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行き場のないカルロスの冒険とその終わり  作者: スーザン・ソンタグ・ラブ・エクスペリエンス
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ラブエクスペリエンスに関する覚書 その2

目の前に立って何かしらを詳細に語っている男はラブエペリエンス記録チームのリーダーなので、彼が語っていることはラブエクスペリエンス記録業に関することなのだろうが、それを語る声は鳥が絞められるときに出す叫びのようであったため、子どもの頃のある暑い夏の日の午後に、細い腕を震わせながら鶏を絞めている祖母の姿を思い出した。すっかり細くなってしまった腕や、後ろに結った彼女の白い髪。

そして、太陽の光は激しく渦巻くようだった。あんな夏は二度と来ないだろう。

すべての生き物が光に攪拌されて同じ匂いを放っていた。

あの夏の匂いは他のどの夏とも異なっていた。

本当に、あんな夏は二度と来ない。


彼が言っていることは僕にはなにひとつ分からなかったので、リズミカルに頷いた。時には軽妙に。時には重々しく。笑顔を作ったり、渋い顔をしたり。

最終的に、彼は満足して帰っていった。僕からなにかしらの許可が得られたと思ったのだろう。

彼が言ったことを頭の中で何度か反駁したが、やはりなにも理解できなかった。

いずれにせよ、これでラブエクスペリエンス記録チームは動きだすことになる。それだけは理解できた。


それよりも、なぜチームリーダーの彼は、あんな声をしているのだろうか。彼のスマートな風貌と優雅な身のこなしからはとうてい想像できない。そもそも人間が出せる声だとは思えない。

もしかしたら人間ではないのかもしれない。この世界に鳥人間という種族はいただうか。この世界にはいろんな種族がいすぎる。そのなかにはやることがなくなった種族もいる。

僕はいろんなところに視察に行ってそういう種族をたくさん見てきた。故郷の砂漠を失ってもはや砂に潜れなくなったモール蔟や、飲み水に衝動抑制剤を混ぜられて人を襲えなくなったウルフマンたち。彼らはそれでも適応して生活しているが、笑顔の奥にある空虚な瞳を思い出す。

やることがなくなった種族はいなくなったほうがいいのかもしれない。あるいは、僕もそんな種族の一人なのかもしれないと思う。


僕は偉い幹部なので仕事場として個室をあてがわれている。一家族が住めそうな大きな個室で、人の話をまともに聞けない男にこんな立派な部屋があてがわれるなんて馬鹿げていると思うけれど、居心地がよくて愛着を持っている。

市場で気に入ったものを片っ端から買って、部屋のインテリアにしている。

特に気に入っているのが扉の脇の棚の上に置いてあるとてもリアルに牛の頭を象った置物だ。本当にリアルで生きているみたいに見える。

牛は座っている僕とちょうど目が合うように置かれていて、ちょっと寂しい気持ちになるとき、僕も彼と目を合わせてちょっと微笑むようにしている。

彼は二つの黒い瞳でじっと僕を見つめるだけなのだけれど。


たくさんの部下や同僚がいるのだが、本当に僕のことを見ているのは牛の彼だけなのかもしれない。いや、そんな馬鹿げたことを言うのはやめよう。彼はただの置物なのだ。


いずれにせよラブエクスペリエンス記録チームは僕抜きで進んでいく。


記録チームリーダーが去って一時間ばかり牛に微笑んでいた。気づいたらスルッポンが目の前に立っていて「なんだか調子がよさそうだね」と言う。

調子がいいだなんて僕に言ってるのだろうか?

そうかもな、ずっと微笑んでいる人間は確かに調子がいいのかもしれない。

「なるほど。確かに調子がいいのかもしれないね。自分では分からなかった」

「やっぱり仕事ができたからじゃないかな?記録チームの彼はどう?優秀でしょ?」


「そうだ」と答えるしかないので「そうだ」と答えた。そう答えるとスルッポンは嬉しそうだった。


「ところで」とスルッポンは切り出す。

「ラブエクスペリエンスが世界最強魔法使いカルロスに興味を示している。調査するべきだってさ。彼女が自発的になにかに興味を示すのって君は今まで聞いたことある?」


そう問われてちょっと考えて、思いあたらなかったので「ないね」と答えた。

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