表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七の王国  作者: 毎留
66/103

第十三章 グリンピア王国の遺産(7)

「だめだ、墜落する」

 制動が取れなくなり、次第に高度を下げていくスクーターの機上で、ジールがえた。足元にはレッディードの大軍が展開している。

「どけ、どけー。踏みつぶされたいのか」

 眼下に展開する部隊を両手で払いのける仕草をするが、不規則な軌道で落下していくため、誰もその落下地点を予測することはできない。木の葉のように舞い落ちる六機のスクーターを避けて、兵士たちが逃げまどった。

 地上まであと少しというところでジールとキャランのスクーターが接触し、二人は砂漠へと投げ出された。その近くに他の四機のスクーターが不時着する。一度は距離を置いていたレッディードの兵士たちがそれを見極め、じりじりとにじり寄ってきた。

「私のデルタイで空気の壁を作りますから、それでもう一度メーヤルの塔の下まで行きましょう」

 ルサンヌはかつて王都パルタスに攻め込んだ時と同じ方法を提案した。同時に六人の周囲に見えない空気の壁が展開され、攻撃を仕掛けるレッディード兵たちの県や槍がはじき返される。

 ラックはとりあえずの安全が確保されたことを確認した上で、念のため聖剣アトラスの鞘に手をかけた。キャランは反物質砲を右脇の下に抱えている。暑さにやられていたはずの兵士たちがルサンヌの生み出した空気の壁にのしかかり、目を血走らせながらナイフを突き立て始めた。その異様な執念に、ラックたちは言葉にしがたい恐怖を感じる。

「通せ」

 不意に兵士たちの後ろから大きな声が聞こえた。人垣が割れ、一人の大男が現れる。男は背中に差していた二本の剣を抜いた。

「奴らはかつて見えない壁を作り出して大軍を退け、パルタス城に攻め入ったらしい。ならばここは俺が戦おう」

「二刀流か?」

 それを見たラックがいつでも聖剣を抜ける姿勢を保ち、一歩前に進み出た。何者かは知らないが、ラックたちのことを知った上で戦いを挑んでくるのだ。只者ただものではあるまい。

「ラック、気をつけろ。あいつは赤いトラ副隊長のベンラス・クーパーだ」

 背後からキャランがささやいた。

「そう言えば以前、隊長と副隊長はデルタイの使い手だと言っていたよな?」

「そうだ」

「二刀流でどんなデルタイを使ってくるのか分からない。念のため、みんな下がっていてくれ」

 ラックが後方の仲間たちに声をかけた。

「ラックさん、空気の壁は展開したままで良いですか?」

 背後から聞こえるルサンヌの声に、ラックがうなずく。

「そうだな、とりあえずこのまま相手の出方をうかがってみるよ」

 ラックはベンラスを見据えたまま、聖剣を抜刀した。一方のベンラスは両足を大きく開き、二本の剣をラックのほうへ突き出している。不思議な構えだった。

「その姿勢からどう攻撃してくるつもりだ? こちらには空気の壁もあるんだぞ」

 ラックが眉をひそめるのと同時に、彼の両脛りょうすねに激痛が走った。ラックはうなり声を上げて地面に膝をつくが、ベンラスはその間、微動だにしていない。

「どうした、ラック?」ジールが走ってくるのが見えた。

「分からない、でも急に激痛が走ったんだ」

 ラックが呆然とするかたわらで、今度はジールとキャランがうなり声を上げて地面に膝をついた。

「何なんだ、このデルタイは? 説明しろ!」

 キャランがベンラスに向けて右手を伸ばした。彼は相手に自白させるデルタイを持っている。ベンラスは抗うことができず、自らのデルタイを大声で説明し始めた。

「この構えはダミーだ。俺の本当のデルタイは相手の脛に激痛を感じさせること。俺自身が向こう脛をぶつけて激痛に苦しんだ時、このデルタイに目覚めたのだ」

 大男が雄々しく語るその内容は、あまりにも小者臭に満ちていた。

 こんな奴と対峙していたなんて、とラックは軽いめまいを覚える。

「もういい。失せろ!」

 ラックの後方からジールの声が聞こえ、地面を衝撃波が駆け抜けていった。ルサンヌとの阿吽あうんの呼吸で、その一瞬だけ空気の壁が解除される。ジールのデルタイをまともに食らったベンラスの巨体が吹き飛んだ。

「ラック、邪魔だから片付けておいたぞ。一応死なない程度に加減はしてある」

「そうか、すまないな」

 ラックが苦笑した。たしかにこんなウドの大木を相手にしている場合ではない。

「そろそろ道を開けてもらうぞ。ルサンヌ、上空の壁を解除してくれ」

 ラックが聖剣を構え、フレイム・ドラゴンを繰り出した。炎のドラゴンがらせん軌道を描きながらメーヤルの塔に直撃し、あたりに巨大な熱風が巻き起こる。それを見たレッディード兵の人垣が無意識のうちに左右に分かれた。

「プロテクト・ウィル!」

 ルサンヌの声と共に、空気のトンネルが一瞬にしてメーヤルの塔へと伸長した。左右に分かれた兵士たちがトンネル部分に近づこうとするが、見えない空気の壁に遮られて、立ち入ることは出来ない。ラックたちは両脇に広がる大軍を尻目に、悠然とメーヤルの塔を目指して歩き始めた。

 するとその時、青白い顔をした一人の小男が彼らの正面に現れた。

「こいつ、今どこから現れた?」

 ラックが動揺するが、小男は無言のまま、ゆっくりと歩み寄ってくる。もしかしたら、これはイエローサ王国の軍師だったリューイのデルタイと同じような幻覚かもしれない。

「フレイム・ドラゴン!」

 ラックは相手に実体があるのか確かめるため、威力を抑えた一撃を放った。しかしその瞬間に小男の姿が消え、フレイム・ドラゴンは虚空を通り過ぎていった。そしてその直後、再び同じ場所に小男の姿が現れる。

 先ほどの大男に続いて、この小男も不思議なデルタイを持っているらしい。だとすれば、この男が赤いトラの隊長だろうか?

 だが、変幻系のデルタイの謎解きはもう十分だった。

「キャラン、種明かしを頼む」

「分かった」

 背後からキャランの声が聞こえ、同時にそれまで無口だった男が話し始めた。

「俺のデルタイは自らの存在を消したり、再びその場に現れたりできるものだ。存在が消えている間は壁だろうとすり抜けることができる。俺は人見知りで、知らない人の前では消えていたいのだ」

 何のことはない。タネさえ分かってしまえば、隊長、副隊長そろって相手にする気も失せるデルタイばかりだった。その一方で、ラックは最初キャランのデルタイを戦力外と考えていたのだが、意外と便利なことを知った。

「あの男はナノに任せて」

 後ろからシーナの声が聞こえた。

 なるほど、自らの存在を消すデルタイに対抗するなら、自らの姿を変えるナノのデルタイがうってつけだろう。ナノは小さな虫に変身して男のほうへと向かい、その頭上で自らの姿をロバに変えた。男は急に頭上から降ってきたロバに顔面を蹴られ、そのままダウンしてしまう。

 実にくだらない戦いだった。ラックの胸中に、言いようのない苛立いらだちが残る。

 するとそこに追い討ちをかけるかのように、一人の少年が現れた。

「見事だ、赤いトラの隊長ケイサムと副隊長ベンラスを倒してしまうとはな。かくなる上は、レッディード国王である余自らが相手になろう。余は国王として相手を見下ろすために、誰よりも高く飛び上がるデルタイに目覚めたのだ」

 豪奢な身なりの少年は高らかな笑い声を上げながら、ラックたちめがけて飛び跳ねてきた。

 ――何のことはない。単に人の大きさをしたバッタである。

「ノクト、あいつは任せたぞ」

 ラックが興味なさそうにバッタを指さした。

「えー? 俺の相手、あんなのかよ」

 ノクトは不満そうな声を上げてから、バッタ少年に向けてしぶしぶ右手を伸ばす。

「お前のデルタイが無駄に飛び跳ねるものなら、俺のデルタイはそれを地面に落しつけるものだ」

 同時にバッタ少年が大きな音を立てて地面に落ちた。ノクトのデルタイで強い重力をかけられ、少年は地面に四つん這いになったまま、動くこともできない。

「ノクト、あの方はレッディード王国のロッサン国王だ。お前と呼ぶのは失礼だぞ」

 キャランがたしなめる背後で大きな爆発音がした。振り返ると、先ほどまで彼らの乗っていた六機のスクーターが紅蓮の炎に包まれている。

「これでもうスクーターは使えないよぉ」

 上空から少女の声が聞こえてきた。ラックが空を仰ぐと、メルネとソドが自らの羽で飛翔しながら彼らを見下ろしている。

「スーパーストリング砲は無効化したしぃ、もう私たちの脅威はなくなったねぇ」

「でかしたぞ、メルネ。あとはラプラス陛下が蘇られるのを待つばかりだ」

 不敵な笑みを浮かべる二人の姿に、ラックは血の気が引くのを感じた。

 出オチのようなレッディードのデルタイ使い三人衆と違い、この二人のデルタイは本物である。メルネには遊び半分で殺されかけたことがあるし、ソドとの戦いも死闘と呼ぶべきものだった。デルタイとしての威力だけなら、今でもラックより上だろう。

「あとはその忌々しいオリハルコンの聖剣を処分するだけだな。我が祖国、アンゴルモア王国の言葉で『希望』を意味するふざけた名前をつけやがって」

 ソドが付近一帯に響きわたる大声で吠えた。

「アンゴルモア王国の言葉……それはつまりあなたたちの母国語なの?」

 シーナが問うた。アトラスとは「希望」を意味する言葉であり、彼女はその言語を操ることができる。そしてグリンピア王国に遺されていた資料を見る限り、それは古代ネリシア王国に古くから伝わる言語体系であったはずだ。

 しかし一方で、女神マイヤが「テラノム・サーサスール」という古代ネリシア語を自分たちの母国語と呼んでいたことも事実である。

「そうだよぉ。この世界で古代ネリシア語と呼ばれていたのは、実は私たちアンゴルモア王国の言葉なんだよぉ」

「なぜそんなことが?」

「それは秘密だよぉ」

 メルネが悪戯いたずらっ子のような笑みを浮かべた。古代ネリシア王国末期に現れたアンゴルモア星人たちの言葉がなぜ後世にネリシア王国語として伝えられたのか、シーナにはその理由が皆目解らない。

「神様ごっこの茶番はこれまでだ。もうすぐ我らが偉大なる大王ラプラス陛下が蘇られる。そしてその時こそ、アンゴルモア星人たちがこの光あふれる世界へと導かれ、我らに対抗する力を奪われた凶暴な先住民たちが蹂躙じゅうりんされるのだ」

 ソドもまた不敵な笑みを浮かべた。それを聞いていたレッディードの兵士たちに動揺が走る。

「ソド神の目的が我々を蹂躙することだと?」

「俺たちをあざむいて神を演じていたのか?」

「アンゴルモアの大王は国民たちを光あふれる大地へ導くと言われていた。でもそれはレッディード王国の国民ではなかったのか?」

 そのざわめきと不安は兵士たちの間で次第に増していった。そこにメーヤルの塔最上部から再び漆黒のローブをまとったマイヤが現れる。ソドがその姿を指しながら吠えた。

「レッディードの兵士どもよ、よく聞け。かつて古代ネリシア王国を恐怖のどん底へと陥れた漆黒の破壊神、それこそがマイヤ殿下の真のお姿である。お前たちは俺たちの計画のためにここに集められ、邪魔者として消されていくのだ」

 灼熱の砂漠で、その場を支配する空気が凍りついた。一瞬の静寂があたりを包みこみ、その後さざ波のように動揺が広がっていく。

「ソド神は我々の敵だった。今から古代王国末期の恐怖が蘇るぞ、逃げろ」

 兵士たちの中からそんな声が聞こえた。もう砂漠の暑さなど構ってはいられない。五千の軍勢は恐怖に包まれ、散り散りになって逃げ始めた。その背中にソドが追い討ちをかける。

「お前たちレッディード兵は俺の忠実な下僕しもべとして、時間稼ぎに大いに役立ってくれた。だから特別に陛下が蘇られる現場に立ち会わせてやろう」

 レッディード兵も、ラックたちも、その場にいた誰もが逃れようのない恐怖を感じ、体がすくんだまま言葉を失った。

「アンドワ・ルーノ・ラプラス・リー」

 自らの羽で飛翔するマイヤがメーヤルの塔に向けてアンゴルモア語を詠唱すると、塔の上層部が光に包まれる。

「蘇りたまえ、ラプラス様、か」

 キャランが独語のようにそれを訳した。塔の上層部に生じた光はますますその強さを増していく。

「時は来たれり。今こそ六百余年の眠りから蘇りたまえ。我が祖国アンゴルモアの大王ラプラス陛下」

 マイヤが塔に向けてうやうやしく呼びかけると、その言葉に呼応して、目を開けていられないほどのまばゆい光が塔の上層部を包みこんだ。

 現代とは比べ物にならないほどの繁栄を誇ったとされる古代ネリシア王国。その科学文明を奪い去ったとされる背中に羽を持つ者たちの王――アンゴルモアの大王が、今まさに彼らの目の前で蘇ろうとしていた。

 時にグリンピア王国暦620年7月、すなわちネリシア王国暦1999年7月のことであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ