第十八章 誕生は黄昏の中で(2)
「シーナ、とりあえず横になるんだ」とラックが伸ばした右手を、シーナが振り払った。
「シーナ?」
「ダ・イ・ジョ・ウ・ブ」
シーナの喉からどこか無機質な声が漏れてきた。それは彼女の声であって、彼女の声ではない。
「心配……いらないわ。聖剣アトラスを手に入れたし、早く帰りましょう」
先ほどまでの苦しみが嘘であったかのように、シーナは明るい声を出した。
「さあ、早く」
「え、ええ。何となくここに長居するのは危険な気がします。早く撤収しましょう」
同意するルサンヌに、ラックが待ったをかけた。
「だめだ。さっきシーナが言ったとおり、ここで目の前にある剣を手に入れて帰っても、あの未来を回避することはできないんだ」
「でも……」
「今のシーナはいつもと違う。俺には分かるんだ。だから俺はいつものシーナを、さっきまでのシーナの言葉を信じるよ」
ラックはそう言って、部屋の片隅にある小さな木箱の前に寝そべっているナノの姿を見つめた。その視界の片隅で、シーナの後頭部がもう一度わずかな光を帯びる。
「ナノ、ちょっとそこをどいてくれ」
ラックはナノを立ち退かせ、木箱の前に立った。この部屋の中にたくさんある何の変哲もない木箱である。しかしそれを見つめるラックには確信めいた何かがあった。慎重にふたを開けると、中は青白く輝く小さな破片で満たされていた。その輝きはオリハルコン以上であり、直視できないほどに眩しい。
「もしかして、これがアルマニオンか?」
ラックの声に、シーナを除く全員が駆け寄ってきた。青白い破片の輝きを受けて、彼らの顔も青白く照らし出される。キャランが上ずった声を上げた。
「オリハルコンの上位金属アルマニオン。アトランティス王国の科学力が生み出した、太陽のように燦然と輝く青白い金属。まさしくその表現の通りだ」
「間違いない。この輝きはアルマニオンだ」
カーウィン王子もその言葉に同調する。
「私が幼い頃、一度だけ見たことがある。あの時の輝きと同じだ。こんなにたくさん残されているとは思わなかった」
「でも王子、こんな破片を持って帰っても使い道がないのでは?」
ジールの疑問に対し、カーウィン王子は首を横に振った。
「大丈夫だ、私に心当たりがある。ビャンマの町に、偏屈だが凄腕の刀鍛冶職人がいるのだ」
「それならこの破片をその職人のところに持っていけば……」
「そう、そなたたちの言う聖剣アトラスの上位版が完成するかもしれない」
「よし、決まりだな」
ジールは一度しゃがみこみ、アルマニオンの破片が入った小さな木箱を持ち上げた。巨漢のジールが持つと、木箱がなお一層小さく見えた。
「このまま方舟を出て、ビャンマの町を目指すぞ」
皆が踵を返したその時、後方でうずくまっていたシーナが声を上げた。
「ヤメロ……。歴史ヲ勝手ニ変エルコトハ、僕ガ許サナイ」
その別人のような声に驚き、ルサンヌが後ずさる。
「シーナさん?」
「あとらんてぃす王国ノ科学力ハ凄イ。僕タチノでるたいデモ、コノ方舟ヲ壊シタリ、侵入シタリスルコトハ出来ナカッタ。デモ、コノ女ヲ操作スルタメノちっぷヲ埋メコムダケナラ、ソレホド難シクハナイ」
「これはラプラスの声か?」
ラックがあたりを見渡すが、その姿はどこにもない。
「シーナさん、気を確かに」
「シーナ、しっかりしろ! 大丈夫だ。落ち着いて、正気に戻ってくれ」
ラックがシーナを抱きしめた。
同時に鈍い音が聞こえ、ラックの顔が苦悶に歪んだ。シーナが普段から護身用に持っていた短剣を、ラックの腹に突きたてたのである。銀色の刀身から赤い血が滴り落ちた。
「おい、ラック。大丈夫か?」
ジールが木箱を持ったままラックに駆け寄った。
「なんとかな……。シーナ、頼むから正気に戻ってくれ」
ラックは額に脂汗をにじませながら、短剣を持つシーナの右手を握りしめた。
「ウルサイ、手ヲ離セ。手ヲ離せ、離して……」
その声色が次第にラプラスからシーナに戻り、その手に生暖かい感触が伝わる。
「私、今まで何を?」
我に返ったシーナがラックの肩越しに自分の右手を見ると、そこに血糊がついていた。
「え? これは……ラック?」
「シーナ……良かった……正気に戻ったか……」
シーナにもたれかかるラックの膝がゆっくりと崩れ落ちた。その腹部にはシーナの短剣が刺さっている。
「これ、もしかして私が? ラック、しっかりして!」
動揺してラックの肩を揺さぶろうとするシーナを、ジールが止めた。
「無闇に動かすな。このまま俺が連れて行く。急いでここを出て、カシウスに戻ろう」
ジールは小箱をキャランに託すと、ラックの体を背後から抱え起こした。
「よし、僕が先導する」
キャランが元の通路を指さすが、ナノはそれを無視して別の通路に入っていった。
「ナノが近道を知っているそうよ」シーナがその意図を代弁する。
「でもこいつもラプラスたちの仲間なんだろ。信用していいのか?」
ジールが疑いの目を向けるが、シーナは「大丈夫」と大きくうなずいた。
「ナノは私にとって初めてできた友達なの。私はその言葉を信じるわ」
「でも……いや、何でもない。疑って済まなかった。俺もナノについていくぜ」
ジールができるだけラックの体に振動を与えないよう、ゆっくりと歩き始めた。
再び志向性の強い明かりで照らし出され、その前後には暗黒が広がっている。階段を上り、平坦な通路を進んでいくと、先ほどの制御室を通ることなく、外部へと出ることができた。
「行きより早かったな。ナノのおかげだ」
キャランがまばゆいばかりの自然光に目を細めた。
「おい、ラック、大丈夫か? すまないがスクーターの操縦は自分でやってくれ」
ジールがラックをスクーターに乗せると、その生体情報を識別したスクーターの画面にラックの名前が表示された。
「そうだな、そのくらいなら何とかできそうだ」
ラックが操縦かんを握り、上空へと舞い上がるイメージを思い浮かべると、その機体がふわりと浮かんだ。それを確認し、皆のスクーターも宙へと舞い上がる。
「ここからならカシウスよりビャンマのほうが近い。怪我人もいるし、まずはそちらに向かおう」
カーウィン王子のスクーターが疾走を始めた。
すでに陽は西へと傾きかけている。雲の絨毯の上を滑るかのように、六機のスクーターが日の沈む方角へと消えていった。




