第一章「誰がために反旗は翻る」の壱
熱い……いや、暑い……のか。
喉が……喉が渇く……やはり、あの時、干し柿でもいいから、もらっておくべきだったか……
うう、うおおおおおーっ。
◇◇◇
叫び声と共に、わしは起き上がった。
体は埃まみれだ。それになんだ。この服?袖は半分までしかないぞ。下履きも膝までもない短さだ。しかも、ひどくボロボロだ。
ここは一体?地面もひどく乾いている。陽光はやけに強い。
わが領地……ではない。このようなところはなかった。日本でも朝鮮でもいろいろなところに行った。
だが、そのどこでもない。
一面に乾いた大地が広がっている。
遠目には木の生い茂った丘陵がいくつか見受けられるようではあるが・・・
ここは一体どこなのだっ?
「あ、やっと起きた」
◇◇◇
声のした方を振り向くと、何とも不思議な少女が立っていた。
金色の地にところどころ黒の混ざった頭髪。それに合わせたような色の服装。肩から膝下まで一体になった何とも奇妙な服装だ。
南蛮人? いや、紅毛人の娘か?
不審な点はたくさんある。だが、わしは最初にこう尋ねた。
「そちは何者だ? 名を何と申す?」
◇◇◇
少女はころころと笑うと言葉を返してきた。
「あら、相手に名前を尋ねる時は、自分が先に名乗るものじゃなくて?」
悔しいが一理ある。それにこの場でこの少女と言い争いをしても、得るものは何もあるまい。わしは我が名を名乗った。
「わしか? わしは石田治部少輔三成だ」
少女はまたもころころと笑った。さすがにわしは不快になり、それを咎めた。
「何だ? 何がおかしい?」
少女は笑い続けながら、言ってきた。
「だってさ。この鏡で自分の顔を見てみなよ」
わしは少女から手渡された手鏡を覗き込んだ。
「!」
若い。いや、若者というよりまだ子どもだ。年の頃は十二か十三といったところだろう。まだ、太閤殿下にお仕えする前の自分だ。
「そんな若いのにジブショーユーなんて堅苦しい名前名乗っちゃ、笑っちゃうよ」
「そうか。そうだな」
もう既に、四十一歳で京の六条河原で刑死したわしではないらしい。そういえば、体も動き、思い切り走れそうな気もする。ならば……
「佐吉。わしの名前は佐吉だ」
妙に心が軽くなった。とにかくこの少女の言うとおり治部少輔なんてものは捨てて、生きてみたくなってきた。
「佐吉? いい名前だね」
少女はにっこりとほほ笑んだ。わしは何故かドキリとした。
「そうだ。佐吉だ。いい名前だろう。それで、そちの名前も教えてくれ」
「あたし? あたしの名前は『おとか』」
「『おとか』? 妙な名前だな?」
「あ。ひっどーい。せっかく、佐吉がいい名前だと褒めたのに」
「ああ。すまん。ちょっと変わっているが、いい名前だと思うぞ」
「そう。よかった」
おとかはまたころころと笑った。わしはまたドキリとした。
◇◇◇
「そう言えば、喉が渇いていたんだった。おとか、水を持っていないか?」
「水? 水ねえ……」
おとかはスンッと風の匂いを嗅ぎ、やがて、遠目に見える樹木の茂る丘陵を指差した。
「あそこにあるね」
「何? 結構、遠そうだな」
「何、言ってんのっ!」
おとかはバンッと右手で、わしの背中を叩いた。
「若いんだから、これくらい一気に行こうよ」
「そうか。そうだな」
不思議な少女だ。何だか楽しくなってきた。
「うん。行こうっ! 佐吉っ!」
おとかはわしの左手を右手で掴むと走り出した。
わしは心臓が口から飛び出しそうになった。
こんなことをする女子は初めて見た。
紅毛人はみなこうなのだろうか?
◇◇◇
そこは丘陵というより小さい山と言った方が良かった。
おとかの後について、草木をかき分け、山を登って行く。
「ほら。ここだよ」
山の中腹より、やや高いところにその泉はあった。
たくさんの水が出てはいないので川にはなっていないが、少しずつ確実に湧き出ている。
わしは駆け寄り、掬って飲んだ。
「うまい!」
渇いた体全体に染み渡るようだ。水温も申し分ない。程よく冷えていて、それでいて、冷えすぎて腹を壊す心配もない。何もかもが絶妙だった。
「そうよかった」
おとかはしばらく夢中で水を飲むわしを見て、ほほ笑んでいたが、その後、一回だけ水を掬って飲んだ。
「なあ、おとか。ここは一体どこなんだ?」
わしは水を飲んでいるおとかに聞いてみた。
「ん? 知らないよ。あたし」
「え?」
わしは絶句した。てっきりおとかはここがどこか知っている前提で接してきたからだ。
「ここがどこか知らないのか? じゃあ、なぜ、この地にいる?」
おとかはちょっと口ごもり、わしの顔を見ないまま答えた。
「佐吉がここに転生したから、あたしもついて来たんだよ」
「え? ちょっと待てよ」
わしが自分の意思でこの地に転生してきたというのなら分かる。だが、この転生にわしの意思は全く問われていない。では、誰がわしをこの地に転生させたというのだ?
「あたしなんかじゃ、会うこともかなわない、偉い神様じゃないかなあ。よく分からないけど……」