第十六章 瓜二つ(2)
施政官のリゼールがラックたちのいる建物に到着したのは、それから三十分後のことであった。空の彼方から小さな明かりが飛んできたと思ったら、それはみるみるうちに近づいてきて、建物のそばに着陸した。
その乗り物を見たキャランが驚きの声を上げる。
「あれはスクーターだ」
たしかにそれは、ネリシア王国暦1999年の世界で彼らも乗ったことのあるスクーターだった。彼らにとっては未知の乗り物だが、ネリシア王国では日常の足として広く使われているのかもしれない。
建物の扉が開き、先ほどの半透明の映像と同じ人物が中に入って来た。
「施政官殿、夜分にお呼びだてして申し訳ありません」
シャーパスが背筋を伸ばして敬礼するが、リゼールの視線はもっぱらノクトとシーナに注がれていた。
「なに、気にするな。私も彼らに興味があっただけだ。しかし本当に王子やネリシア女王と瓜二つだな。……おっと、自己紹介が遅れて申し訳ない。私の名はリゼール・シガイレーだ。このネリシア王国で施政官をしている。ところで皆さんはどこから来られたのだ?」
「あの……信じてはもらえないでしょうが、私たちは未来の世界から来ました」
シーナが遠慮がちに答えた。それを聞くリゼールは予想通り、疑いの目を向けてくる。
「未来とは不思議なことを言う人だ。それではあなたたちの知っている未来を話してもらえないだろうか?」
「ええ、そのつもりです。このネリシア王国は高度な科学文明を誇っていますが、アンゴルモアの大王ラプラスや漆黒の破壊神マイヤによって滅ぼされてしまいます。でもその時、カシウスという名の戦士が現れ、オリハルコンの剣を手にアンゴルモアの大王ラプラスを封印します。その後、カシウスの仲間であったカーウィンという名の人物が、ネリシア王国暦1380年にグリンピア王国という新しい国を建国します。私の名はシーナ・ユモイニーと言いますが、故あってグリンピア王国建国から五百年経った世界で、王族の一人として育てられました」
シーナの話を聞くリゼールの表情が、次第に真剣みを帯びてくる。
「不思議な話だが、作り話にしてはよく出来ているな」
「ええ、これから起きる事実ですから」
「それで、カーウィン王子が新しい国を築くと言われるか」
「カーウィン王子?」シーナが意外そうな表情を浮かべた。
「そう、そこにいる少年と瓜二つで、ネリシア王国ヘンド・マハイラ国王のご嫡男であらせられるカーウィン王子だ」
「ノクトに瓜二つという王子は、カーウィンという名前なのですか?」
「その通りだ」リゼールがうなずく。
「私たちの時代には、カーウィン王の素性に関する伝承は残されていませんでした。だからカーウィン王とそのカーウィン王子が同一人物なのかどうかは分かりません。私が知っているのは、カーウィン王が剣士カシウスと共にラプラスを封印し、その後ソリナ王妃と共にグリンピア王国を建国したということだけです」
「ソリナ王妃だと?」
不意にリゼールの表情が険しくなった。
「この先、カーウィン王の妃になられる人物です。リゼールさん、あなたはそのソリナという女性を知っているのですか?」
「いや、それは……」
リゼールが口ごもり、そのまま眼を閉じた。
「申し訳ないが、今ここでお話しすることはできない。明日、皆さんがカーウィン王子に謁見できないか調整してみよう」
「ええ、私たちもこの時代やカーウィン王子について知りたいので、願ってもない話です」
「それでは私は今からカシウスに戻り、明日の手配にかかることにしよう。明日また連絡するので、今晩はこちらで休んでいかれるとよいだろう」
「はい、お心遣いありがとうございます」
シーナが左手を胸に当て、優雅な仕草で頭を下げた。
「それではシャーパス、彼らを私の客人と思って、失礼のないようにもてなしてくれ。明日のことは追って連絡する」
「はい、承知しました。施政管殿」
シャーパスが再び敬礼する。リゼールはラックたちに背を向け、そのまま建物の外へと出て行った。しばらくしてスクーターのヘッドランプが灯り、それは静かに夜の空へと消えていった。
「あのリゼールという人物は、王室の信頼も厚いかなりの実力者だな。でもソリナ王妃の名前を聞いた時に、なぜか動揺していた」
「ええ、そうね。明日、その話も聞けるかしら」
シーナはキャランの言葉に同意してから、シャーパスの顔を見た。
「ところでシャーパスさん、つかぬことを聞きますが、今はネリシア王国暦何年ですか?」
「今年は1375年ですが」
シャーパスが緊張した面持ちのまま答える。キャランはそれを聞き、思わず息を呑んだ。
「つまりグリンピア王国暦で紀元前5年。剣士カシウスがカーウィン王と共にラプラスを倒したとされる年だ。後世には、その剣士にあやかってカシウスという町の名前がついたと語り継がれていた。しかし禁断の間の石板にも書かれていたとおり、すでにこの時代、ネリシア王国の首都はカシウスと呼ばれていたんだ」
彼の言うとおり、先ほどリゼールは『カシウス』に戻り、明日の手配をすると言っていたのである。
「もしかしたら、僕たちはこれから歴史の真実を知ることになるかもしれないぞ」
キャランの声は興奮のあまり上ずっていた。それを聞いていたシーナが、物静かな旋律のグリンピア王国国歌を口ずさみ始める。
彼は永き旅の果てに真実を知り、希望という名の力を手に入れた
炎をまとった聖剣の一振りは、漆黒の破壊神から祖国を救った
カーウィン王と共にこの地を救った伝説の戦士の名はカシウス
我らは彼の帰還を待ち望んだが、その行方を知る者はいない
今にして思えば、あの国歌はこれからの出来事を暗示する道しるべだったのかもしれない。
この時代に生き、希望を意味するアトラスという名の聖剣を手に、フレイム・ドラゴンを操った剣士カシウスの伝説が、少しずつ明かされようとしていた。




