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七の王国  作者: 毎留
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第十二章 偽られた歴史(6)

 翌日、ラックたちはカシウスにある王宮跡に向かうため、レッディード王国の王都パルタスを後にした。

 92年前、ラックたちが初めてこの地を訪れたときは冬の始めで、雪が降っていた。しかし現在は初夏であり、太陽の日差しでやや汗ばむくらいの陽気である。

「ナノ、またよろしくね」

 シーナに声をかけられた黒猫が大きな馬に変身するのを見て、キャランが驚いた。

「な、何なんだ。この生き物は?」

「何って言われても、変身できる黒猫よね? ナノ」

 シーナが馬に化けたナノに同意を求めるように話しかけた。それに答えるかのように、ナノがいななきを上げる。

「もしかして、この黒猫もデルタイの使い手なのか?」

 核心を突くキャランの質問に、ラックが答えた。

「そうさ、ここにいる全員がデルタイの使い手なんだ。俺は炎のドラゴン、ジールは大地を疾走する衝撃波、シーナは動物たちと会話して操るデルタイ、ルサンヌは空気の防御壁を作るデルタイ、そしてノクトは重力で相手を押しつぶすデルタイを持っているんだ」

「なるほど……。僕はまだよく分からないけど、相手に自白させるデルタイを持っている気がするんだ」

 キャランは自分の右手に視線を下ろした。その不穏なデルタイに、一同が少し身構える。

「そんなことがあったのか?」と尋ねるラックの声もどこか遠慮がちだ。

「実は昨晩、好きだった女の子にふられた時、その理由を聞き出そうとしてデルタイに目覚めてしまったようでね」

 自嘲じちょう気味なキャランの言葉に、ラックが顔を引きつらせた。

「そうか……。頼むから俺たちにはそのデルタイを使わないでくれよ」

「もちろんさ、そんなことを聞いてしまった僕自身もつらかったからね。でもナノに使ったら、僕もナノの考えていることが分かるかな?」

 キャランがナノに右手を伸ばそうとすると、シーナが慌てて叫んだ。

「駄目! 絶対に駄目だってナノが言っているわ」

 ナノにも周りには知られたくない秘密があり、シーナはそれを代弁したらしい。

「そうか、ごめんな」

 キャランが右手を引っ込めた。

「それよりもキャラン、ここ九十年あまりの間に起きた出来事を教えてくれないか? 俺たちはあの絵本の内容以外に何も知らないんだ」

 ラックが別の話を振ると、キャランは浮かない顔をした。

「それが、僕にも分かっていないことが多いのさ。何しろラックやダッセル王に関する伝承はすべて闇に葬られ、それを調べようとした歴史学者の多くが行方不明になってしまった。僕も君に関する昔話を集めようとしただけで、色々なものを失ってしまったんだ」

「……そうだったのか」とラックがうつむく。

「でもそれ以外のことなら分かるよ。レッディード王国歴115年、つまりグリンピア王国歴533年にレッディード王国は世界再統一を果たした。そしてそれ以降も軍備に力を入れ、赤いトラという諜報機関を駆使して、時々起きる蜂起を抑えこんできたんだ。だからこの半世紀あまり、大きな紛争は起きていない。そして剣士カシウスや君たちの時代には複数のデルタイの使い手がいたらしいけど、その後長い間、まったく報告がなかった。それが最近になって再びあちこちでデルタイの使い手たちが噂されるようになったんだ。聞くところによると、現在の赤いトラの隊長と副隊長もデルタイの使い手らしい」

「へえ、どんなデルタイなのか興味があるな」

 ラックの眼が好奇心で輝いた。

「なんだか嬉しそうだね。でも赤いトラのトップだから平和的なデルタイではないと思うんだ。最初に言っておくけど、僕は争いごとが嫌いでね。頼むから興味半分で争いごとを起こさないでくれよ」

「分かっているよ。なにせ争いごとが嫌いなのはキャランに始まったことじゃないからな」

 ラックがルサンヌの顔を見ると、ルサンヌがキャランに向けて笑顔で手を振った。キャランも笑顔で会釈し、話を続ける。

「あとは、そうだな。現在この世界、つまりレッディード王国を治めているのは十五歳の若きロッサン・ディルマー王だ。かつての神々が姿を消した後、ディルマー王家による統治の下で平和が保たれてきたんだ」

 かつて好戦的だったレッディード王国とダッセル王を思えば、その末裔まつえいもとで平和が保たれているとは想像しづらかった。だが外敵がいなくて内乱もなければ、一応の平和だけは保たれるのかもしれない。

「ところで君たちも僕が知らないことを知っていたら、教えてくれないか?」

 キャランからの申し出に、ラックたちは自分たちの時代や国のことをいろいろと話した。グリンピア王国で行われていた豊穣祭や剣闘技大会、イエローサ王国の風習や戒律、国境越えのエピソードなどは、キャランにとって知らない異国の出来事であり、それを生で見た人物からの話を大変興味深そうに聞いていた。

 そしてその話題はいつしか、剣士カシウス伝説の核心に迫るノキリの村とランデルマードで読んだ古代文字の碑文へと移っていた。

「私は剣士カシウスの言葉を後世に託す者なり。王国暦248年、リファ・セイザールがイエローサ王国を建国する。王国暦419年、ディルマー・リューネがレッディード王国を建国する。王国暦528年、ラック・ハイモンドがこの地を訪れる。汝、漆黒の破壊神の計画を阻止せよ」

「グリンピア王国歴紀元前33年、ネリシア王国に五人の神々が現れたもうた。すなわちラプラス、マイヤ、ソド、メルネ、セルナの五神である。その偉大な力を前に、もはや不要となったかつての文明は打ち捨てられた。新たなる神々の時代が到来したのである。特に虚空に浮かぶ漆黒の入り口は、我らがデルタイの源であり、我らを導くものである。漆黒の入り口を見つけし者たちよ、決して心の中の希望を見失うことなく、その先へと進むが良い。好運が汝らと共にあらんことを願う」

 剣士カシウスやその仲間によって記されたと思われる古代ネリシア王国文字の碑文二つを、シーナが暗唱した。キャランはそれを聞いて感想を口にする。

「最初の碑文はずいぶんと歯切れの良い予言だな。自分には未来を見通す力があることを誇示した上で、ラック・ハイモンドが漆黒の破壊神の計画を阻止する鍵であることを印象付けているような気がする。それに対して二番目の碑文は、何か歯に物がはさまったような感じがするんだ。神の力が偉大だとしても、かつての文明をわざわざ打ち捨てる必要はないはずだ。もしかしたら偉大な神の力によって、かつての文明を打ち捨てるように強要されたのかもしれない。でもはっきりとそう書くことができない理由があったのかもしれないな。残りの部分は、漆黒の入り口を見つけたらその中に入るのが吉だ、と伝えているようだ」

「なるほど」

 ラックがうなった。相手に自白させるデルタイはともかくとして、キャランの分析力は今後の彼らにとって助けになるかもしれない。

「なに、たいしたことじゃないよ。現在のレッディード王国では、ラックやダッセル王に関することなど自由な言論が制限されているからね。そうなると人々はいつの間にか、無難な言い回しを覚えるんだ。この文章からはそれと似た印象を受けただけさ」

 キャランが謙遜なのか自虐なのかよく分からない笑みを浮かべた。

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