やりたいことについて
僕があそこを去ってから5年経った。
あれから、状況はえらいスピードで変わっていった。ラブエクスペリエンスの組織はメメメメ共和国に進出し、あっという間に飲み込んでしまった。権力者たちはラブエクスペリエンスの信者になり、ラブエクスペリエンスは国家元首になった。組織は国家機構と合併した。
スルッポンが危惧していた官僚たちの派閥争いは自然消滅した。国家機構の一部となったことで、彼らも自分がなすべきことを思いだしたようだ。彼らは実にうまくやっている、とスルッポンは三年前に手紙に書いてよこした。
結果的にスルッポンはうまくやったのだろうか。彼がおそれていた災厄を避けることはできた。宗教国家となったばかりのメメメメ共和国は統治のためになかなか際どいことをやっている。旧宗教への弾圧や周辺諸国への侵略など。しかし、これらはすべてありきたりのことだ。ラブエクスペリエンスの災厄は、ありきたりの弾圧や戦争に収めることができた。
しかし、スルッポンはそれが許せなかった。
スルッポンはラブエクスペリエンスの筆頭補佐として権力を握り国家運営を行う一方、裏で被弾圧者たちを助けていた。彼らを保護して僕のいる島まで送っていたのだ。
僕は彼らの受け入れを行い、島での住居や仕事を手配していた。スルッポンと僕の二人の仕事はまだ続いていたのだ。
スルッポンがこの島に送り出した旧宗教関係者は一万人にも及んだ。
島の権力者との調整はなかなか大変だったが、彼らは基本的に被迫害者に寛容だった。
彼らもまた流れついた者たちの末裔だったからなのかもしれない。
スルッポンのこの裏の仕事はひょんなことでバレてしまった。
そして去年、彼は国家反逆罪で処刑された。
「あと三千人は救えたな」と彼は最後に言っていたと島に来た彼の協力者が僕に教えてくれた。大陸に残された三千人もの旧宗教者たちは、スルッポンの処刑後に速やかに摘発された。みな殺されてしまったという。
このようにして、ラブエクスペリエンスはこの世界のシステムに収まった。それは彼女にとっても僕たちにとってもよいことなのだろうと今は思う。
スルッポンがいなくなってしまって僕はまたやることがなくなってしまった。しばらくは旧宗教者たちの世話役みたいなことをしていたが、彼らは自分たちの力で生活できるようになっていた。また僕はいらなくなってしまったのだ。
「僕はどうすればいいかな?」とジェニファーに聞く。
「あなたは何がしたいの?」
「僕にはなにがしたいとかってないんだよなあ」とジェニファーに答えて、ちょっと情けない気分になった。
ジェニファーはまん丸い小さな石だが異世界生物なので話をすることができる。
僕が島に来たばかりの頃、森を散歩していたら小さな青い角をきらきらさせている美しい石が落ちているのを見つけた。僕はそれを手に取った。
「悪いんだけどこんなふうにいきなり触られるのは好きじゃないの」と彼女は言った。
僕は彼女に謝罪した。ちょっとパニックになってしまって、思わず自分の頭の上に彼女を乗っけてしまった。
「なかなかいい光景ね。あなたのことを気に入った。私はジェニファー。あなたは?」
「僕はババ・ババンバンバン。友達は僕のことをババンと呼びます」
「いい名前。よろしくババン」
「よろしくジェニファー」
それで、僕たちは仲良くなった。
今では僕たちは一緒に暮らしている。
驚いたことにジェニファーはカルロスと一緒にいたことがあったという。300年近く前の話だ。
カルロスの肩に乗って森を散歩しているときに二人はちょっとしたことで口論になった。
お互いヒートアップしてしまい、最終的にカルロスは彼女を森へ投げ捨てて去ってしまった。
三時間後に、彼は彼女を探しに戻ってきた。
「ジェニファー!!すまなかった!!迎えにきたよ!!許してくれ」と彼は森でひとり叫ぶ。
ジェニファーはそれに答えることができたが、押し黙っていたという。
カルロスは魔法を使って彼女を探すことができたが、そうしなかった。一晩中彼女のために声を上げ、朝になってから森を去った。
それから300年、ジェニファーはずっと森の中でひとり過ごしていた。
「ひとりでいるのは好き」と彼女は僕に言った。
「でも、ババンといるのはひとりでいるより好きだよ」
自分が何をしたいのかを考えながら、彼女が僕と一緒にいるのが好きだと言ってくれたことを思いだした。
今の僕にはジェニファーがいる。
「やりたいことがわかったよ」と彼女に答える。そう答えるとなんだか力が湧いてきた。
「それにはちょっとした準備が必要だ。君の手伝いも。協力してくれる?」
「もちろん」とジェニファーは快活に答える。
「楽しみだね!」