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七の王国  作者: 毎留
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第十六章 瓜二つ(6)

 ノクトをカシウスの王城に残し、ラック、ジール、シーナ、ルサンヌ、キャラン、そしてカーウィン王子の六人は再びスクーターで大空へと舞い上がった。

 未来の世界で見たカシウスと違い、この時代の町は活気に満ちていた。色とりどりの建物が建ち並び、ラックたちの時代にもあった目抜き通りは多くの人で賑わっている。

 スクーターの画面には、リゼールがセットしてくれた方舟の方角と距離が表示されていた。

「こっちの方向だ。二十分ほどで着くらしい」

 いち早くその機能を理解したキャランが、北東に見える山岳地帯を指さした。周辺の天候は良いが、向こうのほうには黒い雲が見えている。

「よし、出発だ」

 ラックの乗るスクーターが北東に向けて移動を始めた。そこに残りのスクーターが追いつき、併走する。六人はあっという間にカシウス上空を抜け、方舟を目指して大空を翔けた。

 やがて山岳地帯にさしかかったところで、ぽつぽつと小粒の雨が降り始めた。前方のフードに小粒の水滴がぶつかり、特殊処理を施したフードによってはじかれた。スクーターは豪雨や雷の中でも安全に飛翔することができる。急激な重力の変化がなければ――という制約がついているが、通常の場面でこれが問題になることはない。

 さらに飛び続けると、頂上が雲の上に隠れたトロイデ式火山の山腹が見えてきた。雨は激しさを増している。

「あの山の頂上だ」

 キャランが目の前にあるひときわ大きな山の中腹を指さし、そのスクーターが上空に向けて進路を変えた。ラックたちもそれに従う。

 まわりは白い雲に覆われ、何も見えない。その中でかなりの速度を出すことに恐怖を覚えたが、真上を目指せば何かにぶつかることもないだろう。

 そう信じて上へと飛び続け、ついに五人は雲を突き抜けた。

 頭上には澄みわたる青空がどこまでも広がり、眼下には雲の絨毯が見えている。その絨毯を突き破るようにして、こんもりと盛り上がった山の頂がいくつか見えた。

 そして、彼らの正面にある山の頂には不思議な石造りの遺跡が広がり、そのすぐ脇にはオリハルコンでコーティングされた巨大な物体が宙に浮かんでいた。

「あれが方舟。別名、古い峰ね」

 シーナが唾を飲みこんだ。彼女はかつてカシウスの王宮で、それを発見した冒険家のスケッチを見たことがある。雲の上に浮かぶ山頂に展開する不思議な石造りの廃墟。あのスケッチも美しかったが、実際の美しさはそれ以上だった。

 そしてその横に浮かぶ巨大なオリハルコンの物体こそ、この星の住民たちの祖先が使った宇宙船、ノアの方舟に相違ない。

 六人を乗せたスクーターがそちらに進路を変えると、そこで不気味な咆哮ほうこうが響き渡った。

「グワァァァァァー!」

 それは耳にする者の臓腑を震わせ、心胆を凍りつかせる、まがまがしさに満ちた音である。六人がスクーターを止め、あたりを見渡すと、雲の絨毯の下から巨大な影が浮上してくるのが見えた。

「何か来るぞ」

 ラックは無意識に腰に手を伸ばし、自分が帯刀していないことに気づいた。

 再び激しい咆哮が響き渡る。そして雲の絨毯を突き破り、巨大な何かが現れた。

 全身が黄緑の鱗に覆われ、触れるものすべてを一瞬で切り裂きそうな鋭い爪と牙で威嚇いかくしてくる。巨大な羽を羽ばたかせるたびに嵐のような突風が襲いかかり、スクーターの制動が失われそうになった。

 それは伝説上の生物とされるドラゴンの姿に他ならなかった。

「まさか本当にいたなんて……」

 シーナの顔面は蒼白になっていた。スクーターのシートに体重を預けたままだというのに、足の震えが止まらない。

 古い峰にはそれを守るドラゴンがいる。

 それはシーナが生まれ育った時代に、ナノから聞いた話である。だからまったくの想定外ではなかったが、いざこうしてその姿を目の前にすると、その威圧感と恐怖ばかりは想定外と言わざるを得なかった。

「ラック、お前のフレイム・ドラゴンと力比べをしたいと言っていたよな」

 ジールが冗談めかして言うが、やはりその表情はこわばっていた。強がっているだけなのは誰の眼にも明らかだった。

「まあな、でも残念なことに剣を持ってこなかった。丸腰なんだ」

 ラックも蒼白な顔に苦笑いを浮かべた。だが自分の剣を持っていたとしても、あのドラゴンには勝てそうな気がしない。いや、むしろ蛮勇をふるわなくて済むから帯刀していなくて良かったとさえ思った。

 だがドラゴンの位置を見る限り、どうやらあの方舟を守っているようである。これではうかつに近づくこともできない。

 彼らが躊躇ちゅうちょしていると、ドラゴンがテレパシーのようなもので語りかけてきた。

“お前たちは何者だ?”

「私は五百年後の未来からシーナ・ユモイニー。そして彼らは私の仲間よ」

 シーナが答えた。彼女のデルタイは動物たちと会話し、操ることである。しかしこの巨大なドラゴンを操る自信はなかった。

“未来から? この時代へはどうやって来た?”

「アンゴルモアの大王ラプラスが作り出した黒い霧を通って来たの」

“なるほど。では次の質問だ。ここには何のために来た?”

「あの方舟は、私たちの祖先が故郷である地球からこの星に来た時に用いたもの。そしてそこにはまだオリハルコンが残されている可能性が高いの。私たちの目的はそれを手に入れ、アンゴルモア星人たちに対抗できるだけの力と聖剣を手に入れることよ」

“それで、お前たちはその聖剣とやらを手に入れ、アンゴルモア星人と戦うつもりなのか?”

「いいえ」

 シーナはきっぱりと答えた。

「私たちがいた未来の世界では、アンゴルモア星人のマイヤ様は祖国を守ってくださる女神として君臨されていたの。その笑顔はとても柔和で、豊穣祭での大役を任されて緊張している私に優しい言葉をかけてくださったわ。私にとってはそれがマイヤ様のイメージであり、アンゴルモア星人たちのイメージのすべて。私たちはそうして何百年もの間、国家という同じ枠組みの中で共存することができていたの。でも先ほどカシウスの王宮で会ったマイヤ様はどこか冷たくて、私たちを警戒しているようだった。私にはそれが残念で、でももっと残念なのは、私自身がそんなマイヤ様に怯えてしまって、伝えなければいけない言葉の半分も言えなかったことなの。他の人たちの気持ちは分からないけど、少なくとも私が求めているのはマイヤ様たちに対抗できるだけの力。でもそれはマイヤ様たちと戦うためではなく、マイヤ様たち相手に臆さずにいられる自信のため」

“なるほど、お前の目的は分かった。でもお前が武器を手に入れただけで強くなったと錯覚するような愚か者ではないと、どうやって証明する?”

「それは……」

 予想外の切り返しに、シーナが絶句した。

“力なき者の願望はただの妄想だ。勇気なき者の理想はただの虚構だ。しかし力を手に入れたらすぐに歪むような者の願望はもっともたちが悪い。あの方舟に入りたければ、私と戦って現時点でのお前の力を示してみよ”

 ドラゴンは巨大な口を開き、鋭い牙をシーナに誇示した。

「いいえ、戦わないわ」

“おじけついたか?”

「いいえ。私がここであなたに見せるべきものは、あなたと戦えるだけの力ではなく、あなたと戦わないだけの勇気なのでしょう?」

“ふん、分かっていたか。ならばその勇気、試させてもらうぞ”

 ドラゴンは再び大きな口を開くと、シーナの乗るスクーターめがけて炎を吐いた。

「プロテクト……」

 とっさにルサンヌが空気の防御壁を張ろうとするが間に合わない。

ドラゴンの吐く炎はシーナの乗るスクーターのフードに当たり、その強化ガラスを粘土のようにねじ曲げると、左右に逸れていった。しかしシーナはその炎の中、身じろぎもせずにドラゴンをじっと見つめていた。

“怖くないのか?”

「いいえ、とても怖いわ。でも私の勇気と試すと言ったあなたの言葉を信じたの。ここで私を殺したら、勇気を試すことにならないでしょう?」

“ふふふ、よかろう。そなたの名をもう一度教えてくれ”

「シーナ・ユモイニー」

“シーナよ、お前一人であの山頂の遺跡に降りて来るが良い。待っているぞ”

 ドラゴンはシーナに背を向けると、方舟の隣にある遺跡へと降り立った。

「シーナ、無理はするな」

 ラックが呼びかけたが、シーナは正面を見据えたまま小さく後ろ手を振り、ドラゴンの待つ遺跡へと向かった。そしてスクーターを着陸させると、自らの足で遺跡を踏みしめた。

 巨大なドラゴンを前にして、シーナの姿は無力な小人のように見える。

 だが、彼女がこのような場面で誰よりも強い勇敢な人間であることを、ラックはよく知っていた。そして祈るような気持ちで両者の対峙を見守る。

“シーナよ、これまで私の使命は方舟を守ることだった。マイヤ様の敵となる者に、これ以上アトランティスの遺産を流出させないために。しかしその使命も今日をもって終わりにしよう。お前たちがこれから何をするのか、私も見てみたくなった。だから同行させてもらうぞ”

 ドラゴンの意外な申し出に、シーナは困惑の表情を浮かべた。

「ええ、でもその大きな体で人前に現れたら……」

“その心配はない”

 次の瞬間、ドラゴンの体がうっすらと光り、するすると小さくなった。そして一匹の黒猫の姿に変わる。

 それを見つめるシーナの表情が、困惑から喜びに変わった。

「もしかして、ナノ? また会えたのね」

 シーナは黒猫に駆け寄ると、その小さな体を抱きしめた。

“お前は私を知っているのか?”

「もちろんよ、未来の世界でずっと友達だったじゃない」

“そうなのか?”

 今度はドラゴンが、いや、黒猫のナノが困惑の表情を浮かべた。

「ええ、これからもずっと友達よ」

 シーナの目に嬉し涙があふれた。

 きっと未来の世界では、この古い峰にドラゴンはいなかったのだろう。ただ、かつてドラゴンの姿でシーナに襲いかかったことをナノが隠したかっただけなのかもしれない。

 そう言えば、ナノは小さな鳥に変身したり、象に変身してシーナたちを乗せてくれたりはしたが、決して空を飛ぶ大きな生き物には変身しようとしなかった。

 本当は変身できるのに……。

 あるいは、それが本来の姿かもしれないのに……。

 今のシーナには、そんなナノの心遣いがたまらなく嬉しかった。

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