らない。その方が助かる」
「わっ、分かった」
村長殿はようやく同意した。
◇◇◇
わしはその場にあった椅子代わりの木の切り株に座り直した。
「では。再確認させていただくと、この村もヒョーゴ殿の村も所定の『大豆』の納付は出来ないということですな」
「そうだ」
村長殿もヒョーゴ殿も頷いた。
「更に今持っている『大豆』を全部納めなければならないとなると、村人の食い扶持も怪しくなると」
二人は今度は黙って頷いた。
「ならば……」
わしは敢えて淡々と言った。
「『大豆』の納付自体を止めてしまわれたらどうであるか?」
「!」
村長殿は絶句した。
だが、ヒョーゴ殿はニヤリと笑った。この答えを予測していたな。やはり食えない御仁だ。
「そっ、そのようなことをしたらっ!」
村長殿は立ち上がっている。
「したら?」
わしはわざと淡々と問い返す。
「郡府から役人と兵士が来るっ! 納付するまで村人を何人も人質に取られるっ! 拷問に合うかもしれん」
ちらりとヒョーゴ殿を見ると、わくわくしたような顔をしている。全く。
「何も馬鹿正直に人質を出してやることもありますまい。可能な限り口八丁で誤魔化すのですよ」
「しっ、しかしっ!」
村長殿の顔は赤くなってきている。
「いつまでもそれで誤魔化し切れまい。そうなったらどうするのだっ?」
「そうなったらですなあ。逆にこちらが役人と兵士を捕らえて、人質にしましょう。こちらの方が数が多い。そう難しいことではない……」
ついにヒョーゴ殿は大爆笑を始めた。
村長殿は元から赤い顔を真っ赤にさせて怒鳴った。
「ヒョーゴッ! 笑いごとではないっ! 下手をすると村の者が皆殺しにされるぞっ!」
ヒョーゴ殿はまだ笑いながらも、少しずつ息を整え、言った。
「ははは。佐吉。いや、佐吉殿。面白い話だが、この国の上の奴らは、自分の家来のことは人だとも思っていない。それをやったら、ヨク殿が言うとおり、追討軍が派遣されて、こっちが取った人質ごと皆殺しにされようなあ」
「そうでしょうな」
何だかわしまで笑みが浮かんで来た。
「ははは。佐吉殿。そういうからには話の続きがあるな……」
「さすがはヒョーゴ殿。追討軍がくるとなったら、この村を捨てるのが良いかと……」
◇◇◇
もはや、村長殿は真っ赤な顔をしたまま、言うべき言葉を無くしている。
いや、これが普通だろう。こんな話で爆笑できるヒョーゴ殿の方がおかしいのである。
「それでどうする。佐吉殿。村を捨てて、村ごと盗賊になるのか?」
ヒョーゴ殿はまだ笑っている。
「それはわしも本意ではない。ただ、この村は攻めるに易く、守るに難い。もっと、守り易いところに村ごと移るのであるよ」
「佐吉殿っ!」
村長殿は今度はわしを怒鳴った。
「こう言ってはなんだが、佐吉殿はよそ者で、しかも、領主階級の出身だっ! わしら百姓の土地に対する愛着が分かっておらぬっ!」
わしは声を落として言った。
「いや、分かるのでござるよ……」
「!」
「確かにわしは前いたところで、最終的には領主だった。だが、最初は日本という国の石田村というところの村長の次男坊だったのですよ」
「村長の息子?」
「そう。だから、村長殿。このようにお考えいただけないか?」
「ぬ?」
「今、この村を襲っているのは天災だ。正しくは人災だが、天災のようなもの。愛着のあるこの土地だが、もう、ここでは暮らしていけぬ」
「ぬう……」
「だから、村総出で新天地を開拓するのだ。そうお考えいただきたい。それに……」
「それに?」
「可能性は低いと思いまするが、こちらが『大豆』を納めなくても、追討軍が来なければ、このままここに住み続ければいいのでござる」
「うーむ」
◇◇◇
「要は『大豆』の納付はしない。やって来る役人と兵士は出来るだけ上手くあしらって時間を稼ぐ。その間に追討軍が来た時に逃げ込める砦を作っとくってことだな」
さすがはヒョーゴ殿。飲み込みが早い。
「佐吉殿のことだ。もう砦の場所の目星もついているのではないか?」
どこまで察しがいいのだ。
「あるにはある。後はどう縄張りを引くでござるが……」
「それはあたしがやるよ」
おとかが話に加わってくる。サコとウタもいる。
「おとか。おまえ、寝てなくていいのか?」
「何言ってんの。外を見てっ!」
おとかが指差した外を見ると、もう明るくなっている。夜が明けかかっているのだ。わしらは一体どのくらい話をしていたのか?




