第十三章 グリンピア王国の遺産(5)
「やはり1999年とは今年のことだったのか。僕の仮説は正しかったんだ」
歴史学者として自説の正しさが判明したにもかかわらず、キャランの声は沈んでいた。何やら恐ろしげなことが起きるなら、それは今年であってほしくない。できれば外れていて欲しい仮説だった。
「カシウスという人物が本当はいつの時代の人なのかはともかく、これまで俺たちがそう呼んできた人物とその仲間たちは、なぜか未来の出来事を知っているようだった。だとすれば、これも的中するのだろうか?」
ラックも不安そうにつぶやく。
「少なくともこの碑文では、グリンピア王室最後の一人としてここに来る者――つまり私たちが『旅人たち』であると正確に予言しているわ。そう言えば、地下一階の碑文には『ラプラスの定めた未来を変えることはできなかった』と書かれていたわね。もしかしたら、あらかじめ未来を定めたラプラスという存在がいて、私たちは決められた未来に向かって進むことしかできないのかもしれないわ」
シーナが自分の考えを述べると、キャランがそれに同調した。
「これは僕の仮説だけど、カシウスたちは何らかの方法でラプラスが定めた未来を知り、それを変えようとしてラプラスと戦った。でもそれを成し遂げることはできなかった。だから自分たちのやり残したことを後継者であるフレイム・ドラゴンの使い手、つまりラックに託すため、君たちをアンゴルモアの大王ラプラスが蘇るこの時代へと導いた、とは考えられないだろうか?」
「なるほど、何となくつじつまが合いますね。でもこの碑文を残したソリナ・マハイラという人物は誰でしょうか?」
ルサンヌの疑問に、グリンピア王国の王室で育てられたシーナが答えた。
「グリンピア王国の開祖カーウィン・マハイラ王の妃よ」
「つまり剣士カシウスと共に戦ったカーウィン王の奥さんで、カシウス自身とも何らかの親交があったかもしれない人ですね」
「ええ、その王妃が私たちに最後の望みを託し、あそこにある古代王国の遺品を託してくれたのかもしれないわ」
シーナが見つめる先には、銀色に輝く不思議な乗り物と細長い筒があった。
「きっとあの乗り物がスクーターで、あの筒みたいな物がスーパーストリング砲ね。小型の砲身に見えるけど、フレイム・ドラゴンの威力を知った上でソリナ王妃が私たちにこれを託したのだとすれば、それ以上の威力があると考えるべきでしょうね」
「いや、ちょっと待ってくれないか。僕たちがアンゴルモアの大王ラプラスと戦う前提で、こんなものを一方的に託されても困るよ。僕はそんな得体のしれない相手と戦う気はないぞ」
キャランが困惑の表情を浮かべた。ラックもそれに同意する。
「それは俺も同じだよ。もともと俺は、父の仇であるイギスという剣士に勝つために旅を続けてきたんだ。それがなぜか違う時代に飛ばされ、色々なことがあってここまで来た。でもこの予言に出てくるアンゴルモアの大王のことはよく知らないし、今のところ戦う理由もないからな」
「そうね、現状で私たちが戦う理由はないわ。でも……私は知りたいの。グリンピア王国の豊穣祭で優しい笑みを浮かべていた女神マイヤ様が、かつては漆黒の破壊神と呼ばれていて、古代ネリシア王国を滅ぼした張本人だということ。そしてマイヤ様たちの母国語が古代ネリシア語だということ。カシウスが古代ネリシア王国の初代女王と同時代の人物だということ。あまりに分からないことばかりで、このまま何も知らずにここで踏みとどまっているのは嫌なのよ」
シーナの言葉に、ルサンヌが同調する。
「私も少しだけシーナさんの気持ちが分かります。この世界には神を名乗る存在が三人いますよね。マイヤ様、メルネちゃん、ソド――そのうちメルネちゃんは私の友達なんです。たしか私たちの時代に、マイヤ様は『私も臣下の一人として、大王様の命令には従います』と言っていましたよね。あの大王とは、今にして思えばアンゴルモアの大王ラプラスのことだと思うんです。それならメルネちゃんもアンゴルモアの大王の臣下ってことですよね。だから私は、なぜソリナ王妃がメルネちゃんの君主を目の敵にしていたのか、その理由を知りたいです」
「でも古代ネリシア王国が滅んだのはマイヤ様とアンゴルモアの大王が原因みたいだし、あまり友好的な相手ではなさそうだぞ」
「ジールの言う通りね。だからこそソリナ王妃は私たちにこれらの道具を託して下さったのだと思うの。最初から戦うためではなく、相手の出方によってこちらも対応を変えられるだけの手の内を持っておくために。その上で、私はマイヤ様やアンゴルモアの大王についてもっと詳しく知りたいのよ」
「そういうことなら僕もシーナに同意するよ。古代ネリシア王国末期に何が起きたのか、歴史学者としてとても興味があるんだ」
「俺も、剣士カシウスとは何者なのか、自分が本当にカシウスの子孫なのか知りたいな」
「それなら決まりだ」ラックが一同を見渡した。
「みんなでメーヤルの塔に向かおう。このスクーターというのは古代の乗り物のようだし、こっちの砲身は兵器みたいだ。アンゴルモアの大王とやらが蘇る現場を見に行くのに、あって困るものじゃない」
「でもどうやって使うんだろ?」
疑問を呈したのはジールである。
「それなら僕に任せてくれ。きっとどこかに古代ネリシア語の説明文があると思うんだ」
キャランが小型の乗り物に近づき、その観察を始めたところで、「あれ?」と声を上げた。
「どうした?」
ラックたちが駆け寄ると、キャランは乗り物に貼られた説明文を指さした。
「ここに書かれているのは古代ネリシア語じゃないんだ」
たしかにそこにはラックにも読める文字で「シートに座ってハンドルを握り、自分が飛びたい方向をイメージせよ」と書かれていた。保存状態の良い地下室にも関わらず、その文字が擦れているところを見ると、それが書かれたのはかなり昔のことだと分かる。
それを知ったキャランが興奮気味に叫んだ。
「この装置、スクーターというのかな? もしこのスクーターが作られた時代にこれが記されたのだとしたら世紀の大発見だ。古代ネリシア王国の時代から、現在と同じ言葉や文字が広く使われていた証拠になる。ネリシア王国の人々は、古代ネリシア語と現代語を何らかの理由で使い分けていたのだろうか?」
歴史学者としての血が騒ぎ、思わず研究に没頭しそうになるキャランに、シーナが釘をさした。
「それは後で考えるとして、今はこれに乗るのが先でしょ」
もちろんシーナとて、自分の習得した古代ネリシア語がどのような場面で使われていたのか興味はあった。だがそれは真っ先にやるべきことではない。
「そうだね、すまなかった」
キャランが照れ笑いを浮かべながら、六機あるスクーターの一つに座り、ハンドルを握った。
するとハンドルの間に置かれたパネルが自動的に点灯し、そこに文字が表示される。
個人識別情報:確認終了
搭乗者:キャラン・コラウニー
重力制御エンジン始動
「凄いぞ! 僕を自動で認識した。でも、なぜこのスクーターは僕の名前を知っていたのだろうか?」
「俺も乗ってみる」
ラックが別のスクーターに座り、ハンドルを握る。
個人識別情報:確認終了
搭乗者:ラック・ハイモンド
重力制御エンジン始動
やはり、ラックの名前もスクーターは知っていた。その後もジール、ノクト、シーナ、ルサンヌの順にスクーターに座ると、その名前が表示された。
何から何まで不思議なことばかりであったが、ここで考えていても答えは出ないだろう。ラックは上のほうに浮かぶよう念じてみた。すると彼の乗ったスクーターがふわりと宙に浮かびあがる。
「おい、どうやるんだよ?」ジールが尋ねてきた。
「簡単さ、上に浮かぶように念じるんだ」
ラックの言葉どおり試してみると、全員の乗ったスクーターがそれぞれ宙に浮かんだ。前に進むように念じると前に、右に進むよう念じると右に動き、少し慣れれば誰でも簡単に乗りこなすことができる。
「これは面白いな」
思わす全員がのめりこみそうになったが、もちろんソリナ王妃はそんな娯楽のためにスクーターを遺したのではあるまい。
キャランが一度床に降り、そこにおかれた細長い筒を手にした。直径0.5プース(15センチ)、長さ4プース(1.2メートル)ほどのそれは、赤い大きなボタンが一つついただけのシンプルなものであった。やはり現代文字で「敵にこの砲身を向け、赤いボタンを押すべし。すべての存在を消滅させるであろう」と書かれている。
「スクーターに乗り、このスーパーストリング砲という兵器でアンゴルモアの大王を倒せということなのかな? やはりソリナ王妃は僕たちを戦わせたいようだね。でもそれ以前に、スクーターではあの狭い階段を通れないぞ」
キャランが元来た道を振り返った。その視線の先には、人ひとりがやっと通れるくらいの狭い階段がある。どう見てもその横幅はスクーターより狭く、それ以外に通路らしきものはない。
困惑しながらあたりを見渡していると、天井に記された文字が目にとまった。
「空よ、姿を現せ」
そこにはそう記されている。キャランがにやりと笑った。
「なるほど。これを古代ネリシア語に訳せば合言葉になるのかな? ノンモール・ニーパス・カライム」
その言葉と同時に、天井に一筋の光が走った。光は次第に太くなり、その彼方から空が現れる。
「これで地上に出られるぞ」
キャランの乗ったスクーターが地上めがけて飛び立った。その背もたれには、細長い筒のようなスーパーストリング砲が固定されている。それを見た他の五人も彼の後に続いた。シーナのスクーターにはナノも乗っている。
王宮宝物庫跡の地面に突如としてぽっかりと開いた穴から、六機のスクーターが勢いよく飛び出した。どこまでも続く青空をバックに、銀色の機体が映えている。ソリナ王妃が遺した碑文どおり、スクーターの機動力を自在に操れるようになった今、広大な空は彼らのものだった。
足元では、寂れてしまったかつての首都が大地に灰色の紋様を描いていた。その外側には緑の森が広がり、遠くには山脈や青い海が見える。広大な空と海とが作り出す水平線は、遥か彼方で大きな弧を描いていた。
ラックはスクーターを360度回旋させ、周りの景色を眺めた。
「さあ、メーヤルの塔を目指すぞ」
「こっちだ」
キャランのスクーターが西の方角を目指して進みだす。
空気抵抗を考えた流線型のスクーターには前方のフードもついており、乗り心地はきわめて静かで快適だった。機械の動作音はまったくと言っていいほど聞こえてこない。それでいて、大地をかける馬の群れをいとも簡単に追い越すことができた。
「これはすごいぜ」
ジールが感嘆の声を上げた。大柄な彼は、乗馬の際にどうしても他の人間より遅れを取ったものである。しかしスクーターは彼の巨体をいとも簡単に持ち上げ、他の機体と同じ速度で飛ぶことができた。
大空を自由に駆ける夢のような乗り物。これを大昔の人々が発明していたとは到底信じられなかった。
そう、信じられないほど素晴らしい体験であった。
地上を行く人々が、上空を疾走する彼らのスクーターを指さしている。そのゆっくりとした歩みを追い越し、スクーターは風を切って西へと飛び続けた。




