《暗闇の咆哮 1》
イニシャルD栃木編では、藤原拓海がプロを下すシーンがあった。
あれは実際に、取材撮影時に起こった出来事だった。
当時、取材撮影に参加したおれが、当時の公道バトルを公開する。
今回は、おれがゴッドハンドと呼ばれることになった出来事を話そう。
栃木県のいくつかの峠のコースレコードを更新した頃、ある自動車雑誌の編集長から電話が掛かって来た。
「お前が峠を走るところを録画させてほしい」
漫画イニシャルD栃木編の取材だそうだ。
実際に車でバトルしているところを録画して、それを後から漫画に起こすそうだ。
おれが恩を感じている編集長の頼みとあらば、断ることはない。
「協力するけれど、同じ速度で走れる車がなければ、録画が出来ないと思う。
どんな奴が一緒に走るの?」
「1人は群馬編の担当ドライバーだ。
群馬最速の走り屋と呼ばれている。
かなりチューンされたガゼールで行く」
「おおっ!
それなら少しは手応えがあるか?」
「もう1台はスゴイぞ.....」
おれはその相手を聞いて、興奮を抑えきれなくなった。
「うおおおおおっ!
絶対やらせてくれ」
ドキドキが止まらないまま、おれはバトル当日を迎えた。
今回のバトルは行政の許可を得て一般道を封鎖して行う。
場所は栃木県道56号 矢板塩原線だ。
矢板側と塩原側にゲートがあることが、このルートが選ばれた理由だった。
2つのゲートを閉めた中で、バトルが繰り広げられる。
スタートは塩原側のゲートから少し入った所だ。
新湯方面への道があるT字路の辺りからスタートする。
ゴールは、おしらじの滝がある桜沢に掛かる橋だ。
今でこそ車がすれ違うことができる広い橋になっているが、当時は車1台がやっと通れる狭い橋だった。
およそ6.3kmの区間、塩原から矢板方面へ向かう方向だけを録画する。
ある程度の迫力のある動画が撮れるまでのバトルだった。
「お前が栃木最速だと?
笑わせるな。
足回りの踏ん張りの効かない、こんなRX7でどうやって峠を攻めるつもりだ」
先行車のドライバー、中里(仮名)が悪態をつく。
RX7のテールハッピーは誰もが知る事実だった。
確かコイツはGrA ツーリングカー選手権に、無限シビックで参戦しているプロじゃないか。
「栃木最速ってのもハッタリじゃないのか?」
3番手、カメラカーをドライブする斉藤(仮名)が追い打ちをかける。
このヒゲもじゃの汚い親父が、後にインパクトブルーのモデルになっている。
「お前が群馬最速ってのも眉唾物だな。
おれが群馬に遠征に行かないから、お前程度でも最速って呼ばれるんだな」
口喧嘩がヒートアップしそうだ。
「誰が一番速いのかは走れば分かります」
仕切り役だろうか?
1人の男がおれ達の口論に割って入った。
首からカメラを何台もぶら下げているコイツは、まるでカメラ小僧のようだった。
「しかし今回は、速さを競う訳ではありません。
いい絵、いいドラマを撮ることが目的です。
それを忘れないようにお願いします。
ドライバーの皆さんは、各自自分の車のチェックをしてください。
順番に打ち合わせに行きます」
他の2人が大人しくなったということは、コイツがボスか?
「お前は誰だ?」
おれが向けた殺気をかわして、男は平然と名乗った。
「しげのしゅういちです。
今回、あなたを雇った者です。
ですから、ドライバーの皆さんは、わたしの指示に従ってもらいます」
ほう....
コイツがそうか。
「わかった。
車で待機する」
おれはRX7に乗り込み、他の車を観察していた。
ここからは、カメラカーのガゼールが良く見える。
日産の名機、FJ20DETが乗るターボカーだ。
ドライバーの斉藤とカメラマンのしげのが乗るそうだ。
碓氷峠最速のマシンだ。
ガゼールはエアロを装着して、車高を落としている。
フロントにはインタークーラーが追加されている。
マフラーも口径の大きな、抜けの良さそうなモノが組まれている。
相当パワーを上げているんだろう。
室内に目を移すと、バケットシートと頑丈なロールバーが組まれている。
ハンドルやシフトノブも高そうなモノだ。
なんだコイツは?
こんなに金を掛けて群馬最速になったのか?
なんかムカつく。
おれの給料はみんなガソリン、オイル、タイヤ等の消耗品で消えてしまう。
パーツに回せる余裕など無い。
こんな羨ましい奴には絶対に負けるものか!
もう一台は離れた場所に停めてある。
ここからは見えない。
少し待つと、轟音が響いた。
山に木霊するこの音は排気音か?
やけに騒がしいこのマフラーは直管か?
車が現れた。
シビックだ。
やけに車高が低い。
ナンバーが無い。
去年(1984年中盤)からグループAツーリングカー選手権に参戦している、無限シビックSi(AT型)だった。
シリーズチャンピオンは逃しているが、総合優勝した実績がある。
本物のレースカーが、おれの目の前に来た。
1600クラス最強のエンジン、ZCがエンジンルームに収まっている。
コイツが中里(1番手)の車か?
足回りを専用にチューニングした、グループA無限シビックSi 塩原スペシャルだ。
今日、おれがバトルする相手は、このレースカーだ。
面白くなってきた。
GrA 無限シビックSi 塩原スペシャル
VS
マツダ サバンナRX7ターボGT
速さを競う訳じゃ無い?
おれは、しげのの言葉を思い出していた。
ふざけるな!
走り出せば、必ず勝者と敗者に分かれるものだ。
相手がGrA のレースカーであろうと、ドライバーがプロであろうと、やるからにはおれが勝つ!
マツダが試作品を組んだこの12Aは伊達じゃない。