《暗闇の咆哮 2》
おれのRX7には、マツダが少しだけ手を入れていた。
リアのスタビライザーが、2ミリ太いワンオフ品が入っている。
スタビライザーは、左右のサスペンションをつなぐパイプの事だ。
左右のサスペンションがバラバラな動きをしないように、互いを引っ張っている。
良くネジれ、良く曲がる材質で作られている。
しかし、このスタビライザーが、塩原街道最速と呼ばれている黒いカワサキの750、『黒い弾丸』と呼ばれている走り屋とのバトルの最中に曲がってしまったのだ。
ディーラーからパーツを発注したところ、メーカーから異議が出た。
コーナリングで曲がるハズが無いと。
そんなに強烈な横Gは、フォーミュラマシンでも無い限り発生するハズが無い。
マツダ本社から、スタッフが1名派遣された。
おれのRX7に機材を積んで、色々なデータを取って行った。
フォーミュラマシンと同等の横G。
12Aターボ搭載車(無改造)で世界最速のゼロヨン。
(おそらく世界で1番)超高回転を多用するエンジン。
などなど。
すぐにマツダから、おれ専用のスタビライザーが送られて来たのだ。
さらにその後、ロータリーエンジンでは非常に重要なパーツの試作品が供給されるようになった。
アペックスシールとサイドシールだ。
ピストンエンジンで言えばピストンリングに相当する。
エンジン内で、ガソリンを高速、高圧で燃焼させる時に発生する高温、高圧のガスが、燃焼室から漏れないようにしているのがアペックスシールとサイドシールだった。
おれのRX7に組まれたシールは、薄型で抵抗の少ないメーカーの試作品だった。
これで高回転域のレスポンスが上がった。
峠バトルでは重要な事だ。
このシール類は、FC3S用の13Bの開発中に試作された物だった。
耐久性が低く、市販車には採用されていない。
おれはこの後から、半年ごとに車両をマツダに預けて、シール類の交換をしてもらっていた。
さらに、オイルパンとオイルクーラーがIMSAレース(アメリカのレースの名前)用に交換された。
オイルパンは薄型になり、オイルクーラーは大型化された。
これで冷却性能が上がった。
しかし、パワーは1馬力も増えてはいない。
吸排気系には一切手を入れない事に決めていた。
メーカーが、違法に改造する訳にはいかないからだ。
また、おれ個人で、フロントにクスコのストラットタワーバーを組んでいた。
これで減速時のフロントのブレを抑えられる。
ホイルは純正のアルミのまま。
マツダからのアドバイスで、もし社外品を付けると、おれの走りでは歪んでしまうそうだ。
今回のバトルに参加することは、マツダにも伝えてあった。
しばらくすると、しげのが声を掛けて来た。
「緊張していますか?」
「いや。
嬉しくて興奮はしている」
にっこり笑って答えた。
「編集長から聞いたのですが、長野最速のドリフトキング、土屋圭一をこの塩原で破ったんですってね。
期待していますよ」
「ああ。
あんたも楽しんでくれ」
数ヶ月前に、編集長の企画でドリフトキングとバトルしていた。
日塩有料道路の北半分(約7kmを往復)を使ってバトルした結果、37秒の大差をつけて勝っていた。
しかも、おれは初めて走るコースを、試走もしないで挑んでいた。
前半は土屋の後ろを走ってコースを覚え、Uターンポイントの直前で抜いてからは独走だった。
全く勝負にならない相手だった。
バトルの後に、土屋をおれのRX7の助手席に乗せて、ドリフト指南をしてやったくらいだ。
翌年、土屋はプロになった。
その後の彼の活躍は、皆さんはご存知と思う。
周囲のが慌ただしくなってきた。
機材のチェックも終わったようだ。
おそらく、群馬最速のガゼールでは、おれに着いて来られないだろう。
撮影できるように、速度を抑えた方がいいのだろうか?
まもなくスタートのようだ。
もう、ワクワクが止まらない!