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七の王国  作者: 毎留
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第十四章 戦いの終わりと始まり(5)

 黒い空の下に、不毛の荒野が広がっていた。

 太陽の光はか細く、気温は氷点下三十度と低い。どこまでも広がる平坦な大地を、冷たく乾いた風が荒々しく吹き抜けていった。足元に転がるのは、有機成分をほとんど含まない、痩せた土と小さな石ばかりである。

 ここはラックたちの故郷から遠く離れた惑星アンゴルモア。

 恒星から遠く離れた極寒のこの過酷な大地にも生命が誕生し、進化を遂げていた。

 はるか彼方には円柱のような人工建造物が立ち並び、それらはわずかな陽の光を浴びて、自らもうっすらと光を放っていた。そこには千人ほどの背中に白く長い羽を持つ知的生命体たちが暮らしており、一つの王国を築いていた。その名をアンゴルモア王国という。

 近くには丁寧に耕された農地も見えるが、そこに植えられた植物は力なくしおれ、枯れかけていた。気候が悪いと、何十年もの間、作物がまったく収穫できないことも珍しくない。

 そのような環境でも種族を存続させるため、彼らは人類の二百倍の時間をかけて成長し、一万年以上の時を生きる種へと進化を遂げていた。食料がない時には、白い石像のような姿になってエネルギー消耗を減らし、あるいは体力を回復する術を持っていた。彼らは少なくとも二千万年以上の間、このようにして、この惑星上で種を保存してきたのである。

 しかしもうこの荒野に住む必要はない。今からほんの十年前、太陽の光で満ち溢れ、肥沃ひよくな大地が広がる新たな世界を見つけたからだ。

 今まさに五人の若者たちが、その新世界に向けて旅立とうとしていた。彼らの眼前には直径10プース(3メートル)ほどの黒い霧のようなものが浮かんでいる。これが彼らを理想郷とも言うべき、光あふれる大地へと導いてくれる扉なのだ。

「さすがぁ、ラプラス様ぁ。この黒い霧の向こうにはぁ、私たちの新世界があるのですねぇ」

 メルネはこみ上げる嬉しさを抑えきれない様子で、破顔の笑みを浮かべていた。地球の公転周期を一年として分かりやすく換算すると、まだ2659歳。つまり人間に例えると13歳の少女なのだ。無理もない。

 アンゴルモア星人たちはこのほとんど光が差さない世界で遠くからでも仲間を識別するために、それぞれが自分のイメージカラーの衣装をまとうという風習を持っていた。メルネのイメージカラーは黄色に近い。

「お姉さま、はしゃぎすぎですよ」

 いくぶんか渋い顔でメルネをたしなめたのは、双子の妹セルナである。生真面目なしっかり者の少女で、彼女のイメージカラーは少し青みがかった緑色だった。

「僕たちはこれから新しい大地を手に入れるんだ。今日くらいは大目に見てやろう」

 1854歳と最年少のラプラスは、白い法衣をまとっていた。赤い髪にオレンジ色の瞳。頭にはやはり白を基調として、赤や黄色、青など鮮やかな色の模様をちりばめた帽子をかぶっている。

「これで我が王国の民も飢えずにすむわ」

 紫色のゆったりとしたローブをまとったマイヤが故郷に広がる荒野を振り返った。3720歳になる彼女は、メルネやセルナと違って落ち着いた雰囲気を醸し出している。その腕には黒い小動物の姿をしたナノが抱かれていた。

「向こうに着いたら、私とお姉さまで自然や生態系、先住民について色々と調べないといけませんね」

 セルナが何かを思案しながらつぶやくと、メルネの得意げな声が返ってきた。

「そうだねぇ、任せてよぉ」

「俺は皆の盾となり、剣となろう」

 筋骨隆々とした大男ソドが野太い声を上げた。紫色の髪に茶色の瞳、赤黒い肌。上半身は肌の上に直接胸当てを当てただけであり、膝までの丈の体に密着する赤いズボンを履いていた。5668歳の彼は五人の仲で一番の年長であり、アンゴルモア王国の兵士長でもある。

「それではいよいよ出発だ」

 ラプラスの声を合図に、皆が輪になってそれぞれの右腕を差し出し、交差させた。

「我々は仲間だ」

「我々は仲間だ」

 ラプラスに続いて他の四人が唱和する。だが彼らの言葉を知らない者がその会話を聞いたら、きっとそれは「テラノム・サーサスール」と聞こえたであろう。

 まず先陣を切って、兵士長ソドが黒い霧の中へと入った。霧を抜けると、まばゆいばかりの日差しが彼を襲う。足元には青い湖が広がり、背後には山、湖の対岸には平野が見えた。それらはすべて生き生きとした植物で覆われていた。

「何という美しい景色だ。これが俺たちの第二の故郷になるのか?」

 ソドは我を忘れてその景色に見入った。

「あ、やばいよぉ。美しすぎるぅ」

 次に黒い霧を抜けてきたメルネが思わず声を上げた。

「わあ、とても暖かくて素敵な場所ですね」三番目に現れたセルナが珍しく感嘆する。

「ナノから聞いていたとおり、美しい大地ね」その次に現れたマイヤも嬉しそうだ。

「どうだい、気に入ってくれたか?」

 最後にラプラスが現れた。その姿を見た四人は宙で羽ばたきながら、ラプラスに向かってひざまずく仕草をする。

「我らがアンゴルモアの大王ラプラス陛下に幸あらんことを」

 その時、急に誰かの声が聞こえた。五人が振り返ると、そこには不思議な乗り物にまたがったこの星の先住民の姿がある。先住民は再び彼らに話しかけてきた。

 その言葉を聞いたメルネが、興味深そうな目で先住民を見た。彼女はこう見えて高い知能指数を誇る才女であり、現地調査や先住民との意思疎通のためにこのメンバーに選ばれていた。

「彼はなんて言っているの?」

 マイヤがメルネにそっと耳打ちする。

「いくら何でもこれだけじゃ分からないよぉ、マイヤ様ぁ」

 二人の会話を聞いた先住民が再び言葉を発し、首をかしげた。そして次の瞬間、先住民は腰から武器を取り出した

「クラエ!」

 先住民が叫ぶと共に、武器から射出された光線がマイヤに襲いかかった。

 マイヤは突然の攻撃に戸惑いながらも、右手を伸ばしてその光線を吸収した。それを横で見ていたメルネがつぶやく。

「クラエ? これが攻撃の合図なのかなぁ」

「話し合いもせず、私たちと敵対するつもりなの?」

 マイヤはやや驚いたような表情を浮かべている。

「そのようだねぇ」

「ならばこちらも応戦するまで」

 マイヤの目が冷たく光り、先住民に右掌を向けた。するとそこから激しい吹雪が生まれ、凶暴な先住民とその武器を一瞬にして凍りつかせた。

 しかしここでマイヤにとって一つの誤算があった。威力を抑えた警告代わりの攻撃ひとつで原住民が簡単に死んでしまい、それに彼女たちが気づかなかったことである。

 一連の応酬を遠巻きに見ていた別の先住民が左手を口に当てた。そして乗り物にまたがったまま彼らに背を向け、一目散に逃げ始めた。

「あの先住民を追いかけよう」

 ラプラスの言葉と共に、五人は先住民が逃げていく湖の対岸を目指して飛び始めた。

 そのはるか彼方、対岸の集落で数人の先住民が長細い筒のようなものを取り出し、そのうちの一人が脇の下に抱えるのが見えた。乗り物に乗っていた先住民はそのそばまで行くと、速度を緩めて宙に静止する。それと同時に、脇の下に筒を抱えた先住民がなにやら声を張り上げた。

 一体なんだろう?

 五人はそちらに向かって飛び続け、先住民の少し手前で止まった。

「いきなり攻撃してくるなんてひどいじゃないですか」

 セルナが先住民に向けて両手を差しのべた。アンゴルモア星人のあいだで和解を意味するゼスチャーだが、彼らにその意図は伝わらない。

 先住民がなにやら叫び、脇の下に抱えた筒を操作すると、そこからまばゆいばかりの光条が生まれた。セルナはおびえた表情でとっさに防御の姿勢をとるが、光条が直撃するとその全身が二重三重になって大きくぶれ、何もない空間の中に消失していった。地面が揺れるほどの大音響があたりに響き渡り、先住民がなにやら嬉しそうに声を張り上げていた。

「ラプラス様、マイヤ様、セルナが死んじゃった。こいつら危険だよ」

 メルネが甲高い声を上げた。普段は語尾を伸ばすおっとり口調だが、緊急事態にはその癖が消失することが多い。

「なんて野蛮な民族なの?」

 マイヤは、たった今セルナに攻撃を仕掛けた先住民に右掌を向けた。同時に先住民の一人が何か叫ぶが、マイヤは意に介せず右掌から吹雪を放った。それは先住民を捕らえ、凶悪な兵器ごと凍りつかせることに成功した。今度は容赦ない必殺の一撃である。その光景を見た先住民たちの顔に、驚きと恐怖の表情が浮かんだ。

 先住民の一人が何か叫ぶと同時に、集落にいた先住民のすべてが散り散りバラバラになって逃げ出した。マイヤはその様子を注意深く観察しながら、今にも原住民たちを追って攻撃を仕掛けそうなソドをいさめた。ラプラスはセルナが消えてしまった空間を凝視している。

「なんなの、あの凶暴な奴ら。セルナが死んじゃったよ」

 メルネが放心した顔でつぶやいた。その頬を涙が伝う。しゃくりあげるたびに背中の羽の動きがおろそかになり、湖面に墜落しそうになった。

「ええ、あの兵器はかなり危険ね。まさか原住民たちの科学力がこれほどとは思わなかったわ」

 マイヤが険しい表情を浮かべた。その言葉をラプラスが訂正する。

「正確には原住民ではないよ。彼らは僕の三代前の大王だったポセイドン陛下が興したアトランティス王国の末裔なんだ。もともとは文字すら持たない未開な民族だったのに、ポセイドン陛下によって文明を与えられ、あのオリハルコンを生み出したことで、僕たちアンゴルモア王国の文明水準を凌駕りょうがしてしまった。そしてこの星にも僕たちより先に入植することになったんだ」

「それなのにこの仕打ちとは、なんという恩知らずな奴らだ!」

 憤慨ふんがいしたソドが吠える。

「彼らの身体能力は大したことないけど、あの科学力を前に僕たち四人だけでは多勢に無勢だな。本当はもっと多くの仲間を惑星アンゴルモアから連れて来たらよかったんだけど、今の僕のデルタイでは五人が精一杯だった。それに少し不安定なところがあるから、何度も行き来することは危険なんだ」

「それならここに残った四人だけで、邪魔な先住民から科学技術を奪い去るための方策を練りましょう」

 そう提案したのはマイヤである。

「まずは情報収集が必要です。彼らの言葉を理解し、社会構造について調べる必要があります。その上で彼らの科学技術を支えているソフト・ターゲットを絞りこみ、少しずつ排除していきましょう」

「そうだな。本当はその調査をメルネとセルナに任せたかったけど、こうなってしまっては――」

 ラプラスはメルネの横顔を見た。まだしゃくりあげており、いつもの彼女には戻っていない。

「大丈夫です。任せてください」不意にメルネが顔を上げた。

「大王陛下の計画を成就し、アンゴルモア王国の国民たちをこの光あふれる世界へと導いてこそ、セルナも浮かばれます。だから――私にぃ、任せて欲しいのですぅ」

 その瞳の奥に光が宿るとともに、語尾が伸びる。

「先住民たちの会話で分かったことですけどぉ、彼らの声帯も私たちと同様にぃ、母音と子音を持っているようですねぇ。子音を出してもぉ、その音を長く伸ばすとぉ、すべて母音に収束するみたいですぅ。それに彼らの文字がポセイドン様から伝授されたものだとすればぁ、そこにはアンゴルモア語の痕跡が残っているはずですしぃ、どんな状況でどういう言葉を話すのかも少し分かりましたからぁ、彼らの集落に紛れこめばぁ、多分二か月くらいで彼らの言葉をマスターできると思いますよぉ」

「さすが、メルネね。天才少女と呼ばれるだけのことはあるわ」

 マイヤの瞳が優しさを帯びる。

「うん、それでは準備しますねぇ」

 メルネはその場でくるりと宙返りをすると、背中の羽を折りたたんで地面に降り立った。

「後は服装だけ先住民と似たものに着替えたらぁ、それっぽくなるかなぁ」

「任せたよ。メルネ」

「はい、大王陛下のご期待に沿えるように頑張りますねぇ」

 メルネは右手を挙げてラプラスたちに手を振ると、徒歩で森の茂みへと消えていった。

「さあ、僕たちはこれからの計画を練ろうか。マイヤが言っていたようにソフト・ターゲットを絞りこんで排除するのも大事だけど、それだけでは彼らは手の内のすべてを見せてはくれないだろう」

「それなら私たちが先住民よりはるかに長く生きることを利用して、神として信仰を集めるようにふるまう手もあります」

「なるほど、それも一考だな。でも僕としては保証が欲しいんだ。僕たちの中からこれ以上誰も犠牲を出さず、先住民の力を奪い、アンゴルモアの民たちをこの光あふれる世界へと導けるという確実な保証がね。だから永い年月がかかるけど、あの方法を試してみようと思う」

 ラプラスはマイヤの顔を見た。単細胞のソドはこういう時、あまり役に立たないと分かっていたからだ。

「マイヤも知ってのとおり、僕のデルタイは異なる時空を黒い霧で結び、そこを自由に行き来できるようにするものだ。このデルタイで現在と特定の未来を結ぶ黒い霧を作り出すと、未来は僕が定めた運命に向かって進むことしかできなくなる。その運命とは、僕たちが少しずつ先住民たちの文明を奪い、服従させていくものなんだ」

「ええ、私も協力します」マイヤがうなずいた。

「でも、この方法には重大な副作用があるんだ。元々さまざまな可能性を持った未来を無理やり一つの運命へ導こうとすると、未来の可能性を限局して時間の自由度を奪うことになる。不確定性原理によれば、時間の自由度を表すΔ(デルタ)Tが小さくなると、エネルギーの変動幅ΔEが大きくなってしまう。そうするとそのたけり狂う巨大なエネルギー変動、つまりΔ(デルタ)(イー)を利用して、僕たちのようにデルタイを使う先住民が現れるかもしれない。その中から僕たちにとって脅威となるような存在が現れたら……」

「その時は私やソドのデルタイでその者たちを排除いたします」

「もちろんですとも、陛下。我々にお任せください」

 マイヤとソドが力強く答える。

「ありがとう。いざとなったら僕自身がそいつと戦ってもいいしね」

 ラプラスの目が冷たく光った。物静かだが、見るものすべてを凍てつかせるような表情である。実際のところ、単純な戦闘力だけでもラプラスは他の四人と比べて抜きん出ているが、それをひけらかしたことは一度もなかった。

「そのようなことになりませぬよう、この兵士長ソド、命に代えても大王陛下をお守りいたす所存です」

 ソドが鼻息も荒く、胸を張った。ラプラスはソドに近づくと、その腰を右手でぽんと叩く。

「うん、頼りにしているよ」

「ありがたきお言葉」

 ソドは背中の羽で宙に浮いたまま、再びラプラスにひざまずく仕草をした。

 幼少とは言え、アンゴルモア王国の大王であるラプラスには、国民たちを光溢れる安住の地へと導く責務がある――先代の大王から幾度となく言われてきた言葉だった。そしてそのためにはこの地に住む野蛮な先住民を排除しないといけない。

 この日、永い歴史をかけた彼らの戦いが静かに幕を開けた。

時にネリシア王国歴1347年――グリンピア王国歴にして紀元前33年の晴れた春の日のことであった。

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