森の冷酷な合唱団
「ぐわー、ぐわー、ぐわー」と叫んで真夜中の森で一人。
さっきまで俺は歯医者の自動で動くリクライニングシートに寝そべっていて、それは転職前に親不知抜いてこうって思ったせいで、巨乳の若い歯科医が俺の口に変な機械をたくさん詰め込んで、工事現場みたいな音を立てながら「うんしょ。うんしょ。」と可愛い声を出しながら治療しているのを、「がんばり屋さんで可愛いなあ(ヤりたいなあ)」なんて考えていたのが直近の記憶で、こんな荒涼とした森のイメージが介入する余地は少しもない。
もしかしたら何かしらの医療ミスがあったのかもしれないとも思う。
親不知の治療中に死んでしまった俺。
まだ若くて可愛いくて高収入でおっぱいの大きい私の人生がこんなところで終わっていいわけ!?と考えたおっぱい歯科医。
このミスにつけこんでおっぱい歯医者のおっぱいを好きにしてやるぜ!と考えた小汚ないジジイの院長。
なんとなく付き合わされる羽目になったクリニックのスタッフたち。
こうした諸々の力学が働いて、死んでしまった俺に対して適切な処置が行われることはなく、証拠隠滅のために俺の体は森に埋められことになった。しかし、俺は死んでいなかったのだ。
そして、麻酔が切れたために痛みでのたうち回るノイズマシーンとして復活することになる。
「うごあぁぁぁぁぁぉぉぉああ!あ、あ、くぉ、っっっくぁうぉるる!くぁぐ、ぐぁ、ぐぁ!」
俺を俺たらしめていた意識や思考は完全に痛みに蹂躙されてしまい、俺の肉、俺の骨、俺の諸器官といったものはただただ痙攣し、すり合わせって恐ろしく鈍い音を立てていた。
「こうして一人わめきながら死んでいくのか」と震えながら心の内で思っていたら、どこからともなく「るん♪るん♪るん♪」という軽やか歌声が聴こえてきた。歌声ははじめ一人の少年の声だったが、「るん♪るん♪るん♪」「るん♪るん♪るん♪」と歌われるうちに、どんどん声が重なっていき、最終的には老若男女による30人ばかしの合唱団となっていた。
そして、30人合唱による「るん♪るん♪るん♪」が歌われたあとに「いやぁ♪なかなか♪素敵な歌声ですね♪」と歌詞を変えて歌が続いた。
「君さ♪君さ♪君のことさ♪真夜中に一人歌う君よ♪」と歌われて、「あ、俺のこと言ってだな」って気付いた。幻聴かー。俺ももう終わりだな。でも、なんで最後の声が合唱団なんだろう?なんか合唱にトラウマあったっけ?
「ふ♪ふ♪ふ♪幻聴じゃないよ、少年♪」
俺の内的発声行為に返答するからに幻聴であることは確定。しかし、少年って?俺が認識する俺の幼児性が幻聴によって指摘されてんのかな?
「まあ♪まあ♪まあ♪素敵な歌声だから♪僕たちわたしたちも気になっちゃってさ♪」
「まあ素敵なってのは嘘なんだけどね♪僕たちわたしたちはさ♪ご覧のとおり合唱の練習してるわけ♪」
ああ、うるさいっすか?つーか、なんで最初雑に持ち上げたわけ?俺はどんどん幻聴にムカついてくる。
「うるさいんだよねぇぇぇぇぇ♪黙ってくれないかな♪」
俺は怒るべきだと思った。幻聴に対してであろうと。人がこんなに苦しんでいるのに、合唱の練習か?そんなにみなさん合唱大事ですか?クラスの絆ですか?俺、吉田カルロス・ロウレイロは排除されるべきですか?父なし子のハーフだからですか?冷酷無慈悲なことを平然と言いやがる!お前らみたいな奴がファシストになるんだよ!!
俺は怒りをエネルギーにして、痛みに占拠されていた骨と肉と器官を、俺の意識と思考の下に取り戻した。そして、全身全霊で叫ぶ。
「うるせぇぇぇのはそっちじゃぁぁぁ!!俺はこれだけ痛いんだぁぁぁぁ!てめぇらにわかるかぁぁぁ!!」と。一息ついたら「どうにかしやがれぇぇぇぇ!」ともう一度叫ぶ。叫んだら情けなさやらなんやらが噴出して、俺はぼろぼろに泣いた。
そしたら合唱団の連中ときたら「あ、そうなんですね♪痛いんだ♪じゃあなんとかしてあげるよ♪」ときやがる。
「へぇぇぇぇ、言ってみるもんだなぁ」と感心したところで、またもや意識中断。ぶちっっ。