第十三章 グリンピア王国の遺産(6)
砂漠に灼熱の太陽が照りつけていた。はるか彼方まで続く砂山の稜線に陽炎がたちこめ、焦げつくような暑さが人々の体力を削り取っていく。
その乾いた灼熱地獄の中、巨大な塔がゆらめいていた。高さは3プレトロン(88.4メートル)をゆうに超え、古代ネリシア王国の時代に高度な建築技術を用いて建てられたとされている。その外壁は灰白色でゴマのように黒い粒が入った花崗岩でおおわれており、地上を一周しても入り口は見当たらなかった。上部には円盤状に膨れ上がった部分があり、その一部が黒く変色していることを除いては、建造当時の姿をそのまま現在まで伝えている。かつて塔の横で威容を誇っていたミシラルド修道院は、この地を支配する国の名がイエローサからレッディードに変わった後に取り壊され、今ではその土台部分をわずかに残すばかりである。
十五歳の若き国王ロッサン・ディルマーが率いる五千の軍勢は、王都パルタスからこのメーヤルの塔まで強行軍を強いられた。彼らのほとんどは夏でも比較的涼しいパルタスの生まれであり、この酷暑の中でじっとしているだけでも体力を消耗していく。兵士の中には熱中症を起こし、意識が朦朧としている者もいた。
かつてこのあたりに豊富な水を届けていた地下水路は老朽化が進み、大地から沸き出る水はこのあたりがイエローサ王国と呼ばれていた時代よりも少ない。それなのに五千の軍勢のために大量に取水され、すでに泉は干上がっていた。
兵士たちは苦しみ、その体力は限界に近い。
だが王国の守護神ソドによれば、この日、神々の大王ラプラスがメーヤルの塔で蘇るはずであり、世紀の大悪党ラック・ハイモンドがその邪魔をするために現れるのだという。
世紀の大悪党による王国の権能への妨害――それだけは何としても避けなければならなかった。
「東の空から何か飛んできます」
不意に伝令兵の声が響いた。まだ元気のある兵士たちが東の空を見ると、そこにはいくつかの不思議な物体が宙に浮かんでいる。
「シャブール! マイシー!」
赤いトラ副隊長のベンラスが、ここまで半ば強引に連れてきた二人を呼んだ。
「はい、ベンラスさん。何でしょうか?」
新入隊員のシャブールが敬礼をした。しかしその婚約者であるマイシーは暑さでまいってしまい、口を利こうともしない。
「あの空を飛ぶ不思議な乗り物に誰か乗っている。その中にキャランはいるか?」
ベンラスに言われてシャブールが目を凝らすと、六個の飛行物体の一つにキャランがまたがっているのが見えた。
「はい。あそこにいるのは多分キャランだと思います」
シャブールが答えた。しかしなぜキャランがその不思議な乗り物に乗っているのかは皆目見当がつかない。
「よし、分かった」
ベンラスは大きくうなずくと、その巨体に似合わぬ俊敏な動きでロッサン王のいる本陣へと入っていった。光を遮蔽するピラミッド型の天蓋に覆われ、最上部と床が吹きさらしになっているため、本陣内は外よりも幾分か涼しい。
「陛下、キャランを含む六人がやってきました」
「やはり女神マイヤのお言葉は正しかったか。全軍、戦闘準備。何としても神々の邪魔をさせるな」
ロッサン王が立ち上がり、右手に持つ杖を前方に突き出した。
「承知しました」
ベンラスが右膝をつき、ロッサン王に頭を下げる。その横からうっすらと赤いトラ隊長ケイサムの姿が現れた。
「私やベンラスもデルタイを使って奴らを阻止しましょう」
「いざとなれば余も戦うぞ」
「陛下にご足労いただかなくても良いよう努める所存です」
ケイサムの姿が半透明になり、やがて見えなくなる。
「レッディード王国中興の祖、ダッセル王。どうか我々をお守りください」
ロッサン王が上を仰ぎ見て、小さくつぶやいた。専属の家庭教師たちから歴史を学んできた王にとって、『ダッセル王と乱暴な男』の物語は疑う余地のない史実だった。
ラックたちの乗るスクーターは森と山を越え、いつしか砂漠地帯へと差しかかっていた。足元にはうねるような砂の大地が続き、気温が少しだけ上がったように感じられた。遠くから、砂漠の真ん中に立つ一本の塔が見えてくる。
「もうすぐメーヤルの塔ですね」
塔を擁するオアシスは、ルサンヌが生まれ育った郷愁の場所だった。
スクーターが接近すると共に、オアシスの全体像が見えてくる。かつてそこに建っていたミシラルド修道院はなくなっており、頂上付近が黒く変色したままになっているメーヤルの塔のまわりには、赤い甲冑を来た多くの兵士たちの姿が見えた。その光景を前に、ルサンヌが動揺しているのが見て取れる。
「これは、一体どうなっているのでしょう?」
「あれは全部レッディードの兵士たちか?」
ジールもオアシスに展開される大軍を見て、驚きの声を上げた。
「それもあるのですが、ミシラルド修道院がなくなっています」
「ミシラルド修道院?」キャランが記憶の糸をたどった。
「そう言えば、君たちの時代にはそんな建物があったはずだな。しかしこの辺りがレッディード王国統治領となった後に壊されて、今はメーヤルの塔しか残っていないけど」
「……そうですか」
ルサンヌの声が暗くなった。
その時にはもう、彼らは大軍の真上まで来ていた。メーヤルの塔はすぐ眼前にある。六機のスクーターは速度を落とし、その場にふわりと停まった。高度な重力制御装置を備えているため、乗員が強い加速度を感じることもない。
キャランが下を見下ろすと、赤い甲冑をまとったレッディード兵たちの陣営中央に本陣があり、その近くには白い服を着たマイシーの姿があった。彼女の横にはシャブールもいる。二人とも、キャランたちのほうを見ていた。
「マイシー、シャブール。なぜここに?」
あの晩の苦い思い出が甦り、複雑な感情で二人を見下ろしながら、キャランがつぶやいた。
一方、ラックはスクーターをその場で一回転してあたりを見渡した。青い空をバックにして、円盤状に膨れ上がった塔の上層部が見える。一部が黒く変色しているのは、シシカ女王軍による砲撃を受けた時の名残だろう。
「メーヤルの塔。あそこがアンゴルモアの大王ラプラスが蘇るという場所か」
かつては漆黒の破壊神と呼ばれ、グリンピア王国に女神として君臨したマイヤが仕える相手。
ソリナ王妃が遺した碑文の中で明らかに敵視していた存在。
その目的はいまだ明らかになっていない。
「あそこに着陸してみるか?」
ラックが指さしたのは円盤状に膨れ上がった塔の上層部である。周囲を柱で支えられており、その内部に白い床が見えた。地上からのアクセスは容易ではないが、スクーターであれば簡単に着陸できそうだ。
六機のスクーターが接近しようとすると、柱の陰からソドとメルネが現れた。
「ここは大王様が蘇られる神聖な場所だ。お前たちがこれ以上近づくことはまかりならん」
赤い甲冑をまとったソドが吼えた。だがラックが機上で聖剣アトラスを抜くと、あからさまにおびえた表情を見せる。先端恐怖症はいまだに治っていないようだ。
「もうすぐ大王様が蘇られるんだよぉ。それまで下で待っていて欲しいなぁ」
メルネがルサンヌに手を振りながら、明るい声で呼びかけた。ルサンヌも機上で手を振り返し、一番の疑問を投げかける。
「メルネちゃん、アンゴルモアの大王とはどんな方なの?」
「うーん、そうだねぇ。これで最後になるからぁ、全部教えてあげるよぉ。もともと私たちはぁ、地球やこの星から遠く離れたアンゴルモアという星に住んでいたんだよぉ。君たちから見たら宇宙人になるのかなぁ。恒星から遠く離れた極寒の星でねぇ、生きていくのは大変だったのぉ」
メルネによれば、その星の住人たちは背中に羽を持ち、一人ひとりがデルタイと呼ばれる不思議な力を持っているらしい。食料の少ない過酷な環境で生き延びるために、少量の有機物を摂取するだけで長期間活動できる低燃費な肉体を持ち、それでも食糧難に陥ったり怪我を負ったりした場合、白い石像のような姿になってエネルギー消費を抑え、傷を癒す能力を備えていた。一方でその生育や老化には地球人の二百倍という長い時間を要し、メルネ自身も見た目は十八歳に満たない少女だが、実際の年齢は三千歳を優に超えているという。
アンゴルモア星人にとっての永年の悲願は、その氷に閉ざされた極寒の星から、光あふれる緑豊かな星へと移住することだった。人口千人たらずの彼らはアンゴルモア王国と呼ばれる王制国家を樹立し、その全権を統べる大王のもとで生活を営んでいた。これまでに歴代大王の中で二人だけ、ワームホールと呼ばれる遠い時空へと移動するための扉を作り出すデルタイの使い手が現れた。国民たちを遠く離れた光あふれる世界へと導くには、うってつけの能力である。しかしその最初の使い手だった三代前の大王は、視察に出かけた先の惑星で原住民の女と恋に落ち、アンゴルモア星人たちがその星に移住することを禁止したまま、その星へと移住してしまった。多くの国民たちは悲嘆にくれたが、それから永い歳月を経て、再びワームホールを作り出すデルタイの使い手――現在の大王ラプラスが即位した。
「だから大王陛下はぁ、私たちアンゴルモア星人にとってぇ、希望の光そのものなんだよぉ。陛下は国民たちをこの光あふれる大地へと導くためにぃ、私たちを引き連れてこの星に視察に来られたのぉ。でもねぇ、ネリシア王国の野蛮な先住民がぁ、私たちにいきなり攻撃を仕掛けてきたんだよぉ。私たちと一緒にこの星に来たセルナはぁ、スーパーストリング砲の一撃で死んでしまったのぉ。白い石像になって休眠状態に入ることすらできなかったんだよぉ。だってぇ、この宇宙の最小の構成単位である超ひもぉ、つまりスーパーストリングの振動条件を変えてぇ、物質そのものを跡形もなく消し去る恐ろしい兵器だからねぇ」
視察に来ていきなり仲間の一人を失ったラプラスは、残ったマイヤ、メルネ、ソドの三人と共に綿密な作戦を練ることにした。メルネがネリシア王国の科学技術に関する情報を集め、それを奪うためのソフト・ターゲットを絞り込んでいく。図書館、エネルギー炉、科学者、技術者など、その対象は多岐にわたり、それを冷静沈着で機動力に優れたマイヤが破壊、殺戮していった。もともとアンゴルモア星人は遠くからでも仲間の姿を把握するために、各自がイメージカラーを決め、その色の衣装を着る習慣があった。本来マイヤのイメージカラーは鮮やかな紫色だが、この星の住人たちの眼には紫外線帯域になってしまい、漆黒の姿として映ったという。それゆえ「漆黒の破壊神」という異名がつけられた。
「そういうことよ。これは元々、あなたたちが売ってきた喧嘩なの」
その時、不意に柱の陰からマイヤが現れた。その衣装はラックたちが見慣れた緑色ではなく、漆黒のローブである。
「マイヤ様ぁ、これまでセルナの喪に服してぇ、あの子のイメージカラーの衣装を着てくれてありがとねぇ。双子の姉としてぇ、セルナに代わって礼を言うよぉ。でもねぇ、やっぱりマイヤ様にはその鮮やかな紫色のローブがよく似合うよぉ」
メルネの眼には、漆黒のローブがそう見えているらしい。
「え、少し待って」話に割って入ったのはルサンヌだった。
「もしかして、死んでしまったセルナという女の子はメルネちゃんの双子の妹なの?」
「そうだよぉ、私と違ってしっかり者でねぇ。あの子のイメージカラーが緑色だったのぉ」
メルネが寂しげな笑みを浮かべた。その表情を見つめるルサンヌの脳裏に、かつてミシラルド修道院の祭壇に絵が帰れていた絵画の構図が浮かぶ。
中央には黄色を基調とした衣装で、膝上までの短いスカートをはいた少女がいた。それがメルネであることは疑う余地もない。他には紫色のローブをまとった髪の長い女性、今にして思えばこれがマイヤだろう。赤い鎧をまとった大男はソドで、緑色の服を着た少女がセルナということになる。
メルネの双子の妹であるセルナは、『ネリシア王国の野蛮な先住民』による先制攻撃で殺害されたという。それならなぜメルネは自分と友達になってくれたのだろうか?
その疑問が心の奥底に引っかかった。
そしてあの絵画にはもう一人、白い服の少年が描かれていた。つまり、その少年こそが――
「アンゴルモアの大王は、白い衣装を着た少年の姿をしているの?」
「そうだよぉ。私たちの中で最年少だけどねぇ、アンゴルモア王国の国民たちをぉ、光あふれる大地へと導いてくださる偉大な方なのぉ」
「そしてその計画のためには、野蛮な先住民であるあなたたちが邪魔だったというわけ」
漆黒のローブをまとったマイヤが前に進み出た。
「だから私たちは遠大な計画を練ることにしたわ。陛下のデルタイでワームホールを作り出し、特定の未来と結び付けることで、確実にその未来へと歩んでいくというものよ。言うなれば、これから訪れる未来の可能性を一つの運命へと収束させるための固定化作業ね。でもネリシア王国の強大な科学文明を前に、すべてが私たちの思い通りに行く未来なんてそうそうなかったから、陛下は現実的な妥協点として、この未来を選ばれたわ。陛下御自身が永いあいだ休眠してしまわれることになるけど、私たちの間からセルナ以外の犠牲者を出さず、こうして私たちの計画が成就する未来をね」
マイヤの表情に冷たい影が落ちた。
「そしてついに私たちの計画が成就する日が来たのよ。今日、ここでアンゴルモアの大王ラプラス陛下が蘇られる。大王陛下のデルタイと、メーヤル博士が作り出したこのエネルギー塔の力があれば、惑星アンゴルモアとこの星を結ぶ巨大な門を開くことができるわ。祖国アンゴルモアの民たちをこの光あふれる大地へと導くこと――それが先遣隊としてこの星にやってきた私たちの使命なの」
「あの、マイヤ様。あなたはなぜグリンピア王国の女神になられたのですか?」
おずおずと質問したのはシーナだった。グリンピア王室最後の一人として、かつて優しい笑顔を浮かべていた女神が敵なのか味方なのか、いまだに判断できずにいた。
「それは……ネリシア王国時代の脅威を注意深く排除するためでもあり、あなたたちとの共存を模索しようとしたからでもあるわ」
「それなら私たちと……」
そう言いかけたシーナの言葉を、マイヤが遮断した。
「でもそれももう手遅れね。今の私はかつて地球人たちを恐怖に陥れた漆黒の破壊神マイヤ、アンゴルモアの大王ラプラス様の忠実な臣下の一人なのだから。これ以上の話し合いには応じません。アンゴルモアの民たちは、仲間を――セルナを殺したこの星の先住民たちを憎んでいます。だから私たちの計画が成就して、アンゴルモアの民たちをこの星に呼び込むことができれば、ここはアンゴルモア星人たちが先住民たちを一方的に虐殺する場になるでしょう。もしそれが嫌なら、力づくでも私たちを止めてみなさい」
マイヤは自らの羽でメーヤルの塔上層部から飛び立ち、空中から塔の内部に向かって古代ネリシア語の詠唱を始めた。
「ミソルド・シムサ・パーラン・カーム・ニーノンド……」
眼下では、漆黒のローブをまとったマイヤの姿に気づいたレッディード兵たちが騒々しくなり始めている。
「あの詠唱が終わればアンゴルモアの大王ラプラスが蘇るのか? だとしたらまずいな」
ラックがスクーター上で聖剣を抜こうとして、直前で踏みとどまった。彼のフレイム・ドラゴンをマイヤに向けて放てば、それは明らかな宣戦布告になってしまう。キャランが持っているスーパーストリング砲であればなおさらだ。ジールのアース・インパルスは空中では使えないし、ルサンヌが生み出す空気の壁やシーナが持つ動物たちを操る能力も今は役に立たない。それなら――
「ノクト、お前のグラビティ・クラッシュでマイヤ様を地面に落としてくれ」
それがマイヤ自身に危害を加えず、その行動を阻止する最善手に思えた。
「分かったよ。マイヤ様、ごめんなさい」ノクトは右手をマイヤに向けて突き出した。
「グラビティ・クラッシュ!」
マイヤの体が強大な重力に見舞われる。瞬時に5プース(1.5メートル)ほど高度を下げるが、何とかそこで踏みとどまった。だがそれと同時にラックたちの乗るスクーターの制動が失われ、地面へと緩やかに落下を始める。
「おい、どうなっているんだ?」
「急にスクーターが壊れたみたいだ」
「助けて」
乗り手たちが叫び声を上げる中、六機のスクーターはふらふらと迷走しながら高度を下げていった。それを見つめるメルネが勝どきを上げる。
「ビンゴぉ、スクーターの弱点は急激な重力変動なんだよぉ。私たちの作戦勝ちだねぇ、マイヤ様ぁ」
「そうね、これでネリシア王国が遺したスクーターを無力化することができたわ。あとはキャランが持っていたあのスーパーストリング砲だけね」
「それももう大丈夫だよぉ。さっきからメーヤル博士のエネルギー炉が始動しているからねぇ。この付近にいる限りぃ、あの砲台はただの重たい棒だよぉ」
「それならもう私たちにとって脅威はなくなった訳ね。さあ、大王陛下を迎え入れるための準備を続けましょう」
漆黒のローブをまとったマイヤがメーヤルの塔の上層部へと戻っていく。その姿は地上からも視認できた。




