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七の王国  作者: 毎留
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第十三章 グリンピア王国の遺産(3)

 それから七日が過ぎた。ロッサン王は王城前広場に召集された五千の兵士たちを伴ってメーヤルの塔を目指す途上にあり、赤いトラのケイサムとベンラスはいち早くメーヤルの塔に着いていた。

 一方、グリンピア王宮跡へと向かうラックたちは、かつて三カ国の交通の要衝ようしょうであった交易都市ビャンマへと来ていた。

 ここは多くの人と物が行き交う、かつてグリンピア王国で第二の規模を誇った都市である。自治の発達したこの町は、高さ30プース(9メートル)はあろうかという堅牢な外壁で取り囲まれており、様々な衣装を着た各地の人々であふれ、カオスな雰囲気を醸し出していた。一度はレッディード王国によって軍の要衝とされたものの、それから一世紀近い時代を経て再び元の活気を取り戻していた。すでに宿を取り、荷物をそこに置いてきたため、ナノは黒猫の姿に戻ってシーナの腕に抱かれている。

「珍しい物がいっぱいあるわね」

 シーナは表通りに並ぶ屋台の群れに目を輝かせていた。色鮮やかなの香辛料、瑞々しい野菜と新鮮な魚、軒先に並べられた鶏肉、少し据えたにおいを放つチーズに様々な形のパン、甘い焼き菓子、羊を模した子供向けの人形など、店ごとに様々なものが陳列されている。

「そうか?」と素っ気なく答えるラックまで嬉しそうに見えるのは、街全体の雰囲気がカシウスの城下町に少し似ていたためでもある。懐かしい光景を目にして――そしてその街並みをシーナと一緒に歩くことができて、内心を隠し通すことはなかなか難しい。

 だが当のシーナは屋台の商品に目を奪われており、ラックの表情には気づいていないようであった。彼女は92年前の世界で手に入れたレッディード王国の貨幣をこの時代に持ちこんでいたが、それはキャランにとって珍しい昔の貨幣であったため、彼の持つ金貨や銀貨と交換していた。そんな訳で現在のところ手持ち資金に事欠くこともない。

「ねえ、長旅の疲れもあるし、みんな各自で気分転換しない? 今から自由行動にして、夕方、宿に集合ということで」

「了解。僕は古本屋めぐりをするよ」

「俺は体力的に限界なんだ。宿に帰って休みたい」

 シーナの提案に応じ、キャランとノクトがその場を立ち去った。

「私の母が昔よく作ってくれたクスクスもあるでしょうか?」

 ルサンヌの脳裏に、今から三百年以上昔に亡くなったであろう母親の面影が浮かぶ。

「ええ、ここは昔から物流の要衝だった町だから、きっとどこかで売っていると思うわ」

「たしか昔はあの通りを右に曲がったところに、それらしい店があった気がするんだ。よかったら案内しようか?」

 ジールが一本の通りを指さした。

「いいんですか? ……でもこの町は初めてなので、そうしてもらえると助かります」

 ルサンヌが少し動揺するそぶりを見せたが、それを気に留める者はいない。ジールとルサンヌがその場を立ち去り、ラックとシーナの二人が残された。

「シーナ、どこか行きたいところはあるか?」

「ラックは?」

「俺は別にないけど」

「それなら一緒に大通りを散策しましょう。昔ここに来たときは、王女だとばれないように気を遣っていたからゆっくり歩けなかったのよ」

「そう言えばそうだったな。……それではお供します、王女様」

 ラックが冗談めかして右膝をつき、シーナに頭を下げると、シーナが屈託のない笑顔で答えた。

「お願いね、ナイト様」

 ラックはシーナと並んで歩き始めた。シーナは賑やかな通りに目を輝かせ、ふらふらとあちこちの店に立ち寄っている。ラックはそれに振り回されてついて行くだけなのだが、なぜかそこにデジャブを感じていた。

 以前にも同じようなことがあった気がする。しかしそれがいつのことだったか、思い出すことはできなかった。



 その二日後、ラックたちはかつてグリンピア王国の首都であったカシウスへとたどり着いていた。

 昔と変わらぬ盛況を誇るビャンマに比べ、その町並みは寂しげで廃れている。往来を行く人々の姿は少なく、朽ち果ててしまった家屋が目立つ。かつて多くの人々で賑わったカシウスの目抜き通りにも、閉店した店が数多く見られた。

さびれてしまったわね」

 シーナがため息をついた。彼女にとって、カシウスはやはり一番思い入れのある町である。

「この町はレッディード王国に合併された後、かつての敵国の首都として冷遇されて来たのさ」キャランがその理由を説明した。

「なあ、ジール。むかし一緒にこの店に来たよな」

 ラックが半地下に作られた一軒の店を指さした。すでに扉はなくなり、店内には砂埃がたまっていたが、そこは紛れもなくあの優しい女将さんの店である。

「そうだな、ここの飯うまかったよな」

 寂しげに答えるジールの顔を、ノクトが見上げた。

「昔はもっと賑やかだったのかい?」

「ああ、この大通りもビャンマの町に劣らないくらい賑わっていたんだ」

「そうか……」

 かつての賑わいを知らないノクトを含め、グリンピア王国が祖国であった四人は大なり小なり寂しさを感じていた。そしてそれは、大通りを抜けて王宮前広場にたどり着いた時、最高潮に達した。

 広場の東にそびえていた高さ20プース(6メートル)はあろうかという王宮の外壁はその大半が打ち壊され、誰もが歩いて内部へと入れるようになっていた。奥に建っていた王宮もその大部分が焼け落ち、跡地には多くの樹木が茂っている。かつて北側の小高い丘の上に建っていた神殿は跡形もなく消え去り、そこへと至る大理石で作られた幅の広い階段もまた、大小さまざまな砲弾の跡を穿うがたれ、見るも無残に朽ち果てていた。

 周囲に彼ら以外の人の気配はない。

 空は晴れていた。雲ひとつない。だが、かつてその空をバックに神々しい輝きを放っていたグリンピア王国の栄華を示す建造物群は、もはや面影すら留めていなかった。

 シーナは腕に抱いていたナノを下ろし、かつて神殿が建っていた小高い丘の麓まで歩み寄ると、物静かな声で歌い始めた。

「ラ~イラ~ス~イハ~、テ~リヨ~セ~ミサ~、テ~ラノ~セ~リト~、リ~ルサ~シ~ハム~」

 それは王国暦522年の豊穣祭でシーナ自身が歌った古代ネリシア王国時代の歌である。相変わらずその歌声は美しい。

「偉大な開祖、尊き神よ、我らの祈りを聞きたまえ」

 歌詞を聴いていたキャランがそれを訳した。シーナは神殿の消えた丘の上を物憂げな表情で見つめながら、歌い続けている。

 ラックはかつて聞いた歌にそのような意味があったことを知り、腕組みをしたまま考え事をしていた。あの時ラックからとても遠くにいたティーナ王女は今、シーナとして彼のすぐそばにいる。しかしその反面、彼の祖国はもうどこにもない。永い時間の中に消えてしまったのだ。そしてシーナが歌う歌詞の中にも、永い時間の中に消えて行った者がいることに彼は気付いていた。

 これが古代ネリシア王国時代の歌だとすれば、偉大な開祖とはグリンピア王国の開祖カーウィン・マハイラ王のことではあるまい。だとすれば、この歌詞の指す開祖とはいったい誰のことだろうか?

 ラックがそんなことを考えているうちに、いつの間にかシーナの歌は終わっていた。いつまでも丘の上を見つめている彼女にラックが語りかける。

「その歌、昔グリンピア王国の豊穣祭で聞いたことがあるよ。久しぶりだな」

「いい歌でしょう? 意味はこうよ。偉大な開祖、尊き神よ、我らの祈りを聞きたまえ。青き星、母なる大地よ、日々の暮らしを守りたまえ。風はぎ、鳥は舞う、我らの故郷に幸あらんことを。果実は実り、人々は笑う、その王国はアトランティス」

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