第十八章 誕生は黄昏の中で(1)
長い上映が終わった。
そこには過去の様々な真実が描かれていた。
彼らの祖先が、この惑星アララトから四十光年離れた地球から来たこと。
そこに栄えたアトランティス王国が、ポセイドンという名のアンゴルモア星人によって築かれたこと。
その初代国王が、アンゴルモア語で希望を意味するアトラスという人物であったこと。
オリハルコンとアルマニオンの秘密。
王国の末期に彼らを襲った巨大な災厄。
そこで別々の道を選んだノアとビラコチャ。
破滅の日に来世の愛を誓いつつ別れを告げたカシウスとネリシア。
――きっとネリシア王国の首都カシウスは、彼の名にちなんだものだったのだろう。
それらがすべて明かされたとき、シーナは思わず横にいたラックの袖を握りしめていた。その手が小さく震えている。
「あのカシウスとネリシアという二人、ラックと私にそっくりだった」
「うん、そうだな」
ラックも心ここに在らずという空ろな顔をしていた。
「あの二人の来世は、もしかして……」
すがるような瞳で見つめてくるシーナに、ラックが微笑んだ。
「俺たちは俺たちだ。過去にとらわれず自分の道を歩んでいこう。でも、あの二人に幸せな来世が訪れると良いな」
それ以上の言葉を口にすると、現在のシーナとの関係が崩れてしまいそうで怖かった。
「ええ、そうね」
シーナもその思いを察したのか、そこで口をつぐんだ。そして突然ラックにしがみつき、すすり泣きを始める。
「シーナ、どうした?」
「ごめんね、少しだけこのままでいたいの」
「……分かったよ」
ラックが左手でシーナの後頭部をそっと撫で、抱き寄せた。
シーナはラックに身を委ねたままひとしきり泣き終えると、ゆっくりと顔を上げて潤んだ瞳でラックを見た。その瞳が何かを語りかけている。
それを見つめるうちにラックは自らの感情に抗うことができなくなり、遠慮がちにシーナを引き寄せた。
その顔が、唇が、ラックに近づき、そして重なる。それは彼らにとっての二度目の口づけであり、最初はイエローサ王国での内乱前日だったはずだ。
あの時シーナが感じた切なくて悲しい気持ち。そしてラックが抱いた生への渇望。
今にして思えば、それらはすべて記憶の奥底に封印された何かとつながっていたのかもしれない。
“……そろそろ先に進もう”
二人だけの閉ざされた時間を打ち破ったのはナノだった。シーナは、はっとして我に返り、黒猫の姿をしたナノの顔を見つめる。
「そ、そうね。ごめんなさい」
そしてまだ冷めやらぬ感情を心の片隅にそっとしまい込み、あたりを見渡した。ジール、ルサンヌ、キャランの三人が、複雑な表情で二人を見つめている。その奥には、歯をかみしめて俯いているカーウィン王子の姿があった。何かの感情を必死に押し殺しているようにも見える。
「そう言えば、この方舟のどこかに、まだ地球から運ばれてきたオリハルコンが残っているという話だったな」
ラックも平静さを取り戻し、手がかりとなる物を探すために周囲を目で追った。もちろんそこには照れ隠しの意図もある。
ナノがシーナの腕から飛び降り、尻尾を立てて制御室の脇にあった階段を下りて行った。
「ナノがついて来てって言っているわ」
シーナがその後を追いかけていくが、ラックたちには猫の鳴き声にしか聞こえなかった。シーナは未来の世界でも、そのデルタイでナノや他の動物たちと会話していたが、きっとそれなのだろう。
ラックたちが後に続くと、ナノは細い通路をどんどんと進んでいった。やはり彼らの周囲だけが指向性の強い明かりで照らされ、その前後には闇が広がる。しばらく進むとその暗闇も終わりを告げ、明るく照らし出された広い部屋へとたどり着いた。
そこは倉庫のような場所であった。さまざまな書籍や電子端末、彼らが見たことのない不思議な機材などが雑多に置かれている。
「あらかじめ、そなたたちに言っておく。この舟は我が王国の遺産であり、今となっては貴重な資材も数多く残されている。だから無闇に物を持ち出すのではなく、本当に必要な物を一つだけ選んで欲しい」
カーウィン王子がどこか遠慮がちに言った。
「承知いたしました」
シーナが臣下の礼をとると、王子が動揺するのが見て取れた。
「いえ、シーナ殿にそのような態度を取られては私のほうが恐縮してしまいます。どうか頭を上げてください」
先ほどの上映を見て、シーナにネリシア女王の姿を重ね合わせる気持ちが強くなったのかもしれない。しかしそれはシーナも同じである。心のどこかでカーウィン王子をグリンピア王室の開祖であるカーウィン王の姿と重ね合わせる気持ちがあった。これではお互いに気疲れしてしまうだろう。
「承知しました」
シーナは気持ちを入れ替えて、皆に語りかけた。
「王子のご厚意で一品だけ拝借できることになったから、慎重に選びましょう」
「そうだな、慎重に選ばないとな。でも残念ながら、俺にはどれが何だか、さっぱり分からねえ」
ジールが苦笑いを浮かべた。
「ねえ、皆さん。あれはもしかして……」
ルサンヌが部屋の片隅を指さした。そこには白い布が置かれたテーブルの上があり、その上には赤い炎のように燦然と輝くオリハルコンの剣が置かれている。
ラック達はその剣に見覚えがあった。そう、未来の世界で見た聖剣アトラスだ。
「なぜあの剣がここに?」
「もしかしたら、あの映像に出てきた鍛冶職人タケルが作ったものだろうか?」
キャランが自信なさげにつぶやく。
「アトランティス王国が滅び、方舟が地球を脱出したとき、彼はこの剣を作っていた。それが五百人のメンバーに選ばれた一因だったとは考えられないだろうか? 元々は何かの儀式に用いる宝剣だったかもしれないし、別の用途だったかもしれないけど……」
「聖剣アトラス。アンゴルモア語で希望を意味するオリハルコンの宝剣か」
引き寄せられるようにオリハルコンの剣に歩み寄るラックをシーナが止めた。
「ねえ、少し待って」
「どうした、シーナ?」
「何か違う気がするの」
「違うって何が? あそこにあるのは、まぎれもなく俺たちが知っている聖剣アトラスだろ?」
「そう、あれは私たちの知っている聖剣アトラスよ。だからこそ、それをなぞって同じことを繰り返しても、同じようにあの未来に行きつく結果になってしまうのよ」
シーナの脳裏に、アンゴルモア星人たちに蹂躙される人々の姿が浮かんだ。
「なら、どうすればいいんだよ」
ラックの表情が険しくなった。だがシーナはそれには答えず、部屋の片隅にある小さな木箱の前に寝そべっているナノの姿を見つめている。
「シーナ」
ラックが声をかけた時、シーナの後頭部がわずかに光った。カシウスの王宮でマイヤと対峙した時、マイヤによって知らないうちに皮下に埋め込まれたマイクロチップが作動したのである。そのプログラムはメルネが手掛けたものだった。
「痛い」
激しい頭痛に見舞われ、シーナがしゃがみこんだ。
「大丈夫か?」
「どうした?」
「シーナさん、しっかりして」
仲間たちが心配して駆け寄るが、シーナは両手で自らの後頭部を抑えたまま、言葉を発することができない。激しい息遣いだけが聞こえてきた。




