第十七章 アトランティス王国(3)
そして三日後、ペライトス王の葬儀は他の九人の王も参列する中でしめやかに執り行われた。
エラシッポス王家の宮殿横に作られた、王家の祭壇と呼ばれる場所がその会場である。十トン以上はあろうかという巨石を積み上げて作られた祭殿の内部には、金やオリハルコンで作られたエラシッポス王家の歴代王たちの胸像が並べられていた。正面には王国の開祖ポセイドンの全身像が置かれ、その足元にたくさんの花と共にペライトス王の棺が安置されていた。
祭殿の外には記帳に訪れた多くの人たちが列を作り、厳重な警備がひかれている。一部の人間が「エウアイモン王家への資金援助反対。その予算で私たちの雇用を守れ」と書かれたプラカードを手に気勢を上げていたが、さすがにこの場には相応しくないとの理由で警備兵たちによって退去させられた。
エラシッポス王家の新しい女王に即位したネリシアは、祭殿の入り口からその様子を遠巻きに眺めつつ、九人の王たちの到着を待っていた。黒い薄手の喪服を着ただけの体には、クーラーの風が少し寒く感じられる。
「アトラス総王家、クロノス王、ご到着」
祭殿に場内アナウンスが響いた。アトラス総王家とは、アトランティスの語源ともなったポセイドンの長男アトラスの血を引く王家である。ネリシアは片膝をついて頭を下げ、クロノス王を迎え入れた。十人の王の中でもアトラス総王家は特別な存在として、他の九人の王が一目置くのが慣わしであった。
「ネリシア女王、お悔やみを申し上げる。エラシッポス王家は偉大な王を失った」
クロノス王の声に、ネリシアがその頭をさらに下げた。クロノス王はネリシアと同い年の娘、スプエラ王女を伴っている。その気配を感じつつ、ネリシアは緊張で震える声を絞りだした。
「クロノス王、このたびはアクロポリスよりわざわざ父のためにご足労いただき、ありがとうございます」
「ネリシア女王よ、今後なにか困ったことがあれば、すぐ相談にきなさい。アトラス総王家としてもできるだけ力になろう。私たちは兄弟なのだ」
「はい、陛下のご厚情に御礼を申し上げます」ネリシアはクロノス王の声に耳を傾けるためにあげていた頭を再び下げた。
「大変だけど頑張ってね」
スプエラ王女が声をかけてきた。スプエラとネリシアは昔から仲のよい友人である。
「ええ、ありがとう」
ネリシアも気さくな返事をしたが、将来スプエラが王位を継いでアトラス総王家の女王になれば、こんな話し方はできなくなるのだと自らに言い聞かせた。クロノス王たちが会場の奥へと歩んでいくのを見届けてから、ネリシアは地面についていた片膝を浮かし、立ち上がった。
「ガデイロス王家、トクトウス王、ご到着」
「アンペレス王家、セビイト女王、ご到着」
「エウアイモン王家、サラセナ女王、ご到着」
次々に王たちが訪れる。
トクトウス王やセビイト女王とはあまり面識がなく、形式的な挨拶だけで済ませたが、その後に入ってきた白髪のサラセナ女王がネリシアの手を取って話しかけてきた。二人は祖母と孫娘と言ってもよいほど歳が離れている。
「ネリシア女王、この度は干ばつで苦しむ我がエウアイモン王家への援助を早々に表明していただき、民ともども深く感謝しています」
「いえ、とんでもございません。我がエラシッポス王家としても、できるだけのことはさせていただきます」
「ありがとう。新しい女王からそのようなお言葉を聞けて嬉しく思いますわ」
サラセナ女王が物静かな笑顔を浮かべ、祭壇の奥へと歩いていった。
「ムネセアス王家、サイアビオン王、ご到着」
「アウトクトン王家、ウリウス王、ご到着」
「メストル王家、ダイアレス王、ご到着」
「アザエス王家、メライト女王、ご到着」
「ディアプレペス王家、ソイリサ女王、ご到着」
残り五人の王たちも到着し、ネリシアと言葉を交わした後、祭壇の奥へと進んでいく。
その間、少し離れたところで直立不動の姿勢のまま、ネリシアの横顔をずっと見つめる一人の若い護衛兵がいた。やや黒みがかった金色の髪に深い紺色の瞳。名をカシウスという。カシウスの一族は祖父の代からエラシッポス王家に仕える護衛兵として働いており、まだ任官後間もない十八歳のカシウスもその素性の良さを買われ、新しいネリシア女王の身辺を警護する役に抜擢されていた。
そしてこれが、ネリシア女王とカシウス――グリンピア王国のシーナとラックに瓜二つである二人の最初の出会いだった。
照明を落とした薄暗い石造りの祭殿内に、開祖ポセイドンと亡きペライトス王を称える言葉がおごそかに響きわたった。拡声器ではなく、大司教や司教ら総勢五十人が唱和する肉声である。十人の王をはじめとする参列者たちは小さく頭を下げ、祈りをささげていた。
やがてその儀式が終わり、亡き王を送るために国歌の斉唱が始まる。
偉大な開祖、尊き神よ、我らの祈りを聞きたまえ
青き星、母なる大地よ、日々の暮らしを守りたまえ
風は凪ぎ、鳥は舞う、我らの故郷に幸あらんことを
果実は実り、人々は笑う、その王国はアトランティス
元々は開祖ポセイドンの祖国であるアンゴルモア王国の言葉で編纂されており、王族たちはその言葉で歌うこともできたが、一般の国民に広めるために、少し曲調を変えた翻訳版も用意されていた。そして会場の後方には大臣や地方の官吏など多くの人々が参列しており、この日歌われたのは翻訳版のほうである。
国歌斉唱後、喪主であるネリシア女王が胸元に小型マイクをつけて演壇に立った。目の前の空間に、彼女自身が作った原稿の文字が浮かび上がる。
「これで父ペライトスを送る儀式は滞りなく終了しました。ペライトスのよき理解者であり、よき兄弟であった九人の諸陛下に、遠路はるばるこの場にご参列いただけたことを大変光栄に思っております。私は十人の王の中でも一番人生経験の浅い若輩者ではありますが、これまで一万年にわたって続いてきたアトランティス王国の栄光を汚すことのないよう、諸陛下のお知恵を拝借して、尽力していこうと思っております。今後とも、よろしくお願いいたします」
緊張してつい早口になりそうだったが、それをぐっと堪え、ゆっくりと読み上げた。会場から拍手が起こり、緊張の糸が解けたネリシアが安堵の表情を浮かべる。
演壇を降りたネリシアは、帰路につく九人の王たちを見送るため、そのまま祭殿の出口へと向かった。
始めにアトラス総王家のクロノス王とスプエラ王女が出てくると、ネリシアは片膝をついて二人を見送った。その後少し時間をあけ、ネリシアが立ち上がるのを見計らってから他の八人の王たちが順に出てくる。
ネリシアはすべての王たちを見送ると、ふうと大きく息を吐き、祭殿の外に目をやった。塀のところに立ち並ぶ多くの人たちは黙ってこちらを見ていたが、プラカードを持った一部の集団だけが興奮しながら警備兵と揉みあっているようであった。
「ネリシア女王だ」
「女王様、私たちの話を聞いてください」
「俺は半年前に失業して、生まれてきたばかりの子供にミルクも買ってやれないんだ」
「女王様」
様々な声が聞こえるが、残念ながらここで立ち止まって彼らの話に耳を傾けても埒が明かない。ネリシアは彼らの前を足早に立ち去ろうとした。
その時――
「ち、無視しやがって。お高くとまっているんじゃねえ」
一人の男がすばやく塀を乗り越え、ネリシアに襲いかかってきた。手には刃物のようなものが握られている。
その場にいた誰もが呆気に取られ、反応が遅れた。ネリシア自身も身がすくんで一歩後ずさりするのが精一杯だったが、突然何者かに突き飛ばされて後ろに転んだ。
「痛い!」
地面に腰をぶつけて顔をしかめるネリシアの目の前に、血しぶきがはねる。
驚いて顔を上げると、一人の護衛兵が暴漢と組み合っていた。暴漢の腕をひねり制圧する護衛兵の左腕が、血で赤く染まっている。すぐに他の護衛兵たちもかけつけ、暴漢は完全に取り押さえられた。
「女王陛下、ご無事ですか?」
侍女や政務官たちが駆けより、ネリシアは助け起こされた。
「ええ、私は大丈夫。それよりも彼にお礼を」
「陛下の安全確保が第一です。こちらへ」
侍女たちにうながされ、数人の護衛兵たちに取り囲まれながら、ネリシアは祭殿の内部へと戻った。身を挺してネリシアを守ってくれた護衛兵が、取り押さえられた暴漢や他の護衛兵たちと共に向こうに歩いていくのが見える。顔は見えなかったが、やや黒みがかった金色の髪をした若者のようだ。
「後日で良いから、彼にお礼を言わせて。それと、私を突き飛ばしたことは絶対に罪に問わないように」
それを聞いていた護衛兵の一人が微笑んだ。
「分かりました。後日、カシウスを陛下に謁見させるようにいたします」
カシウス、それがあの護衛兵の名前なのだろう。ネリシアは次に会う時まで忘れないよう、心の中で復唱した。




