バンバラ村への帰還
「三男のヘルヒコはどうなったの?」
「ヘルヒコ様はあなた様が村を出た翌年に都へ出られましてね。空軍に入隊されてワイバーン乗りになられました。ジョンバリ空域での戦いで大変な活躍をなされて勲章も賜られたようですよ」
「ヘルヒコは生き物と同調するのがうまかったものな。あれには僕も敵わなかったよ」
「ヘルヒコ様がそれを聞いたら喜ぶでしょうね」
バンバラ村の屋敷の元執事マルチョンはそう言って窓の外を見て少し黙る。俺はそれを見てヘルヒコが死んでしまったのだと察した。というか、ワイバーン乗りなんて大戦でほとんど死んでいるのだ。
俺はマルチョンに話を促すこともできず、とりあえずコーヒーを口に入れる。コーヒーは30年前と同じ味のような気もするし、違うような気もする。子どもの舌なのであまり味の違いが分からないのだ。
屋敷はリノベされて、現在は一画がカフェになっている。マルチョンはそこのマスターとなって客にコーヒーを淹れている。
「いまはどうしてるの?」とその一言がなかなか言えない。それが言えないことによってヘルヒコの死を何か陰惨なものにしてしまっているようで、我ながらうんざりする。なんだか脂汗が出ているような気がするが、マルチョンに悟られてはいけない。この心優しい執事を傷つけてしまう。
ヘルヒコの昔話をして話を繋げる手もあったが遅きに失した感がある。沈黙が一分続いている今それを切り出すのはあまりに不自然だ。
どうしたら...
「ヘルヒコ様はピンチャック作戦に第一航空隊中隊長として参加されました。」
俺がごちゃごちゃ考えている間にマルチョンは切り出した。
「ああ、それは...。本当に英雄だね、ヘルヒコは」
ヘルヒコはピンチャック作戦において魔竜トントンと戦い、焼かれたのだ。他のすべての第一航空隊と一緒に。
「第一航空隊の活躍がなければ、大戦の勝利はなかったと言われてますね」
「そうだよ。彼らがトントンに肉薄してくれなければベンベラバーを発動することは出来なかった」
「私どもの今があるのもヘルヒコ様のおかげですな」
「そうだね」
大戦で人類と魔族が全面的に戦い、人類が勝利した。なんの大義もない戦争だったが、それでもヘルヒコは立派に戦い死んでいったのだ。
「カルロス様は大戦のときは何をなさっていたのですか?」
「僕は何もしていない。我々、異世界生物が大戦に参加しないという取り決めになったのは君も知ってるだろ?」
「ええ、存じ上げております。でも、戦争に参加していなくても何かはなさっていたのでは?」
「...魔法で死者を弔っていたよ。両軍のね」
「左様でございましたか。では、ヘルヒコ様の魂もカルロス様がお送りになったかもしれませんね」
「そうかもしれないね」
俺はあの大戦で何千万もの命を弔ったが、それでも一つ一つの死は生々しくてグロテスクに感じる。弔いなんて本来であれば僧侶がやる仕事なのだが、両陣営とも少しでも魔法が使える者は前線に送っていた。
不介入を決め込んだ俺たち異世界生物は当時、大陸から遠く離れた離島にいたのだけれど、戦場で散った魂の怨嗟の声が数万キロ先から聞こえてくる。
いたたまれなくなったので魔法の使える俺が弔えるだけ弔ってやろうと思って戦地に出向いた。
お人好しのかるい気持ちでも魔法があれば弔いは可能だ。しかし、やはり代償はあったのだ。