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七の王国  作者: 毎留
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第十四章 戦いの終わりと始まり(4)

 首都カシウスから2000スタディオン(360キロ)ほど離れたところに、ノキリという小さな村がある。

 村の北側には美しい水を湛える湖面が広がり、その彼方にそびえる山脈の倒立像を映し出していた。このあたりに住む人々は科学文明よりも自然との共存を選び、原始的な農機具で田畑を耕し、家畜を育てて生活の糧にしていた。

 木材を組み合わせて作られた小さく質素な家屋が点在しているが、首都カシウスの都市計画に基づいて作られた立派な家屋とは比べるべくもない。軒先には冬の到来に備えて、様々な野菜が干されていた。だがそれが逆に、カシウスから視察に訪れた役人のディップ・シガイレーには新鮮に感じられる。

「たまには田舎もいいものだな」

 ディップは大きく背伸びをして、胸いっぱいに空気を吸いこんだ。

 決してカシウスの空気が汚いと言うわけではない。カシウスの街中を飛ぶ乗り物は反物質と呼ばれるクリーンなエネルギーをその動力源にしており、それは尽きることなく彼らの生活を支えていた。ごく少量の反物質を通常の物質と混ぜるだけでそのすべてがエネルギーに変わるため、自然への影響は皆無とされている。しかしそれでも人工物に囲まれた生活を送っていると、人の手がほとんどつけられていない自然を見たときに感動を覚えるのは、太古からの人間のさがなのであろう。

「今度、リゼールも連れてきてやろう」

 リゼールとは、彼とその妻セミイの間に生まれた長男の名前である。今日の視察にはやはり役人として働くセミイも来ていたので、リゼールは一人、首都カシウスの自宅で留守番をしていた。しかし今年はリゼールも十歳になったし、豊かなカシウスで犯罪が起こることはほとんどない。片道2000スタディオンの日帰り出張であったこともあり、特に心配はしていなかった。

 ディップと共にこの村にやってきた同僚たちも、つかの間の自然の光景を楽しんでいた。

 その時、スクーターと呼ばれる一人用の小型飛行装置に乗ったセミイが、湖面すれすれの低空を飛びながらこちらへ疾走してくるのが見えた。

「どうした、セミイ?」

 ディップが耳につけた小型無線機でセミイに話しかけた。これには骨伝道マイクとスピーカーが備え付けられているが、小さいため本人も周りの人間もほとんど違和感を覚えることはない。

「湖の対岸付近で、湖面の少し上空に不思議な黒い霧があるのよ」

「こんなにいい天気なのに、黒い霧だって?」

「そしてそこから背中に羽の生えた不審者が出てくるの。不気味だからあなたも見に来てよ」

 スピーカーから聞こえてくるセミイの声は不安そうだ。

「不審者か。よし、分かった。今からそちらに向かう」

 ディップも自分用のスクーターにまたがった。スクーターがディップの生体情報を識別し、反物質エンジンが始動したことを示すライトが計器板に灯る。

 ふわりとスクーターが宙に浮かび上がり、次の瞬間、ものすごい勢いで湖の上を疾走し始めた。本当はもっと上空を飛ぶこともできるが、湖面すれすれを飛んで、水しぶきを上げるのが爽快なのだ。

すぐにセミイと合流したディップは、そのままセミイの来た方角へと向かった。更にエンジンをふかすと、確かに不思議としか形容できない光景が見えて来る。

 湖岸に近いところ、湖面よりやや高い位置に、直径10プース(3メートル)ほどの黒い霧のようなものが浮かんでいた。その近くには四人の人影が見える。

 真っ黒なローブを着て黒猫を腕に抱いた女、黄色い衣装と緑の衣装の二人組の少女、全身筋肉質のいかつい男である。そして最後に白い衣装の少年が黒い霧の中から現れると、他の四人が空中で少年にひざまずく仕草をした。皆、白くて長い羽を背中に持ち、スクーターのような乗り物を使わなくても、自らの力で羽ばたいて宙に浮かんでいた。

「お前たちは一体何者だ?」

 ディップが声をかけると、五人がこちらに振り向いた。しかし返事はない。

「なぜ背中に羽がある? その黒い霧は何だ?」

 立て続けに質問を投げかけたが、二人組の少女が興味深そうに彼のほうを見ただけで、他の三人は意に介する様子もない。

「ティーセライム・ノマール・リコーサル・ナーン・メルネ」

「ファスラーム・レデール・コンパール・ロッタ・シラスール・ミメーロ・マイヤ・リー」

 黒いローブを着た女が話しかけると、黄色い衣装の少女が何か答えたようだった。

「我々の言葉が通じないのか?」

 ディップが首をかしげた。

 彼らの祖先ははるか昔、星空の彼方からこの青い星を求めてやって来たとされている。元々この星に先住民はおらず、彼ら以外に人型の生命体はいないはずだった。長い歳月の中で方言が生まれたとしても、まったく異種の言葉を話す人間がいるとは考えにくい。

 となると、どこか別の星からやってきた侵略者であろうか? 背中には羽が生えているし、明らかに普通の人間ではない。未知の宇宙人が攻めて来たのであれば、これを排除するしかないだろう。

 そう考えたディップが腰の銃を抜いた。

「くらえ!」

 銃口から発射されたレーザー光線が、黒いローブを着た女に襲いかかった。出力は最大にしてある。人間の体はもちろん、大きな岩でも貫通してしまうほどの威力を持っているはずだ。

しかし黒いローブの女は右手をディップのほうへと伸ばし、何事もなかったかのように掌でビームを吸収してしまった。それを横で見ていた黄色の少女がつぶやく。

「クラエ? クラエ・イサール・フォスリー・リモール・ノンラーダ」

「ビーレ・ワスフィー・ロントール・レイシャー・シマンガ・シュメーア・ナーン?」

 黒いローブの女が黄色の少女に何か質問したようだった。

「ニー・ナー」黄色の少女が答える。

「シャンラー・ノンデム・ジーサ」

 黒ローブの女は右掌をディップに向けた。同時にそこから激しい吹雪が巻き起こり、ディップは一瞬にして息絶えた。

 死の直前、彼の脳裏には長男リゼールの笑顔が浮かんだ。



 その応酬を遠巻きに見ていたセミイは、左手を口に当てて、大声を上げそうになるのを必死に堪えた。

 背中に羽を持ち、自らの肉体だけで空を飛ぶ彼らには、ディップの持つ通常兵器は効かないようだ。それどころか、そのうちの一人は右掌を相手に向けるだけで吹雪を起こし、一瞬にしてディップを凍死させてしまったのである。

 ここで奴らに攻撃を仕掛けても、ディップの二の舞になってしまうだろう。

 セミイはそう考え、急いで湖の対岸にいる仲間たちの元へと向かった。そこまで戻れば、自分たちの祖先が星空の彼方からこの星に持ちこんだ、あの強力な兵器を使うことができるはずだ。

「こちら、セミイ。湖の対岸に黒い霧を発見。その中から背中に羽を持つ五体の生命体が現れ、ディップに突然攻撃してきたの。彼は、多分もう助からないわ。私たちはあの危険な生命体を排除しなければ……。スーパーストリング砲を準備して!」

 無線機で仲間と連絡を取るセミイの声が次第に震え、最後は涙で言葉にならなくなった。彼女はこみ上げる嗚咽おえつを堪えながらスロットルを回し、エンジンをふかした。普段はイメージするだけで動かすこともできるが、精神的な動揺が激しいと動作が不安定になるため、手動操作に切り替えていた。スクーターはその最大速度で湖面上空を疾走し、仲間とスーパーストリング砲の待つ対岸へと向かう。スクーターが通り過ぎた後、湖面に浮かぶ水鳥がその風圧に驚いて飛び立った。

 すでにノキリの村では数人の仲間がスーパーストリング砲の用意を始めていた。直径0.5プース(15センチ)、長さ4プース(1.2メートル)ほどの砲身を脇の下に抱えて持つ比較的小さな兵器だが、一度放てば小さな村が消し飛ぶほどの破壊力を秘めていると言われている。しかし少なくともその場にいる人間は誰も使ったことがなく、あくまで伝承に過ぎなかった。

 発射の準備が整い、役人の一人が必死の形相で湖面に向かってスーパーストリング砲を構えた。彼の名をショールと言う。ショールが砲筒を構えるその前方から、セミイの乗るスクーターが猛烈な勢いで向かってくるのが見えた。

「セミイ、無事か?」ショールが無線で呼びかけた。

「ええ、私はね」

 肉眼でショールたちの姿を確認したセミイが、スロットルを緩めた。スクーターの速度が落ち、ふわりと宙で揺れるとその場で静止する。

「セミイ、もっと後ろに下がれ。奴らが来たぞ」

 ショールが緊迫した声を上げた。はるか彼方から、自らの翼で羽ばたく五体の生命体が彼らに向かって飛んでくるのが見えた。

 その姿かたちは、黒いローブの若い女、黄色と緑色の衣装の少女二人、赤い甲冑をまとった筋肉質の大男、そして白い法衣の少年である。五体は悠然と空を飛び、ショールの前方2プレトロン(59.6メートル)ほどのところで止まった。

「ネンパル・ロソード・リッタイド・ルー・ランカーム・ネーン」

 緑色の衣装の少女が不思議な言葉でショールに話しかけてきた。そして両手を彼に向けて伸ばしてくる。

「不気味な奴らめ、よくもディップを殺したな。こいつをくらえ!」

 ショールがボタンを押すと、スーパーストリング砲から眩いばかりの光条が生まれた。

少女はおびえた表情で防御の姿勢をとるが、光条が直撃するとその全身が二重三重になって大きくぶれ、何もない空間の中に消失していった。地面が揺れるほどの大音響があたりに響き渡る。

 ショールには知るよしもなかったが、この宇宙の最小構成単位である超ひもの振動条件を変え、すべての物質を無に帰すという恐るべき兵器だった。

「やったぜ!」ショールが大声で勝どきを上げた。

「ラプラス・リー・マイヤ・リー・サプト・セルナ・ニシリム・ネーン・ナンパル・スイラード・カナム」

 黄色い衣装の少女が甲高い声を上げた。

「リマイル・レッソファープラム・ナーン?」

 黒いローブを着た女がショールに右掌を向ける。

「危ない!」

 セミイの顔色が変わるが、すでに手遅れだった。次の瞬間、女の掌から放たれた吹雪はショールを捕らえ、スーパーストリング砲ごと凍りつかせてしまう。

 非常に攻撃的な敵のようだ。その場にいた全員が恐怖のあまり立ちすくんだ。

「だめだ、逃げろ!」

 誰かの声が合図になり、役人と村人たちは散り散りバラバラになって逃げ出した。

 残された四体の生命体はそれ以上深追いするでもなく、湖の上から人々が敗走する様子を眺めていた。

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