第十八章 誕生は黄昏の中で(4)
翌朝、ジール、ルサンヌ、キャランの三人は、ビャンマの町の外れに住むキストという刀鍛冶職人の家を訪れていた。
材木を寄せて作った小さな家の屋根には、波のような形をした黒い陶器製の瓦が並べられている。レンガ造りの家が多いビャンマでは、どこか異彩を放っていた。
「カーウィン王子が偏屈な人物だと言っていたが、家の趣味も変わっているようだな」
ジールが屋根の上の瓦を見上げながらつぶやいた。その両手には、アルマニオンの破片が入った木箱が吊り下げられている。
「こんにちは、誰かいませんか?」
キャランが家の扉をノックしたが、反応はない。
「カーウィン王子の親書を持って来ました」
もう一度キャランが扉をノックすると、しばらくして扉の奥から痩せぎすの男が現れた。歳は七十歳近いが、その眼光は鋭い。
「王子の親書だと?」
「はい、ここに」
キャランはカーウィン王子から預かった手紙を男に差し出した。
「その署名は確かに王子のものだな。中を読ませてもらうが構わないか?」
「もちろんです」
キャランから手紙を受け取り、男はその場で読み始めた。そこにはこう記されていた。
親愛なるキストへ
先日、私の元に未来から来たという不思議な者たちが現れた。
普段ならこのような話には取り合わないところだが、彼らはこの時代の人間では知りえない、ある秘密を知っていた。
彼らの話によると、オリハルコンでできた刀剣を持つ剣士が今後現れ、漆黒の破壊神マイヤらと戦って決着をつけるらしい。
この話を聞いた私は、そなたの祖先タケルが錬成したとされ、今も方舟の中で眠る宝剣のことを思い出した。
しかしその存在を知る者もまた、この時代にはほとんどいないはずだ。
私にはどうしても、彼らの話をまったくの嘘だと決めつけることはできなかった。
もし彼らがそなたの元を訪れ、その力を必要とするようであれば、それに値する者たちかどうか、そなたの眼で冷静に判断して欲しい。
その上でそなたが再び槌を振るうのであれば、十分な報酬を用意するつもりだ。
カーウィン・マハイラ
「なるほどな。それでお前さんたちは、この私に何をして欲しいのだ?」
「俺たちは昨日、方舟の中でこれを手に入れてきた。これであの方舟の中にあった宝剣以上の剣を作って欲しいんだ」
ジールが手にしていた木箱を開けると、中から太陽のように燦然と輝く青白い金属の破片が現れた。
「これは、もしかしてアルマニオンか?」
「僕たちも初めて見るけど、恐らくそうでしょう」
キャランがうなずいた。
「それで、私が剣を作ったところでどうするつもりだ? そこの大柄な彼の得物は斧だろう? 残り二人は剣など持ったこともなさそうだが」
「剣の使い手はラックと言います。でも昨日、方舟の中で怪我をしてしまい、今は近くの診療所で寝ています」
「その男に会わせてもらえないか?」
「ええ、でもなぜ?」
「その男を私自身の目で見極めたい。私がお前さんたちに手を貸すかどうか、それで判断する」
「なるほど、分かりました」
キャランがうなずいてから、ジールに向き直った。
「あまり大勢で行くと、ラックの体に障るだろう。僕が案内するから、君たちは一度宿に戻っていてくれ」
「よし、まかせたぞ」
ジールはルサンヌを促し、一足先にその場を立ち去った。
「それでは案内します」
「うむ、だがその前に上着を取って来たい。少し待っていてくれ」
キストは一度家の中に入ると、麻布を重ねた外套をまとって再び現れた。
キストの家からラックのいる診療所までは、徒歩でも十分足らずの距離だ。キャランがキストを昨晩の部屋に案内すると、ラックが休むベッドの端にうつぶせになり、椅子に座ったままの姿勢でシーナが寝入っていた。部屋の片隅には黒猫のナノもいる。
「あ、キャラン、おはよう。その人は?」
シーナが目をこすりながら、キストを見上げた。
「ネリシア女王?」
シーナの顔を見たキストが、驚きの表情を浮かべた。彼はネリシアの映像をどこかで見たことがあるらしい。
「紹介するよ。この人はカーウィン王子が言っていた刀鍛冶職人のキストさんだ。そしてこの二人は僕の旅の仲間で、ラックとシーナ」
キャランから簡単な紹介を受け、シーナとキストが互いに挨拶を交わした。
「ところで彼がラックか? 髪の毛と瞳の色は言い伝えに聞くカシウスと同じだな」
「カシウスと?」シーナが戸惑ったような顔でキストを見上げた。
「ネリシア女王を救ったとされるアトランティス王国の兵士の名前ですよ」
キストはなぜかシーナにだけ敬語を使った。それを聞くシーナは寂しそうな顔で下を向く。
「ところでさっそく本題に入るが、お前さんの右手を見せて欲しい」
キストは毛布の端をはねのけた。ラックの右手には、剣士特有の血豆やタコがある。
「なるほど、これは確かに剣士の手だな。それもかなりの手練と見た。ところでお前さん、もし最強の剣を手に入れても悪用はするまいな?」
キストは厳しい視線をラックに向けた。それに対し、ラックは横たわったまま、まっすぐにキストの目を見つめ返す。言葉はなく、そして今のラックには力もないが、その瞳の奥に宿る光は失われていない。それを確認したキストがゆっくりとうなずいた。
「よかろう。お前さんのためにアルマニオンの剣を作ろう」
「本当に? キストさん、ありがとうございます」
キャランがラックに代わって頭を下げた。
「既製品ではない。彼の体にあわせて作るのだ。今から一通り採寸させてもらうぞ」
キストは懐から巻尺を取り出し、ラックの手の大きさや腕の長さ、身長などを測りはじめた。そしてそれらをメモし終えたところで、大きなため息をつく。
「やっと役目を果たせる時が来たようだ。今から千年以上前、この惑星アララトに五百人の地球人たちが移住して来た。彼らは様々な科学技術をこの星に移転し、この星を生命であふれる豊かな大地に作りかえた。しかし私の先祖はその五百人の中になぜ自分が選ばれたのか分からず、引け目を感じながら生涯を終えたという。彼が祖国から持ちこんだもみじの木はネリシア女王のお気に入りだったらしいが、それ以外には刀鍛冶しか取り柄のない人だったからな……。だが、彼がこの星に伝えた技がようやく役立つ時が来たのだ。砂鉄から純度の高い玉鋼を作り、最強の刀剣を産み出す技は、ヤマトの民が独自に創り上げたもの。その技を応用してアルマニオンを加工すれば、世界で最高の刀剣を造ることができるだろう。一週間後、もう一度私の家来てくれ。それまでに完成させておこう」
「ありがとう。よろしく」ラックが力のない声を出した。
「しかし最高の刀剣ができても、使い手がそれでは何にもならない。早く元気になることだな」
その言葉にラックがうなずいた。今の彼にできることはそれしかないのだから。
――だが、それは決して容易なことではなかった。
診療所の別室で、クシラがラックのカルテを見ながらつぶやいている。
「熱型を見る限り、あまり抗生物質は効いていないなあ。医薬品の製造プラントはマイヤに破壊されてしまったし、今日の時点でこの診療所に残る在庫は、セフェム系が二日分だけ。五年前なら、バルディー先生が健在なら、簡単に助けられる症例だったのに。私たちの文明はもうじき黄昏の時を迎えてしまうようね」
その表情は寂しげである。
静かな室内とは対照的に、窓の外にはいつもどおりの喧騒が広がり、数年前までは見かけなかった馬車が土煙を上げていた。
もみじは英語で "Japanese maple" (日本のカエデ)です。




