ぶっ壊れる
「言うまでもなく人生は崩壊の過程である」と異世界の作家は書き残した。
長らくはカルロスの言葉だとされていたが、30年前の「カルロス・プロジェクト」でカルロスがもといた世界で愛していた作家の言葉であると判明した。カルロス・プロジェクトの中に小説好きの異世界生物がいたのだ。
彼は他人が作ったワンフレーズを携えて、この世界に混乱と虚無をもたらした。
スルッポンはその魂の空虚さを想像し、体を震わせた。
カルロスの調査はラブエクスペリエンスの「神託」を仰ぐことなく、スルッポンのチームによってのみ行われた。
巨大化した組織の中でラブエクスペリエンスへの「神託」を受けるためには関係各所への調整を行い、文書化して決済を受けなければいけなくなってしまっていた。
そうした仕組みを作ったのはスルッポン自身であった。
自分が作ったシステムによって身動きが取れなくなってしまっているのが滑稽に思えた。
調査は難航を極めたが、最終的にスルッポンのチームは自分たちだけの力でカルロスの150年前から今にいたるまでの足取りをつかむことができた。
そのことがスルッポンに自信を与えた。
ババンのメモも大いに役にたった。
そのことをババンに伝えたかったが、彼はいまだ呆然自失の中にいた。
カルロスは150年前のベロオリブリの反乱の最中に姿を消した後、50年間世界を放浪して彼にとって美しいものと融合していった。
自己嫌悪にまみれた彼の魂にとって、美しいものとの融合だけが救いだったのだろう。
そして、最終的にペッペペの森の奥にある大樹と融合した。
『カルロス革命語録』には「俺って針葉樹より広葉樹のが好きなんだよね。その意味って分かる?」という彼の言葉が残されている。
彼は問いかけるだけでその理由について答えず、そのおかげで数十人の解釈学者が飯を食うことができた。
いずれにせよ、彼は広葉樹が好きだった。
その言葉どおり、彼は広葉樹の大樹と融合した。
樹齢は1,900年と推定されている。
それから100年近く、彼はなにも考えることなく光合成をしているのだろう。
スルッポンはラブエクスペリエンスにカルロスの所在を報告した。ラブエクスペリエンスは最初からそんなこと分かっていたみたいな顔をしていた。
「忌々しいクソ女め」とスルッポンは思った。
以前であれば「それでも美しくはあるが」とスルッポンは思っただろうが、もはや彼の意識上にラブエクスペリエンスの美しさが表れることはなかった。
そして、スルッポンはラブエクスペリエンスを人間として憎みはじめていたのだが、彼はそれに気づくことはなかった。
「やはりカルロスにはラブエクスペリエンスが必要に違いないわね」と報告を聞いたラブエクスペリエンスは言った。
ラブエクスペリエンスは自分のことを「愛の経験」という概念だと思っている。
彼女は頭が悪いだけではなく気が狂っているのだ。
彼女の愛は独特だった。
彼女の愛は奇妙な装置を作ることだった。
「たいしたものだ」とスルッポンは思った。
「狂った機械によって我々はふりまわされている。しかし、それがすべて正しいときている」
報告を終えたスルッポンは退出させられて、かわりにウヒョツーが呼ばれた。
ラブエクスペリエンスとウヒョツーは装置を作る段取りを検討を行う。
スルッポンには装置作成の動員やスケジュール管理の仕事が待っている。
スルッポンは仕事にうんざりしていたが、自分の責務だと考えている。
「僕たちがこんなふうにしてしまったのだ」とスルッポンは思った。
そして、カルロスのことを考える。
自分の力や責任や世界から逃げ続けた男は最終的に自己嫌悪から逃げることはできなかった。
スルッポンはカルロスの苦しみに同情的だったし、自分の苦しみに似ているとさえ考えた。
自分も大樹と融合することができたらどんなにいいだろう、とスルッポンは考えた。
「しかし、僕にはそんなことできないんだよな」とスルッポンは思いなおし、自分の執務室へと向かっていった。
人生はたしかに崩壊の過程であるが、それに抗わなければいけないとスルッポンは考えた。
少なくとも今は。