第十六章 瓜二つ(1)
ラックが目を開けると、そこには月明かりに浮かぶ夜の砂漠が広がっていた。乾いた風が寒気を含み、彼の体温をゆっくりと奪っていく。
ラプラスから逃げるようにして駆けこんだ黒い霧の奥には、白い闇が広がっており、その中でいつしか意識を失っていたらしい。そばにはジール、シーナ、ノクト、ルサンヌ、キャランの五人が、やはり意識を失った状態で倒れていた。
「おい、みんな、大丈夫か?」
ラックが声をかけると、五人が目を覚ました。
「ここはどこだ?」
キャランがあたりを見渡したが、夜の砂漠だということしか分からない。少し離れた場所には銀色の塔が建っている。それを見ながらジールがつぶやいた。
「前回と一緒だな。あの時も黒い霧の中に入ったのは昼だったのに、いつの間にか夜になっていたんだ」
「この砂漠に見覚えがあります。ミシラルド修道院から見た景色に似ているんです」
ルサンヌが塔を指さした。
「私が知っているのとは色が違いますが、あそこに建っているのがメーヤルの塔だと思います」
「でもミシラルド修道院は見当たらないね」とノクトがつぶやく。
「ミシラルド修道院が建っていたのは、グリンピア王国建国からイエローサ王国滅亡までの期間だから、それ以外の時代ということね。メーヤルの塔の色が違うことを考えると、ネリシア王国歴1999年とは別の時代のようだけど……」
シーナが自信なさげに言った。前回あの黒い霧の中に入った時は、場所は王都パルタスのまま変わらず、92年後の世界に飛ばされたのである。それなら今回もメーヤルの塔に近い場所のまま、違う時代に飛ばされたのかもしれないと思った。
だがその疑問に答えるには、誰か人を探して話を聞く必要がある。皆が立ち上がった時、急に強い風が吹きつけてきた。
「夜の砂漠は冷えます。このままここにいたら体力を奪われますから、とりあえず夜を過ごせる場所を探しましょう」
砂漠育ちのルサンヌが提案した。
「そうだな、それがいい」と同意するジールを、眩しい明かりが照らし出す。
「お前たち、何者だ?」
男の声が聞こえた。逆光のためその姿は見えないが、どうやら男の手にはラックたちが見たこともない光源が握られているようである。
「僕はレッディード王国のキャラン・コラウニーといいます」
キャランが相手の反応を確かめるために、その質問に答えた。
「レッディード王国? 聞いたことがないな。……おい、まさかとは思うが、背中に羽が生えてはいないだろうな?」
男が持つ光源が、キャランを照らし出した。
「え、羽ですか? そんなの生えていませんよ」
キャランはわざと質問に戸惑うそぶりを見せた。レッディード王国の名前を出したのは失敗だったかもしれない。今後はあまり怪しまれず相手から情報を引き出すために、余計なことは話さず、相手に色々と質問をさせよう。そう考えた矢先、男が質問をしてきた。
「ところでそのレッディード王国とやらは、どこにあるのだ?」
キャランのこめかみを冷や汗が伝う。どう答えてよいのか見当がつかなかった。だから邪道ではあるが、質問に質問で返すことにした。
「その前に一つ質問させてください」
「何だ?」
「ネリシア、グリンピア、イエローサ、レッディード、アンゴルモア、この中で聞いたことのある名前はありますか?」
「おかしなことを言う奴だな。ここはネリシア王国だろう」
男は古代ネリシア王国の名を挙げた。それを聞き、キャランは自分たちがグリンピア王国建国前の時代へと来たことを悟った。しかしそれをこの男に説明しても信じてはもらえないだろう。
「そうですか。僕たちは砂漠で遭難して、どうやら記憶を一部なくしてしまったようなんです」
キャランはとっさに下手な嘘をついてしまった。男が鼻で笑うのが聞こえた。
「全員揃ってか?」
「そうだよ」
その反応に憮然としたノクトが、キャランより先に答えた。
「え、その声は……」
男は光をノクトのほうに向けた。夜の砂漠にノクトの姿が浮かび上がる。それを見た瞬間、男の声が上ずった。
「王子、なぜこのようなところにおられるのですか?」
男は光源を投げ出し、その場にひれ伏した。
「王子?」
シーナが不思議そうにつぶやいた。もしかしたら、ノクトとネリシア王国の王子は見間違うくらいに似ているのかもしれない。しかしここで下手に嘘をつけば、後でばれた時に話がこじれてしまうだろう。彼女はそのことをよく理解していた。
「彼の名前はノクト。多分、あなたの言う王子とは別人です」
それを聞いた男が、光源を拾って再びノクトを照らし出した。
「そうか? 王子にそっくりだが……」
そして光源をその近くにいたシーナに向けた時、再び男の声が上ずった。
「ネリシア女王陛下!」
「ネリシア女王?」
今度はシーナの声が上ずった。たしかグリンピア王宮跡の地下で見た碑文にはこう記されていたはずだ。
我々の遠い祖先は、星空の彼方にある地球という星から来た。
そしてこの星に高度な科学技術を伝え、ネリシア王国を築いた。
王国の名は初代女王ネリシアにちなんだものであり、首都カシウスはネリシア女王にゆかりのある人物の名に由来する。
「私がネリシア王国の初代女王にそっくりなの?」
「はい、そうです。あなたたちは一体?」
王子や初代女王にそっくりな人物たちを相手に、男は戸惑いながらも、その態度を軟化させていた。
「もしあなたの言うことが本当だとしたら、私たちも確認したいことがあります。もし良ければ、王子のことをよく知っている人物を誰か紹介してもらえないかしら?」
シーナが遠慮がちに申し出た。もしかしたらその人物を頼りに、王子と会えるかもしれないし、そうでなくてもこの時代のことを色々と聞き出し、力になってもらえるかもしれない。
「分かりました。連絡を取ってみますので、私について来てください」
男は光源を拾うと、砂漠に立ちふさがる丘の向こうを目指して歩き始めた。
月明かりの中でラックたちはお互いに顔を見合わせたが、このまま夜の砂漠に留まっても体力を削り取られるだけで、何の解決にもならない。この男についていくより他に選択肢はないだろう。
彼らが男の後を追って丘を越えると、そこにはオアシスがあり、小さな建物が一つだけ建っていた。しかしそれはラックたちの時代に見られた日干し煉瓦ではなく、銀色に輝く不思議な材質でできた円柱状の建物である。
男は建物の扉を開き、中へと入って行った。ラックたちがその後を追って中に入ると、屋内は天井全体が白く光っている。それはランプの明かりしか知らない彼らが初めて見る、科学文明の明かりであった。
「リゼール・シガイレー施政官を」
男が宙に向かって話すと、数十秒経ってから部屋の中央に一人の男が現れた。ブラウンの瞳に感情を押し殺した冷たい光が宿り、やや赤みがかった金髪は無造作に跳ねている。見たところ、歳は三十代後半だろうか?
「どうした? シャーパス。こんな夜中に」
突如として現れた男が声を発した。よく見ると、その姿は半透明であり、向こうが透けて見えている。それはラックたちが初めて目にする立体映像だった。
「砂漠の真ん中で、不思議な六人組と遭遇しました」
砂漠で最初に会った男が答えた。彼の名はシャーパスと言うらしい。
「不思議な六人組?」リゼールが怪訝そうな顔をする。
「見ていただければ分かります」
シャーパスがラックたちを指さした。その視線を追って振り返るリゼールの表情が変わる。
「王子。それに初代女王ネリシア陛下?」
「そうです。あまりに瓜二つなので、私も最初驚きました」
「彼らは何者だ?」
「それが、砂漠で遭難して、全員が記憶の一部をなくしたと言っているのです」
「そんなことは有り得ないだろう。ともあれ、今から私がそちらに向かう。それまでの間、失礼がないようにそこで過ごしてもらえ」
「はい、了解しました」
シャーパスがリゼールに向けて敬礼をするのと同時に、リゼールの姿が消えた。
「と言うことです。これからリゼール施政官がこちらに来られるので、それまでこの部屋で休んでいてください」
「ええ、でもその人はどのような人物なのですか?」シーナが質問した。
「現在、病に臥せっておられるヘンド王のご学友であり、王子からの信頼も厚い人物です。王室に伝わる秘密も明かされていると聞いております」
「そうですか」
シーナはこめかみに人差し指を当てて、考え事をする仕草をした。リゼールという人物の信頼を得られれば、色々と便宜を図ってもらえるかもしれない。そのためには、彼女たちの知るすべての情報を打ち明ける必要があるだろう。
「ねえ、みんな。その人が来たら私たちの知っていることをすべて話しましょう」
「そうだな、そのほうが良さそうだ」
シーナの提言にキャランが同意した。古代王国ネリシアについて詳しい二人の意見が一致すれば、他に反対する者はいない。
だがラックはこれまでの話を聞きながら、一つの疑問を抱いていた。
シャーパスもリゼールも、目の前にいる古代ネリシア王国の人たちはラックたちと同じ言葉を話している。だとすれば、シーナやキャランが操るあの不思議な古代ネリシア王国の言葉はどこで生まれ、どのようにしてこの国にもたらされたのだろうか?




