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行き場のないカルロスの冒険とその終わり  作者: スーザン・ソンタグ・ラブ・エクスペリエンス
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カルロスの冒険の終わり

ラブエクスペリエンスは自分自身のことをラブエクスペリエンスと呼んだ。それだけではなく、彼女が作る装置のことをラブエクスペリエンスと呼んだし、その装置によって得られる体験のこともラブエクスペリエンスと呼んだ。

そして、そうしたものを総体してラブエクスペリエンスと呼んだ。

僕たちはその微妙なニュアンスの違いをなんとなく理解することができた。


僕は車椅子に座っている。目の前には大きな樹木があった。

気づいたらそうなっていた。

隣にはスルッポンが立っていて僕の肩に手をかけてまっすぐその樹を見つめていた。

彼はいつもの余裕のある雰囲気とは違っていた。

スルッポンがこんなに真剣な表情をするのは珍しい。目の前にある木があまりにも異様だからだろうか。

確かに木ではあるのだけれど、樹皮にまん丸のこぶがくっついていたり、角のようなものが突然突き出たりしている。なにかの動物がめり込んでいるように見える。

いろんなものをアッサンブラージュして、その表面に樹皮を吹きかけているように思えた。


大樹の横にはそれ以上に大きい機械があった。

これまた奇妙な機械だった。

亀の甲羅のような胴体部から八本の巨大な手が生えている。八本の巨大な手はそれぞれ別の色の光で蛍のように静かに点滅している。

亀のしっぽにあたる部分からはもくもくと紫の煙が出ていた。


「さて、はじめるしかないわね」とラブエクスペリエンスが叫ぶと、巨大な手のうちの二本が大樹を抱きかかえた。

あとの六本の手はそれを応援するように、ゆらゆら揺れている。


「どっこいしょ!!!」とラブエクスペリエンスが叫ぶ。

すると、数百ものの人間もそれに続く。

「どっこいしょ!!!!!!!!!!!!」


「はー、どっこいしょ!!!」

「はー、どっこいしょ!!!!!!!!!」


僕はそれを黙って見ていた。スルッポンの方を見てみると、彼は下を向いて苦笑していた。

僕も彼もこの場でどうすればいいか分からないのだ。

「いよっ、どっこいしょ!!!」

「せやっ、どっこいしょ!!!」


「どっこいしょ」の掛け声とともに大樹は少しずつ持ちあげられていく。


なんのためにこんなことをしているのか全くわからなかった。


三百回くらいどっこいしょが繰り返されて、とうとう大樹は完全に引きぬかれてしまった。

引きぬかれた大樹は力を失ったように見えた。

大樹の幹は液状化していき、いろんな物がぼとぼとと落ちていくのが見える。


「よっしゃ、これでおしまいよ!!!」とラブエクスペリエンスが叫ぶと、二本の手は抱えあげた大樹をあとの六本の手にパスした。


「せいやーーーー!!」という掛け声とともに大樹ははるか遠くに飛ばされていった。

大樹はいろんなものをぼとぼとと落としながら、地平線の向こうへ消えてしまった。

あっけないものだ。


「はい、おつかれーー」とラブエクスペリエンスが叫ぶと、周りから盛大な歓声があがった。

みんな充実した顔をしている。

彼らは何かをやりとげたのだろう。

スルッポンの方を見ると、彼はもう苦笑していなかった。なにかを真剣に考えている。


それから一時間ほどでみんな帰ってしまった。

残ったのは僕とスルッポンと数名の護衛だけ。

チョキゲラ鳥の「ひょん、ひょん」という鳴き声を聞いて、森の静けさがようやく戻ってきたのを感じた。

スルッポンはずっとなにかを考えつづけていた。


「せっかくだから森を散歩しよう」とスルッポンが言い出して、僕の車椅子を押しながら歩きだした。

「これで世界最強魔法使いカルロスはこの世界からいなくなった。容赦なかったね。最後の言葉すらなかった」とスルッポンが僕の車椅子を押しながら言う。


風が吹きはじめた。風に吹かれた木葉が僕の顔にあたる。きっと、あの大樹の葉っぱなのだろうと思った。

大樹があったところは大きな穴になっていて、そこには液状化した茶色いどろどろした樹皮がタールみたいに溜まっていた。

僕たちは穴にちかづいて覗きこんだ。


茶色い液状化した樹皮から小さいキラキラしたものがたくさん顔を覗かせていた。

「これはカルロスの遺物だな。いろいろあるな。君はこういうの好きだったよね?」とスルッポンは言った。

「うん。けっこう綺麗だね」と僕は答えた。

スルッポンがびっくりした顔をして僕を見つめる。それからニッコリ笑った。

「君、いま半年ぶりに話したって気付いてる?」とスルッポンは言う。

確かにそのようだった。

「心配かけたね」

「いいさ。また話せて嬉しいよ」

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