あまりにたくさんのことにビックリしたので、ビックリしたことについては多くを語りたくない。
「君はそうして大きな力を手に入れたわけだけど、痛みから完全に解放されたわけじゃないよ」と穏やかな声で熊は俺に告げる。
熊の名前はフランソワで、あなたが動物園や山で見たことがあるようなリアルな熊だ。ちゃんと獣臭いのも同じ。ただし、フランソワはあなたの熊と違って黄色いチョッキを着ている。
「村に住んでいる友達に作ってもらったんだよね。一目で僕だって分かってもらえるようにさ」
鋭い爪でチョッキを撫でながらそんなふうに話すフランソワの顔は、笑っているように見えるけど、熊の表情なんてやっぱりよく分からない。
意識を取り戻したら、痛みがひいていて、泣きたくなるような至極の快楽の中にいることに気付いた。あの合唱団は、俺の痛みを本当になんとかしてくれたのだ。ムカつく連中だったが、心の底から感謝した。「やっぱ幻聴ではなくて、スピリチュアルな何かだったのかなあ」と思っていたら、本当に神様だったとフランソワから後に告げられることになる。
落ち着いたあとに周りを見回したら、俺は丸太小屋の床に寝そべっていることが分かった。
丸太小屋なんて見たことなかったので、「本当に丸太で出来てるんだ!」ってしばし感動してしまった。快楽の余韻があったせいか、質感を目で撫でるように丸太を見つめていると気持ちいい。そんなこんなしてると、小屋のドアがドカッて空いて、そしたら熊が入ってきて、「あ、今度こそ終了ですね」って思った。
そしたら、熊は「はじめまして。僕の名前はフランソワと言います。」と自己紹介をはじめるものだから、熊がしゃべったっめ驚くよりも前に、この熊は俺のことを殺して食ったりはしないだろうなって安堵して俺も「私は吉田。吉田カルロス・ロウレイロと言います。分かりにくいと思いますがラテン系日本人です」と普通に自己紹介してしまう。
それを聞いてフランソワが「ああ、同郷の方か」と言うもんでビックリする。この熊、日本人なの!?と。ちょっと頭が混乱して二の句が告げない俺に対して、フランソワは「ああ、僕はフランスから来たんだけどね。君にはいろいろ話すことがありそうどけど、とりあえず水でも飲んだほうがいいね」と優しい声で語りかける。「ちょっと待ってね」と言ってもう一度外に出たフランソワは、水を満たした木のボウルを両手の肉球で不器用に挟んで持ってきてくれたので、俺は遠慮なくそれを手にとって、一気に水を飲み干した。
ここまでのやり取りでお分かりのとおり、フランソワはめちゃくちゃいい奴だった。
真夜中に俺の叫び声を聞き付けて、わざわざ3km先から走って確認してきたんだって。
意識を失っている俺を彼の丸太小屋まで運んでくれた。まあ、実は俺の体は10歳くらいの子供サイズになっていたからそんなに大変ではなかったみたいなんだけどね。合唱団が少年って言ってたのはそれが故にってわけ。
フランソワから水の入ったボウルを受け取るために体を起こして手を伸ばした際に、違和感があったけど、無視して水を飲んだ。あまりに勢いよく水を飲み干した俺を見て、フランソワがもう一杯水を持ってきてくれて、またまた遠慮なく頂こうと思った際に、水面に映る顔が幼い少年のものだった。それも俺の少年時代の顔と似ても似つかない顔。
自分で言うのはおこがましいが、俺の顔はかっこいい。少年時代は天使のようだったと自分でも思う。日本人の母親もメキシコ人の父親もどちらも美形で、俺の顔は両親のいいところがいい感じにバランスよく配置された顔なのだ。
これは単なる自惚れではない。
俺のことが嫌いで嫌いで仕方がなかった母方の祖母が「お前のことは憎くて仕方がないけれど、顔立ちだけは天使のようだ。忌々しい」と言っていて、俺のことが嫌いで嫌いで仕方がない祖母がそんなふうに言うのだから、そうなんだろうと思う。
そして、水面に映った顔は、完全に平均的な日本人の子供の顔だった。水面に映る自分の目が小さかったり、鼻が低かったり、なんか全体的に平面だったりしたことにはビックリしたが、それからしばらく、色んなことにビックリすることになったので、いちいちどれくらいビックリしたかについてはあまり語らないようにする。
それより、せっかくなのでフランソワの話をしたいと思う。