第十四章 戦いの終わりと始まり(2)
単に大王という地位にあるだけで、最年少のラプラスは実際には弱かったのだろうか?
拍子抜けすると共に淡い期待を抱いたが、それは火柱の中から無傷で現れたラプラスによって見事に打ち砕かれた。
「僕もあの時とは違う。この位、よけるまでもないさ」
ラプラスがつぶやいた。ラックはその言葉を聞き、見た目は子供でしかないラプラスこそがこの場にあまねく飛翔するアンゴルモア星人たちの中で最強であることを確信した。
「ふっ、そうでないと面白くねえ」
半分以上は強がりだが、ラックも先ほどの攻撃がラプラスに効くとは思っていなかった。あくまで現在の威力とコントロール精度を確認するための試射に過ぎないのだ。
「これが本番だ。フレイム・ドラゴンズ・バースト!」
聖剣の切っ先から生まれた四体のドラゴンが弧を描き、再びラプラスに襲いかかった。
剣士カシウスのような七体のドラゴンは無理でも、今のラックなら四体のドラゴンを制御できる。それらが一箇所で集約すれば、その威力は飛躍的に増すはずだった。
ラプラスはその内の一体を右掌ではじいたが、残り三体の直撃を受けて再び火柱に包まれる。
「今度はどうだ?」
一体だけはじかれてしまったが、それでも今のラックにできる最強の技である。祈るような思いで火柱を見つめた。
――しかし。
火柱の中から涼しげな顔をした無傷のラプラスが現れた。
「あの時ほどではないが、なかなかやるね。今度は僕の番だ」
ラプラスは両掌を胸の前でかざし、小さな黒い霧のようなものを生み出した。
「お前はブラックホールを知っているか? 通常、重力場は無限の範囲に及ぶが、僕のデルタイで作り出したブラックホールはシュバルツシルト半径のすぐ外側で余剰次元に重力波を拡散させるから、極めて狭い範囲にだけその影響を及ぼすのさ」
ラプラスが冷ややかな目をしたまま、口元だけをほころばせた。
「クラエ!」
ラプラスの掛け声と共に、小さな黒い霧がラックの持つ聖剣アトラスめがけて襲いかかる。
黒い霧に触れると同時に、オリハルコンの刀身が強大な力で引っ張られ、ラックの手を離れてその中へと吸いこまれてしまった。
「すべての物質はブラックホールに吸い込まれたらそこから逃れることはできないんだ。これで勝負あったな。でも僕も今より幼かったとは言え、この程度のデルタイで休眠状態におちいってしまったのかと思うと、自分で自分が許せないよ」
ラプラスは勝利を宣言しながらも、腹立たしそうにラックを睨んだ。一方のラックは聖剣アトラスを一瞬にして奪われ、ラプラスの圧倒的なデルタイを前にして、すでに戦意を喪失していた。思わず一歩、二歩と後ずさりし、その体が誰かとぶつかる。それはラックの身を案じてそばに来ていたシーナだった。
「シーナ、なぜこんなところに――」
ラックの注意がそれた一瞬の隙をついて、今度はソドが攻撃を仕掛けてくる。
「ロック・ストリーム!」
巨大な岩石の群れがラックに襲いかかった。少し離れた場所にいたルサンヌが空気の防御壁を作ろうとするが間に合わない。
その時、二人の前に飛び出したナノがその体を大きく膨らませ、ソドの攻撃を一身に浴びた。
「ナノ!」
シーナが叫んだ。その脳裏にナノが直接語りかけてくる。
シーナ、これまで楽しかったよ。ありがとう。またどこかで逢えたら友達になろう。
そして次の瞬間、ナノは大きくなった姿のまま、白く変色して動かなくなってしまった。その背中には羽らしきものがある。
「ナノ、もしかしてあなたも彼らの仲間だったの?」
放心したようにつぶやくシーナの頬に涙が伝った。
[あーあ、ソドったらぁ、マイヤ様のペットを倒しちゃったぁ。あの子が羊に変身した姿さぁ、モフモフしていて超かわいかったのにぃ。私さぁ、人間たちが羊を食べないように戒律まで作ったんだよぉ」
腰に手を当てながら文句を言うメルネに、ソドは憮然とした顔で答えた。
「奴らをかばおうとしたのだ。仕方あるまい」
「でもさぁ、もうちょっと周りを見て攻撃しないとぉ」
メルネはまだ納得の行かない顔でソドをなじっていた。
キャランはそのやりとりを遠巻きに眺めながら、絶望的な状況の中で足の震えが止まらなかった。このままでは自分たちが殺される。そう確信した時、彼は右手に持っていたスーパーストリング砲を構え、ラプラスめがけて発射ボタンを押していた。半ば無意識の行動である。
――だが、金属的な輝きを放つその筒は何の反応も示さなかった。
「残念でしたぁ」
上空からメルネの声が聞こえてくる。
「メーヤル博士が建造したぁ、あのエネルギー塔のそばにいる限りぃ、もうそれはただの重い筒なんだよぉ。そもそもぉ、古代ネリシア王国が遺したスーパーストリング砲をあぶりだすためだけにぃ、私たちは神を演じながらぁ、その国の情報を収集してぇ、歴史のある国から順に滅ぼしていったんだよねぇ」
「そういうことよ、そしてメルネは永年メーヤルの塔に住み、何の情報もないところからたった一人であのエネルギー塔のプログラムを逆解析し、書き換えたの」
漆黒のローブをまとったマイヤが会話に加わる。
いまやラック、ジール、シーナ、ルサンヌ、ノクト、キャランの六人はラプラスたちによって完全包囲されており、その向こうでは新たに来訪したアンゴルモア星人たちによる地球人の一方的な虐殺が続けられていた。
キャランは何とか活路を見出そうとして必死に頭をひねったが、どうやってもこの状況を逆転できる算段は思い浮かばなかった。
絶望に足を囚われる彼の耳に、どこからともなく彼自身の声が聞こえてきた。
「漆黒の入り口を見つけし者たちよ、決して心の中の希望を見失うことなく、その先へと進むが良い。好運が汝らと共にあらんことを願う。君はこの言葉の意味を分かっていたはずじゃないか」
声はそう告げた。そしてその時、炎上するスクーターの向こう側にある黒い霧がキャランの目に留まった。
すでにスクーターの爆発で起きた火の手も収まり、あそこまでたどり着ければ、その中に入ることは容易いだろう。
「みんな、あの黒い霧の中へ進め!」
キャランが声を張り上げると、それを聞いていたラプラスがつぶやく。
「なんだ、やっと気付いたのか」
「今のうちに始末しますか?」
うかがいを立てるソドに、ラプラスはかぶりを振った。
「いや、この歴史ではもう決着がついたんだ。今さら奴らがあの時代に戻ろうが、僕たちには関係のないことだ」
「それでは、我々はいかように?」
「これ以上負け犬をなぶっても仕方ない。でもあの忌まわしいスーパーストリング砲は始末しておくか」
ラプラスは振り向きざま、キャランに向けて自らのデルタイを放った。黒い霧のようなそれは、キャランが右手に持っていたスーパーストリング砲を呑みこんで彼方へと消えていく。
「これは過去の僕たちへの助太刀だ。そしてもう一つ、お前たちが持っている七個のペンダントをここに置いていけ」
「何だと?」と気色ばむラックをキャランが抑えた。
「みんな、落ち着いて聞いてくれ。剣士カシウスの仲間の碑文には、漆黒の入り口を見つけし者たちよ、決して心の中の希望を見失うことなく、その先へと進むが良い、と書かれていたらしいね。ならばここで勝ち目のない戦いを続けるよりも、その言葉を信じよう」
キャランが呼びかけたが、仲間たちの返事はない。
「時間がないんだ、カシウスの仲間を信じよう」
キャランが再び声を張り上げると、そこにメルネが相槌を打った。
「そういうことだよぉ。大王陛下のお情けがあるうちに逃げたほうがぁ、身のためだよぉ」
「でも……」
シーナが逡巡した。この状況で、アンゴルモア星人の一員であるメルネの言葉を信じてよいのか分からなかった。そこに――
「ごめんね、メルネちゃん。一つだけ失礼な質問をしてもいいかな?」
ルサンヌが声を上げた。その瞳はまっすぐにメルネを見つめている。
「んー、どんな質問なのぉ?」
メルネが首をかしげた。
「私はメルネちゃんと出会えて楽しかったよ。リファは私にとって出来の良いお姉さんみたいな存在だったから、私にとって初めてできた友達はメルネちゃんなんだと思う。ねえ、私たちは今でも友達だよね?」
それは内気なルサンヌにとって、最大限の勇気を振り絞った質問だった。シーナの眼にもその足が震えているのが分かる。
「そうだよぉ、今でも私とルサンヌは友達だよぉ」
メルネが柔和な笑みを浮かべた。
「うん、ありがとう、メルネちゃん」
ルサンヌは眼を腫らしながらメルネに満面の笑みを返し、それからシーナに向き直った。
「シーナさん、私の友達があの黒い霧の中に逃げるようにとアドバイスをくれました。私はそれを信じます」
無論、シーナもルサンヌにとっては友達である。でもメルネと違ってシーナに敬語で話すのは、修道女として敬語で話すことに慣れた後に出会った友達だからに他ならない。
「ええ、そうね……」
シーナは何かを悔いるかのようにきつく目をつぶり、歯を食いしばってからマイヤに向き直った。
「女神マイヤ様。私たちはあの黒い霧の中に進むことにします。どうかこれからも女神さまの王国に幸あらんことを」
決してメルネの言葉を信じないわけではない。しかしシーナとしては、どうしてもマイヤの言葉を聞いておきたかった。
「ええ、シーナも元気でね」
それはシンプルな返事であったが、そこには「黒い霧の中に進めば元気でいられる」というメッセージがこめられているような気がした。
「ありがとうございます、マイヤ様」
シーナは恭しく礼をしてから、仲間たちに向き直った。
「さあ、行きましょう。グリンピア王国とイエローサ王国の女神さまたちが、あの黒い霧の中に進むように預言しているのだから」
その言葉で、堰を切ったように仲間たちが黒い霧を目指して走り始めた。ラックは一瞬だけ逡巡してから、七個のペンダントを取り出して地面に投げつける。
「ちくしょう、もうこんなものは要らねえ」
ラプラスは自分の横を通り過ぎる六人を黙ってやり過ごした。ラックたちの姿が黒い霧の中へと消えていく。
最後に残ったキャランがあたりを見渡したが、生き残ったレッディード兵たちはすでに遠くまで逃げており、その中にマイシーやシャブールの姿を見つけることはできなかった。ラックたちの体験談からして、この霧の中に入ればもう二度と帰って来られないのだということは何となく察していた。
「さようなら、みんな死ぬなよ」
キャランはそう言い残し、黒い霧の中へと消えた。それを見届けたメルネが、ラプラスを茶化す。
「ラプラス様って優しいんですねぇ」
「かつての宿敵に敬意を払って、もう一度チャンスを与えただけさ」
ラプラスがつまらなさそうに答えた。
「彼らと別の形で出会っていたら、我々と彼らが共存する道もあったのかもしれませんな」
ソドが黒い霧を見つめながらつぶやいた。その横でメルネが首を横に振る。
「でもぉ、私にはぁ、この星の人間すべてを信用することは無理ですぅ」
「当然でしょう。私ですら、いまだにセルナのことは腹に据えかねているのだから」
マイヤがため息をついた。
「そうだな。僕たちはあの日、尊い犠牲を払った。そして結果を急がず、今日という日のために永い歳月をかけて計画を遂行してきたんだ。これで方舟の鍵となる七個のペンダントを手に入れたし、スーパーストリング砲をあぶりだして消滅させ、あの時のような脅威はなくなった。邪魔な先住民はいつでも排除できるし、根絶やしにするのも容易い。ついにこの光あふれる星が僕たちアンゴルモア星人の第二の故郷になったんだ」
あの日と同じように雲ひとつない青空を見上げなら、ラプラスがつぶやいた。その視線を追って、マイヤ、ソド、メルネも空を見上げる。誰もが初めてこの星にやってきた六百年以上前のことを思い出していた。
そう、この永き歴史をかけた戦いが始まったあの日のことを――。




