第十六章 瓜二つ(3)
翌朝、ラックが目覚めた時にはすでに日が高く昇っていた。
ラックたちが泊まっていのは、砂漠の真ん中にあるオアシスそばの銀色に輝く不思議な材質でできた円柱状の建物であり、見張りの兵士たちの宿舎として使われている場所である。このような立地にもかかわらず、ラックが水道の蛇口をひねると豊富な水が出てきた。彼の生まれた時代にも残されていた灌漑施設は、この時代に作られたものだったらしい。
ラックが顔を洗ってから昨晩の談話室に行くと、すでに彼以外の全員がそこで朝食をとっていた。
「よう、ラック。よく寝ていたな」とジールが声をかけてくる。
「すまなかった、疲れがたまっていたらしい」
「無理もないわ。未来の世界でラプラスと対峙して、そのままこの時代に来たんだから」
シーナが優しい笑顔で気遣ってくれた。
「もう大丈夫だ」
ラックはシーナの横に空いていた椅子に座った。すでにそこには食事が準備されている。白い小さなパンにベリー系のジャム、卵、新鮮な野菜、それに魚介類の練り物までついていた。
「砂漠の真ん中でこんな食材を用意できるなんて凄いな」
ラックの言葉どおり、彼らの時代にはあり得ないことだった。しかしラックの感嘆をよそに、シャーパスは寂しげに答える。
「現在の輸送技術や冷凍技術はいずれ途絶えるでしょう。すでに市民はエネルギー供給を絶たれ、原始的な生活を余儀なくされているのです。漆黒の破壊神マイヤは狡猾な奴です。奴のせいで我々の生活を支えていたメーヤルの塔は五年前にシステムダウンし、今も復旧の目途はたっていません。それと共に、図書館や研究施設なども破壊され、我々が先人から受け継いだ技術の多くが闇に葬られました。我々のような警備関係者は今のところ王宮地下にある古い予備炉を使うことが許されていますが、それもいずれ禁止されるでしょう」
「漆黒の破壊神マイヤ……」
シーナがその言葉を反芻した。グリンピア王国が滅んだ後の世界で読んだ碑文にもそう書かれていたが、改めて聞かされるとやはりショックだった。
「彼女やその仲間たちはいつ、どこから来たの? 知っていたら教えてください」
シーナはすがるような眼でシャーパスを見た。その視線に気付き、彼が小さくうなずく。
「今から28年前、首都カシウスから遠く離れたノキリという村に現れたのが最初だそうです」
「ノキリの村だって?」
ノクトが驚きの声を上げたが、シャーパスはそれに構わず話を続ける。
「奴らは背中に羽を持ち、我々のようにスクーターを使わなくても空を飛ぶことができます。そしてそれを最初に発見したのが、昨日ここに来たリゼール施政官のお父さんでした。その方は出会い頭にマイヤによって殺されてしまったそうです」
「そんな……」
シーナが絶句した。グリンピア王国の守護神とされた豊穣の女神マイヤの別の顔を見せられ、心が大きく揺れ動く。シャーパスはそれをリゼールの父への同情と受け取ったらしい。
「しかしそれを知った彼の同僚が、スーパーストリング砲でマイヤの仲間を一人仕留めました。緑色のローブを着て、少女のような姿をしていたそうですが、マイヤの仲間がそんな見た目通りの奴だったという保証はありません」
「もしかして、それがメルネちゃんの妹なの?」
ルサンヌがつぶやいた。メルネの双子の妹であるセルナは、ネリシア王国の「野蛮な」先住民によって殺されたとメルネから聞いたことがある。
「それ以来、我々と奴らは敵対するようになりました。奴らは元々違う言葉を話していましたが、いつの間にか我々の言葉を習得し、我々の情報を探っていたようです。奴らに致命的なダメージを与えられるスーパーストリング砲は残り三本を残してすべて壊されてしまい、我々がこの星に持ちこんだオリハルコンもそのほとんどすべてを奪われてしまいました。マイヤは漆黒のローブをまとい、暗闇に乗じてどこからともなく襲撃してきます。それゆえ、いつしか漆黒の破壊神と呼ばれるようになったのです」
「そんなことがあったなんて……」
シーナが右手を口元に当てた。彼女にとって、マイヤは豊穣祭でほほ笑んでくれた優しく美しい女神に他ならない。だから漆黒の破壊神という二つ名がどうしてもイメージと結びつかなかった。
しかしその一方で、シャーパスが語るマイヤの姿は、漆黒の破壊神と聞いて想像する無差別大量破壊のイメージともやや異なっていた。
アイス・ブリザードというデルタイを使う冷酷さ、グリンピア王国で見せた豊穣の女神としての優しい顔、どちらが本当のマイヤなのだろうか?
あるいはその両方か?
その答えによっては、真正面からぶつかるのではなく、別の方法でマイヤを「陥落」させることができるのかもしれない。
シーナはふと、そんなことを考えていた。
窓の外に見える砂漠には陽炎が立ち込め、まるで燃えさかる炎のように揺らめいていた。
屋外の温度はかなり高くなっているに違いない。しかしこの銀色の建物内部には冷たい風が吹き込み、快適な室温に保たれていた。木目がそのままデザインに使われた椅子や机が並べられ、決して豪華な空間ではないが、快適性はこの上ない。
朝食を終えたラックたちが思い思いの時間をすごしていると、電子音のメロディーが鳴った。
「はい、こちらはシャーパスです」
シャーパスが声を発すると、昨晩と同様、部屋の中央部分に半透明なリゼールの姿が映し出された。どうやらスクーターに乗っているようである。
「こちらはリゼールだ。今朝、カーウィン王子に彼らのことをお伝えしたところ、王子が彼らに会いたいと言われた。そこで今、スクーターを人数分用意してそちらに向かっている。もうあと数分で着く予定だ。彼らの代わりに王宮の兵士六人がしばらくそちらに滞在することになるが、よろしく頼む」
「承知しました」
シャーパスが立体映像に向けて敬礼をすると同時に、リゼールの姿は消えた。
そしてその言葉通り、しばらくすると東の空から七機のスクーターが飛来した。先頭の一機にはリゼールが、そして他の六機にはグレーの制服を来た兵士たちが乗っている。彼らはラックたちのいる建物のすぐ傍まで来ると速度を落としながら降下し、砂漠の上に着地した。
程なくして、リゼールが屋内に入ってくる。
「皆さん、先ほどの立体映像でお話ししたとおりだ。今からカシウスにある王宮に案内するので、同行してもらいたい」
その服装は昨晩とはうって変わって威厳を感じさせるものだった。両肩に金色の飾りをつけ、左右両サイドにボタンのついた上着をまとい、かっちりとした帽子の前方には丸い紋章がついている。きっと王子と謁見するための正装なのだろう。
「ええ、ところでカシウスまではどうやって行くのですか?」
先ほどの電話で半ば分かっていたが、シーナが念のため質問した。
「私の部下たちが乗ってきたスクーターを利用していただく。そのために人数分のスクーターを用意してきたのだ」
「また、あれに乗れるのか」ジールの顔がほころんだ。
「これまでスクーターに乗ったことは?」
リゼールがジールの顔をちらりと横目で見た。
「未来の世界で一度だけ」とキャランが答える。
「その時、皆さんは最初からスクーターに乗れたのか?」
「はい」ルサンヌがうなずいた。
「なるほど、そういうことか。スクーターは最初に乗る際に個人情報を登録しないといけない。指紋や網膜、声などは人それぞれ違うが、それをスクーターに記録しないと起動しないようになっている。恐らく今日ここで記録した皆さんの生体情報が、未来の世界でもスクーターのメモリーに残っていたのであろうな」
リゼールの話を聞いて、キャランが感嘆の声を上げた。
彼が未来の世界でスクーターに初めて乗った時、スクーターのパネルにこう文字が表示されたのである。
個人識別情報:確認終了
搭乗者:キャラン・コラウニー
重力制御エンジン始動
あの時はなぜ最初からスクーターが彼の名前を知っていたのか不思議だったが、ようやくその謎が解けた。
「さあ、王子がお待ちだ。急いでついてきていただきたい」
リゼールはラックたちに背を向け、屋外へと出て行った。あとを追うと、屋内の涼しい空気とは別世界のような熱気が彼らを包みこんだ。目の前には七機のスクーターが停まっている。
「さあ、どれでも良いから乗っていただこう」
リゼールに促され、ラックたちは一人ずつスクーターにまたがった。しかしスクーターは、あの時のように彼らを認識してはくれない。
「今から個人情報の登録を行うので、それぞれ自分の名前を言っていただきたい」
リゼールが手にした小型装置のボタンを押した。
「ラック・ハイモンド」
「ガイル・シモリス」
「シーナ・ユモイニー」
「ノクト・イワラーム」
「ルサンヌ・ヤンバルト」
「キャラン・コラウニー」
各自が名乗ると、スクーター中央の小型モニターに搭乗者の名前が表示された。
「これでここにあるスクーターは、皆さんの名前と生体情報をメモリーした。今後は乗るだけで起動するはずだ」
リゼールがそう言い終わらぬうちに、彼の乗るスクーターが空中へと浮かび上がった。それを追って六人の乗るスクーターも宙に浮かぶ。未来の世界で一度乗ったからコツは分かっており、今回は最初から思い通りに空を飛ぶことができた。
「それでは私についてきていただこう」
リゼールの言葉と共に七機のスクーターが東の空へと飛び始め、みるみる小さくなり消えていった。




