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七の王国  作者: 毎留
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第十七章 アトランティス王国(6)

 翌日、都市部では人々による物資の買い占めがおき、エラシッポス王家の王宮ふもとに広がる街でも多くの商品が店頭から姿を消した。みな、来るべき災害の日に備えているのだ。しかしノアたちの説明を信じて今のうちに国外脱出しようとする者はほとんどおらず、パルテルスらの説を信じて高台へと非難する準備を進めるばかりであった。

 人は相反する二つの情報が提示された時、自分にとって都合の良い方を信じようとする。彼らにとってノアの言葉はあまりに破滅的であり、信じたくないものであった。

 だから、信じようとしなかった。

 その間にも時は無為に流れ、すでにあの発表の晩から三日が過ぎようとしていた。

 ノアは人々から信じてもらえぬ失意を胸に、自分の設計した方舟の搭乗者リストをほぼ完成させ、王宮の一角に作られた研究室でビラコチャにそれを見せた。

「なんですか、この胸糞悪いリストは?」

 ビラコチャが不快感を隠そうともせず、ノアに噛みついた。

「反論はしない。ここに書かれた五百人だけはおそらく助かるという、胸糞の悪いリストだ。ネリシア女王とその母君や弟君、私やお前をはじめとする様々な技術や知識を持った者たち、そして次世代を残す若者たちを中心にリストアップした。このメンバーであれば、惑星アララトに移住してから再び新しい王国を築き、暮らしていくことができるだろう」

「そんな身勝手な計画に自分を巻きこまないでください」

「そう、身勝手だ。しかし私は科学者として、この方法で少なくとも五百人の人間を救うことができる。この王国の血筋を守っていくことができる。お前にそれ以上の案があるのか?」

 いつもは冷静なノアが珍しく吼えた。その気迫に押されたビラコチャが黙りこむ。

 ノアの言葉は正しくないのかもしれない。しかし間違ってもいなかった。国民の多くが彼らを信じようとしない現状では他に打つべき手がないのだ。

 パルテルスはその後、自らの計算式を開示したり改めたりすることはなく、無言を貫いていた。明日、二つの彗星が衝突すれば、どちらが正しかったのか明らかになるだろう。そして残念なことに、ノアは自分たちの計算に絶対的な自信があった。

 あと四日で巨大な水の天体が地球に最接近する。それによって地球上の重力が大きく変動することが一番の問題だった。

 国民の大多数が所有するスクーターは、ディープ・ラーニングを用いた旧型の人工知能によって制御されている。量子コンピューターを用い、同じ条件下で何兆回何京回というシミュレーションを繰り返してコンピューターが自動学習していくものだが、これには前提となる初期条件が変わればまったく使い物にならなくなるという致命的な欠点があった。スクーターの人工知能は地球の重力が一定であることを前提に自動学習を行っており、彗星が近づくことによる重力の変動があれば、それだけで誤作動やシステムダウンをおこしてしまう。だが天体の接近にあわせて刻一刻と重力や地磁気が大きく変動するという想定外の事態に、残り数日で対応を済ませるのはほぼ不可能だということも分かっていた。

「方舟の飛行プログラムはアララトに向けてセットしてあり、今さら組みなおす時間はない。私にはこれ以上の方法が思いつかないのだ」

 ノアの表情は苦悩に満ちていた。

「……分かりました。もう何も言いません。でも私は方舟には乗りません」

「なぜだ? ビラコチャ」

「そのかわり私以外の誰かを乗せてください。新天地で必要とされる宇宙学者はノア先生一人で十分です。私は自分の力で、何とかしてこの地球で生き残ってみせます」

「……そうか。お前は宇宙工学のみならず、農業や医学にも明るい。一緒に来てくれると助かるが、無理強いするわけにもいくまい」

 重々しい空気が二人を包みこんだ。

「私は今から女王陛下にこのリストをお見せしてくる。ビラコチャ、死ぬなよ」

 ノアはそう言い残すと、部屋を後にした。

 廊下からは王宮の中庭が見える。空はいつもどおり青かった。この景色だけ見ていれば、あと四日で破滅の日が訪れるなどと一体誰が信じられよう?

 だが幸か不幸か、ノアの知性とアトランティスの科学力は、それが極めて高い確率で訪れることを予測することができた。

 もう時間がないのだ。

 ノアは足早に女王の執務室へと向かった。それはつい先日まで、ペライトス王の執務室だった場所である。扉を三回ノックすると、奥からネリシア女王の声が聞こえた。

「誰?」

「陛下、ノアでございます」

「どうぞ、入って」

 ネリシアの声をセンサーが識別し、重厚な木製の扉が内側へと開いていく。

 中に入ると、赤色をベースに美しい模様を織り込んだ絨毯が正面の執務机まで伸び、向かって右手には会議用の机が、左手にはローテーブルとソファーが置かれていた。執務机に向かって座るネリシアが右手を横に振ると、その正面に浮かんでいた文字が手の動きに合わせて横へと消える。

「どうしたの、ノア?」

 ネリシアが不安そうな表情を浮かべた。

「陛下。明日、二つの天体が衝突して、その後の軌道変更がどうなるのか明らかになります。そして残念ながら、私は自分たちの計算に自信を持っているのです。あと四日で世界中に大いなる天変地異がおき、アトランティス王国は海に沈むでしょう」

「ええ」ネリシアがうつむいた。

「この災難から一人でも多くの人を救うため、私はある計画を持ってまいりました。ご存知とは思いますが、私は半年前に人類が移住できる惑星を発見しました。そして光子ロケットに、五百人分の人工冬眠装置と地球上の動植物のDNAを乗せ、そこに移住する準備を密かに進めてまいりました。方舟と名づけたこのロケットに乗れば、少なくとも地球に残るよりは安全に目的の星アララトにたどり着けるでしょう。これは、私が作ったその五百人の搭乗者リストです」

 ノアが示すリストには、五百人の名前と、アララトで再び王国を築き上げるためになぜその人物が選ばれたかの理由が記してあった。最初そこにはビラコチャの名前があったのだが、それが消えて代わりにタケルという名前が入っていた。彼はアトランティスから見てほぼ地球の裏側にあるヤマトという小国からアトランティスに移住してきた、黄色い肌で黒い瞳と髪の小柄な鍛冶職人であった。

 アトランティスには開祖ポセイドン以来、むやみに島の外部へ版図を拡大してはいけないという教えがあり、一部の例外を除いて歴代の王たちはそれを守ってきた。

 しかし千五百年前に異次元宇宙から無尽蔵の反物質を手に入れるまで、彼らはエネルギー問題を抱えていた。太陽光発電と潮力発電を備えたメガフロートを大西洋、太平洋、インド洋の三箇所に浮かべ、超伝導で送電ロスをほぼゼロにした送電網を用い、常時安定した電力を得る方法も試みられたことがあり、その頃、ヤマトの国との交流を築いていたのである。

 彼らは不思議な民族であり、物づくりの分野で十の知識を与えると、いつの間にか十二のものを生み出した。その熱意と工夫は、彼らだけの特徴でもある。ヤマトの職人をリストに入れるノアには、ある思惑があった。

 リストにはネリシアの名前も含まれていたが、そこにカシウスの名前はなかった。

「もっと多くの人を救う方法はないの?」

「残念ながら……。地球上のあらゆる場所で暴風雨が予想されますし、今のところ国民は我々の話に耳を傾けようとしません。それでも運のいい人間は生き残るでしょうが、このアトランティス近辺にいればその確率はゼロに近いでしょう」

 それを聞いたネリシアが唇をかんだ。

「しかし私が作った方舟に乗れば、90%以上の確率で無事アララトにたどり着けるでしょう。陛下、ご決断を!」

 ノアがネリシアに迫った。ネリシアはしばらく考えこんだ後、重い口を開いた。

「この定員をもう少し増やすことはできないの?」

「恒星間飛行の間は無駄なエネルギー消費を防ぐため、船内の温度が宇宙の平均温度である絶対零度付近まで下がります。五百人という人工冬眠装置の定員以上を乗せても、すぐに凍死してしまうだけです」

「そう……」

 ネリシアの表情がますます暗くなる。しかしこの国を存続させるため、彼女はつらい決断をしなければならなかった。

「分かったわ。このリストの人間たちを方舟に乗せなさい」

「承知しました」

 ノアはネリシアに最敬礼をすると、部屋を出て行った。一人残されたネリシアは唇を噛みしめ、嗚咽おえつをもらしそうになるのを堪えていた。



 その夜、ネリシアはいつもの場所でカシウスと待ち合わせをしていた。

 丘の上から望む街の雰囲気はさすがに物々しさを増していたが、空に輝く星は普段どおりの静けさを守っていた。あと数日で旅立つネリシアにとって、地球から眺める星座はもうじき見納めになる。

 惑星アララトではどのような星座が彼女を待ち受けているのだろうか?

 ネリシアはふと自分が不謹慎ふきんしんな想像をしていることに気づき、首を振った。こんな時だと言うのに、夜風が涼しく心地よい。

「陛下、お待たせしました」

 木立の陰からカシウスが現れた。つい今しがた来たように振舞っているが、本当はしばらく前からそこにいて、物思いにふけりながら街の明かりを眺めるネリシアの姿を遠巻きに見ていたのである。

「カシウス、街の様子はどう?」

 ネリシアが涙をぬぐうような仕草をしてから笑顔を浮かべた。町の明かりにうっすらと照らし出されたその目元は、心なしか赤く腫れている。

「一部の人間はノア氏の話を信じて国外に脱出しましたが、多くの人々は必要物資を買いだめして高い場所に逃げれば済むと思っているか、そもそも海外まで逃げる手段を持っていないか、そのどちらかです。皆が不安をいだき、治安は乱れ、略奪が頻発しています」

「それで……カシウスはどうするの?」

「私は陛下の護衛兵です。陛下の行かれるところに付いていきますよ」

 屈託のない笑顔を浮かべるカシウスの言葉に、ネリシアは胸がしめつけられる思いがした。

 彼女はカシウスを置き去りにして、ノアが作った方舟で安全な星へ逃れようとしている。それをカシウスに隠したまま、旅立つわけにはいかなかった。

「カシウス、あなたも国外脱出をしたほうが良いわ。この王国からできるだけ遠く離れ、できるだけ高い山の上に逃げて」

「でも、陛下は?」

「私にはノアの作った方舟があるの」

「それで、どこに逃げるのですか?」

「ここから四十光年離れた惑星よ」

「四十光年?」カシウスは自分の耳を疑った。

「かつて太陽系の外に人類の住める惑星を見つけ、そこに移住する計画があったのよ。それを可能にする光子ロケットを開発したのがノアで、彼の名をとってノアの方舟計画と名づけられたわ。その後、予算の問題もあって計画は頓挫したものの、彼は密かにそのロケットを完成させ、半年前には人類の移住できる惑星アララトを発見していたの。この方舟と呼ばれるロケットの定員は五百人。地球に残るよりも安全にアララトに到着できるはずで、すでに搭乗者リストも極秘に完成し、出発の準備を進めているわ」

「搭乗者リスト?」

「私はそのリストに載っている。でもカシウス、あなたは載っていないの。お願い、この王国から遠く離れた山の上に逃げて」

「そんなことが……。どうして今まで黙っていたのですか?」

 カシウスが憮然ぶぜんとした顔で言った。彼には耐えがたい裏切り行為に思えてならなかった。

「私も今日初めて、この計画とリストのことを知ったのよ。ノアが、新しい星で新しい国を築くために必要な人間をリストアップしていたの。私が最初にリストを見たときにはもう、我がままを言う余地はなかったの」

「……そうですか。お幸せに」

 カシウスはネリシアに背を向けた。その皮肉に満ちた言葉がネリシアの胸に突き刺さる。

「カシウス、あなたはこれからどうするの?」

「陛下には関係のないことです」

「教えてよ。私だって不本意なのよ!」

 ネリシアは今にも泣き出しそうであった。カシウスは愛憎の入り混じった感情を自分でもどうコントロールしてよいのか分からないまま、ネリシアのほうに振り返った。

「自分のスクーターに乗って、上空に逃げます」

「ダメよ、それでは助からないわ」

「なら、どうすればいいのですか?」

 カシウスが怒りに任せて声を張り上げた。自分が助かるわずかな望みに、ダメ出しなどされたくなかった。

 ネリシアはその語気に押され、黙りこむ。

「もう、陛下とは二度と会いません。会ってもつらいだけです」

 カシウスが再び背を向けた。しかしネリシアにはもはや、彼にかける言葉など残されてはいない。カシウスの姿が夜の闇に消えていく。それを目で追いかけるネリシアの頬を、涙が伝った。

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