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七の王国  作者: 毎留
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第一章 覚醒(5)

 一方、その後の事態を知らないラックとジールは懸命に暗い夜道を走り続けていた。

「こっちだ」

 ラックが先導し、細い脇道へと入っていく。足元には生活ごみが散乱し、すえた腐臭ふしゅうがあたりに漂う。そこを抜けると森の入り口があった。

「この奥なら奴らにも見つからないはずだ」

 足元に敷きつめられた木の根っこを器用に飛び越え、森の中の道なき道を走破していくラックの背中を、ジールが呼びとめた。

「おい、待ってくれ。もう足が、動かないんだ」

 両手を両ひざについて半腰の姿勢のまま息を整えるジールの姿を見て、ラックもようやく少しだけ落ち着きを取り戻した。

 熱気を帯びた体に吹きつける冷たい風が心地よい。あたりに物音はなく、夜空をはばむ木々の枝の向こうに満天の星空が見えた。

「静かだな、剣の音もここまでは聞こえてこない」

「兄貴たち、無事かな?」

 ジールが泣きそうな声を上げるが、父を失ったラックの境遇を思い出し、すぐに嗚咽おえつみこんだ。

「きっと無事さ。ガイルさんは剣の腕も凄いし……」

 今度はラックの声が泣きそうになった。

「そうだな、兄貴たちを信じよう」

 ふたりははげましあいながら再び歩を進め、いつしか森の中にある池のほとりについていた。空が広がり、降り注ぐ星の明りが近くなった気がした。白い砂利じゃりがわずかな光を乱反射して、あたりの景色を淡く浮かび上がらせる。池の水面みなもにさざ波が立っているのが見えた。

 ラックが水を飲もうとして手を差しだすと、不意に後方からしわがれた声が聞こえた。

「お前さんはフレイム・ドラゴンの使い手か?」

 驚いて振り返るラックの目に、山岳民族の衣装をまとった初老の男性の姿が映った。剣を抜いたジールの後ろ姿がその視界をはばむ。

「あんた、何者だ?」

「わしの名はゼイリー、ここから北西に馬を3日ほど走らせた場所にあるノキリの村に住んでおる。でもまあ、見ての通りただの老人じゃよ」

 両手を肩より高く上げ、敵意がないことを示しながらゆっくりと近づいてきた。

「いつからここにいた?」

「日が沈む前から、ここでお前さんたちを待っておった」

「そんなバカな……。それならなぜフレイム・ドラゴンのことを知っている?」

 ジールの後ろ姿は明らかに警戒けいかいしていた。

「まあ、そう怖がりなさんな。わしはお前さんたちの敵ではない。それよりわしの質問にも答えてくれんかのう。そこの後ろに隠れている少年よ、お前さんはフレイム・ドラゴンの使い手か?」

「だとしたら、どうすると言うんだ?」

 ようやくしぼりだしたラックの声は、思った以上に枯れていた。口の中が乾いて、砂をんでいるようだ。

「わしはただ、わが一族に伝えられてきた伝承が本当か知りたかっただけじゃ」

「伝承? それはいったい」

「グリンピア王国歴522年の豊穣祭の夜、つまり今晩じゃな。この場所にフレイム・ドラゴンの使い手が現れる。わしが小さい頃、わしのじいさんから聞かされた話じゃ」

 信じられない話ではあるが、目の前の老人がつい先ほどの王宮前広場での出来事を目撃し、ラックたちより早くここに先回りしていたと考えるのも無理があった。頭の中が真っ白になる。

「どうやらお前さんたちの様子を見ていると、言い伝えはまことだったようじゃ。ならばお前さんにこれを渡しておこう」

 ゼイリーと名乗った老人は自分のふところからペンダントを取り出した。そこには夜の闇の中でも赤い炎のように燦然さんぜんと輝く、見たこともない金属がはめこまれていた。

「これは……一体なんですか」

「いずれ分かる時が来るじゃろう」

 ゼイリーが優しい笑みを浮かべた。そのまま背を向けて立ち去ろうとするところに、ラックが最後の質問を投げかける。

「どうしてあなたの一族にそんな言い伝えがあったんですか? そもそもあなたの先祖とは何者ですか?」

「カシウス」

「え?」

 一瞬、意味が分からなかった。

「お前さんたちとの出会いを予言した、わしの先祖の名はカシウスじゃよ」

 ゼイリーはラックたちにさとすような口調で語りかけた。その言葉が意味するところは、あまりにも深くて大きい。

「これでわしの務めは終わった。今晩ここでわしと会ったこと、そしてそのペンダントを受け取ったことは他言無用じゃぞ」

 ゼイリーの後ろ姿は一度だけ右手を挙げた後、ゆっくりと森の中に消えていった。

 残された二人は放心状態のまま、池のほとりでたたずんでいた。



「なあ、今の話どう思う?」

 どれだけ時間が経っただろう。ようやく我に返ったジールがラックに話しかけてきた。

「分からない。でも手のこんだ嘘には思えなかった」

「そうだよな。お前がフレイム・ドラゴンを放つなんて、だれも予想してなかったんだから」

「いや、あんなのはフレイム・ドラゴンじゃないさ。きっとカシウスのフレイム・ドラゴンはイギスのデルタイ以上に凄かったはずなんだ」

「でも今の世の中でカシウスと同じデルタイを修得できる者がいるとすれば、お前は間違いなくその候補者だ」

「……だったら、いいな」

「ところでお前、あのイギスという奴に復讐ふくしゅうしたいか?」

 突然の問いかけに、ラックは戸惑とまどった。復習したくないと言えば嘘になる。だがそれと同時に「奴を恨むな、強くなれ」という父の最期さいごの言葉が脳裏をよぎった。

「分からない。でも、俺はあいつより強くなりたい。そして聖剣を奪い返したいんだ」

 思わず口をついて出た言葉であったが、ラックはそれをもう一度、反芻はんすうした。これから歩むべき道を見つけた瞬間であった。隣にいたジールが力強くうなずく。

「なあ、ラック。お前がこのままカシウスに留まるのは危険だ。いつまたイギスたちに襲撃されるか分からないんだからな。俺の故郷の村に来いよ。そして一緒に修行しよう」

「いいのか?」

「もちろんさ。お前はきっと剣士カシウスの再来であり、我が国の宝なんだ。だから俺は何があってもお前を守ってやる」

「お前に守られるようでは、カシウスの再来にはなれないけどな」

「うるせえな、これはあくまで俺の覚悟の問題なんだ」

「分かったよ。ありがとう、ジール」

 これまで悲しみと緊張の連続だったラックの表情が少しだけゆるみ、何かを思い出したように言った。

「そうだ、あれをやろうぜ」

 ラックは右足を半歩前に出し、左膝を地面について、右こぶしを握りしめたまま前方へ突き出した。それを見たジールもやはり同じ姿勢を取り、ラックの右腕に自分の右腕を重ね合わせた。

「テラノム・サーサスール」という二人の言葉が重なり合う。

 それは古代ネリシア王国の言葉で「我々は仲間だ」という意味を持っていた。

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