第十四章 戦いの終わりと始まり(1)
灼熱の砂漠に陽光が照りつけていた。その容赦ない放射熱が、慣れない南方への遠征に駆り出されたレッディード王国の精鋭五千人の体力を削り取っていく。本来であれば立っているだけでも辛いはずなのに、彼らはみな直立不動の姿勢で一点を凝視したまま、身動きすることすら忘れていた。その視線の先には、自らの羽で飛翔しながらメーヤルの塔に向けて古代ネリシア語の詠唱を続ける女神マイヤの姿がある。彼女の正面に位置する塔の上層部から、まばゆいばかりの光が発せられていた。
かつて彼らが神と崇めていたアンゴルモア星人は、彼らのことを「野蛮な先住民」と呼んで敵視している。そして彼らを蹂躙するために、永いあいだ神を演じていたという。
自分たちの祈りはアンゴルモア星人にまったく届いていなかった――その寂しさと徒労感が彼らの消耗を加速させた。
強大なデルタイを操り、時には人々に「神の啓示」を与えてきたアンゴルモア星人。この世界で広く名を知られているのはソド、マイヤ、メルネの三人であり、かつてはその庇護の下で世界が三つの国に分かれ、それぞれが覇を競い合う時代もあった。しかしレッディード王国の中興の祖であるダッセル王が再びこの世界を統一し、戦争のない平和な時代が続くようになった。レッディード王国の旗の下に三人の「神々」が集い、さらには神々の王と呼ぶべきアンゴルモアの大王が蘇り、「国民たちを光あふれる世界へと導く」と聞かされた時、兵士たちはますますの祖国の発展を信じて疑わなかったものである。
だがアンゴルモアの大王ラプラスが光あふれる世界へと導こうとしたのはアンゴルモア王国の国民たちであり、このレッディード王国の国民たちではなかった。彼らレッディード王国の兵士たちは、あくまで蹂躙される側なのだ。
そこまで分かっていながら、彼らの思考は停止状態におちいり、その視線はアンゴルモアの大王ラプラス復活の儀式に引き寄せられていた。
「ニーラス・ロートン・ノニール・イル・ラプラス・リー」
マイヤが詠唱を終えると、塔の上層部から漏れてくる光がさらに眩くなり――そして消えた。
今度は塔の先端から上空に向けて一条の光が差し、それをせき止めるような形で不気味な黒い霧が現れる。
まわりに音はない。否、塔の上層部から男にしてはやや甲高い笑い声が聞こえてくる。
「ははは、地球人よ。これで僕たちの勝ちだな」
そこに現れたのは白い法衣と帽子を着用した一人の少年だった。見た目は十二歳くらい。しかしアンゴルモア星人の生育には地球人の二百倍という永い歳月を要するので、実際の年齢は二千四百歳前後ということになる。赤い髪にオレンジ色の瞳。頭にはやはり白を基調として、赤や黄色、青など鮮やかな色の模様をちりばめた帽子をかぶっていた。
「ラプラス陛下、お久しぶりでございます」
空中でマイヤがひざまずくような姿勢をとった。少し遅れてソドとメルネもマイヤの隣まで飛翔し、やはり同じ姿勢をとる。
「マイヤ、ソド、メルネ、僕が休眠状態に入っているあいだ、手間をかけたようだな」
「滅相もございません。現在と特定の未来をワームホールで結びつけ、私たちの望む未来へと運命を固定化する陛下のデルタイがあればこそ、私たちはこの日を迎えることができたのでございます」
マイヤの声はラックたちの知る穏やかなものではなく、幾分かこわばっていた。
「姉上、そこまでかしこまらなくてもいいよ」
ラプラスがマイヤに語りかけた。つまりマイヤはラプラスの姉であり、王族ということになる。そう言えば、ソドもマイヤのことを殿下と呼んでいた。
「いいえ、私の大王様への忠誠心は幾許たりとも変わるものではございません」
「ふう、まあいいか」
ラプラスは塔の上層部から砂漠に展開する兵士たちを見下ろし、その視線がラックと交差したところで止まった。
「ラック・ハイモンド。僕を六百年以上も休眠状態にしたフレイム・ドラゴンの使い手がいるじゃないか。やはりあいつはこの時代の人間だったのか?」
「いいえ、彼はもともとグリンピア王国歴528年、つまりネリシア王国歴1907年から陛下のデルタイでこの時代へと飛ばされてきた者です。シーナ・ユモイニー、ジール・シモリス、そしてノクト・イワラームも同じ時代の人間です」
マイヤは淡々と説明するが、その内容は驚愕に値するものであった。
今から六百年以上前、つまり古代ネリシア王国末期にフレイム・ドラゴンを用いた人物と言えば、剣士カシウスをおいて他にない。だがラプラスたちは、ラックこそがその時代にフレイム・ドラゴンを用いた人物だという。
これはすなわち――
「そうだったのか。でも今となってはどうでもいいことだ」
しかし一方のラプラスは意にも関しない様子で、背中にある羽で飛翔し、メーヤルの塔の上空に現れた天空へとさす一条の光とそれをせき止める黒い霧を見上げた。
ラックたちがグリンピア王国歴528年の世界で飛びこみ、この時代へとやってくるきっかけになった黒い霧と同じ見た目をしている。
「大王陛下ぁ、やっぱりメーヤル博士は凄いですよぉ。博士が建造したこのエネルギー塔はぁ、建造から六百年以上たってもぉ、しっかりと機能しているんですからぁ」
メルネがラプラスに話しかけた。大王の姉であるマイヤよりも、むしろ彼女のほうが遠慮は感じられない。
「そのようだな。時間の自由度を説いていたメーヤル博士が建造したこのエネルギー塔が、時間の自由度をなくすのに用いた僕のデルタイを強化してくれるとは皮肉な話だけど」
「でもぉ、あの上空にある黒い霧はぁ、現在と特定の未来を結びつけるためのワームホールではなくてぇ、この星とアンゴルモア星のあいだを行き来するためのワームホールなんですよねぇ」
「そうだ。だからこのエネルギー塔の力を借りてあれを強化すれば、アンゴルモア星に残された国民たちをこの光あふれる星へと導くことができるんだ」
「もう準備は万端ですねぇ、始めちゃって良いですかぁ?」
「頼んだぞ、メルネ」
「はぁい、陛下ぁ」
メルネの声が嬉しそうに弾んだ。そして古代ネリシア語、いやアンゴルモア語の詠唱を始める。
「ムックルー・クルハ・サトーム・スハリ・ニーナン・パンデ」
同時に、メーヤルの塔から上空にある黒い霧を照らす光線のエネルギー量が増大した。日光よりもまばゆい光を吸収し、黒い霧が少しずつ大きくなっていく。そしてその直径がメーヤルの塔の高さである3プレトロン(89.4メートル)ほどになった時、突如として光が消えた。
広大な砂漠に一瞬の静寂が訪れる。
そして今度は黒い霧の奥からざわざわというノイズが聞こえ始めた。それは次第に大きくなり、背中に羽を持つアンゴルモア星人たちが黒い霧の向こうから大量に飛び出してきた。
彼らはアンゴルモア語で口々に何かを叫んでおり、そこにラプラスが声をかける。
「親愛なる我がアンゴルモア王国の国民たちよ、ようこそ惑星アララトへ。今日からこの光あふれる星が僕たちの居住地になるんだ。ソドがこの付近に先住民たちの精鋭軍を招集しておいたから、彼らさえ排除してしまえば、あとは僕たちに歯向かう気力すらない奴らばかりになると思うよ」
アンゴルモア星人たちの歓声があがった。
「でも彼らも相手が何を言っているのか分からないまま殺されては浮かばれないだろう。せめて最期くらい、彼らの言葉を聞かせてやってくれ」
ラプラスが命じると、途端にアンゴルモア星人たちがラックたちと同じ言葉で話し始めた。
「地球人どもめ、今こそセルナの敵を討ってやるぞ」
「お前たちがポセイドン大王をたぶらかした。だから私たちは地球への移住を諦めることになったのだ」
「お前たちのデルタイなど所詮は我らの劣化コピー、二番煎じだ」
それぞれのイメージカラーの衣装をまとったアンゴルモア星人たちが口々に地球人をののしり、自らのデルタイを発動していく。
オレンジ色の中年女が右手を振ると、強風によって十人以上のレッディード兵たちが吹き飛ばされた。
淡い空色の若い男が手刀を薙ぎ払うと、かまいたちが兵士たちの肉体を切り裂いていく。右前腕が切断され、左大腿の断面から血が噴き出し、兜をかぶったままの生首が地面に転がる。
紺色の少年が手のひらから火焔を生み出すと、多くの兵士たちがそれに呑みこまれた。人肉の焦げる嫌な臭いがあたりに立ちこめる。
ジェット水流で生きたまま体を裂かれ、そこから見える腸がヒクヒクと蠕動するのが見えた。別の兵士の体は内側から爆発し、血しぶきを浴びた兵士たちをパニックに陥らせる。アンゴルモア星人に切りかかった一人の兵士が突然動きを止め、自分の剣で首をはねて絶命した。
――血の匂い、死臭、断末魔の叫び。
人間の体が溶け、切断され、凍てつき、朽ち果て、穴が開き、押しつぶされ、そして燃えていく。
それはアンゴルモア星人たちによる一方的かつ凄惨な虐殺に他ならなかった。
「もうやめてー」
ルサンヌがたまらず大声を張り上げた。それに気づいたアンゴルモアたちが上空から彼女に近づいていく。するとそこに、ルサンヌを背にしてアンゴルモア星人と対峙する形で、メルネが舞い降りた。
「この子はぁ、殺させないよぉ」
一方、マイヤは上空から冷めた目で一瞬だけシーナを見てからすぐに目をそむけた。
「まわりの観察をしているなんて随分と余裕じゃないか」
ラックの背後から少年の声が聞こえてくる。あわてて振り返ると、そこには自らの羽で飛翔するラプラスの姿があった。
「封印されている間に僕の体もだいぶ成長したな」
その声はまだ変声期前である。アンゴルモアの大王ラプラスがこれほどまでに幼い姿をしているとは、想像していなかった。
だが、理由は分からないが、とてつもない恐怖を感じるのも事実だった。ラックは初めてフレイム・ドラゴンを用い、イギスに睨まれて足がすくんだ少年の日を思い出した。正直なところ、こうやって向かい合っているだけでも息苦しかった。
ラプラスたちの背後では、爆発した六機のスクーターがまだ炎を上げていた。炎の中にかつてパルタス王城でも見た黒い霧が現れている。メーヤルの塔上空にあり、アンゴルモア星人たちが飛び出してきた巨大な黒い霧とはまた別のものだ。
「あまり勝ち目はなさそうだけど、戦うしかねえのかな?」
ラックのこめかみを冷や汗が伝った。
「どうやらそのようだね……。グラビティ・クラッシュ!」
いつの間にかラックのそばに来ていたノクトが、大きく上げた右腕を振り下ろした。ラプラスのまわりが一瞬暗くなり、強大な重力がその場を襲う。手加減なしの全力攻撃だ。
だがラプラスはそれを易々とこらえ、微動だにせずその場に浮遊していた。
「二十倍の重力ってところか。なかなか楽しい体験をさせてもらった。礼を言うぞ」
「俺の全力が効いていないのか?」
余裕の笑みを浮かべるラプラスとは逆に、むしろ攻撃したノクトのほうが青ざめていた。身体能力の差を見せつけられて重い空気が流れる中、それを打ち破ろうとして今度はラックが攻撃を仕掛けた。
「フレイム・ドラゴンズ!」
聖剣アトラスの切っ先から四体の炎のドラゴンが生まれ、緩やかな弧を描きながらラプラスの四肢めがけて襲いかかる。その直撃を受け、ラプラスは巨大な火柱に包まれた。




