第十二章 偽られた歴史(4)
パルタス城での激しい戦いを終え、ラックたちは黒い霧の中へと踏みこんだ。
すると――そこには宇宙が広がっていた。
漆黒の闇を背景に、大小さまざまな星が渦巻状の星雲と入り乱れて静かに輝いている。音は聞こえない。臭いもない。ただ、光と闇のコントラストだけが茫漠とした空間に広がっていた。
やがて彼らを取り巻く光が前方へと集まり始め、同心円状の虹を産み出した。中心部に近い部分は紫色が優勢であり、そこから外側に行くに従って藍、青、緑、黄、橙、赤へと色を変えていく。物体が加速して光速に近づくに連れ、周りの景色が前方へと収束し、光のドップラー効果によって星の虹を描き出す。
その時、静止した存在からは、彼らの時間はゆっくりと流れるように見える。これが相対性理論におけるウラシマ効果であり、惑星の周りを高速で移動する人工衛星では、実際にこれによる時計の補正が必要になることが知られている。
彼らは今、遠い時空の彼方へと旅をしているのだ。しかしその行き着く先がどこなのか、彼らはまだ知らない。
やがて星の虹がうすらぎ、前方に集まっていた星たちが彼らの後方にも戻ってきた。今度は目の前に見知らぬ街の景色が広がり、ふと気付くと彼らはその場に立っていた。
時刻はすでに夜である。空にはたくさんの星が輝いており、北の空に浮かぶキリン座と、それを取り囲むように位置するスクーター座、猫座、灯台座が見て取れた。
「ここはどこだ? いつの間に夜になったんだろう」
ラックが不思議そうにあたりを見渡した。明らかに、つい先ほどまでいたパルタス城の雪原とは違う場所である。
風は温かく、周囲には多くの人が行き交っていた。大通りに面した店の中から光が漏れてくるため、あたりはうっすらと明るい。目の前にはイエローサハウスと書かれた店がある。
「畜生、ラック・ハイモンドめ!」
どこからか男の声が聞こえてきた。なぜラックを罵っているのかは分からないが、あまり良い気持ちはしない。声のするほうに歩み寄ると、一人の酔っ払いが壁に手をつき、うつむきながら嗚咽をあげていた。
「ラック・ハイモンドがどうしたんだ?」
ラックが酔っ払った男に声をかけると、男はゆっくりと振り返った。銀色の髪にダークブラウンの瞳、聡明そうな顔立ちをしており、歳もラックたちとそう違わない。
「驚かして悪かったね。あいつのせいで僕はふられたんだが、君たちには関係ないことだ」
「あいつというのはラック・ハイモンドのことか?」
「そうだ」
酔っ払った男がうなずいた。それを聞いたシーナが冗談半分でラックに問いかける。
「ラック、いつの間にあの人の彼女を口説いたの?」
「何をバカなこと言っているんだ」
不機嫌そうに答えるラックの顔を、酔っ払った男が覗きこんだ。
「ラック? 君もラックという名前なのか?」
「そうだ。ラック・ハイモンドだ」
「それは災難だな、歴史上の大悪党と同姓同名だなんて。これまで色々な要らぬ苦労をしたんじゃないか?」
「何のことだよ?」
ラックが怪訝そうな顔で問い返した。
「さすがに知らないことはないだろう。王国暦528年にティーナ姫を誘拐し、この王都パルタスで大暴れしてダッセル王に討ち取られた奴だよ」
「だから何の話だ? 俺はイギスやソドと戦ったけど、ダッセル王に討ち取られた覚えはないぞ」
「でもティーナ姫を誘拐したというのは当たらずとも遠からずかもね」
シーナは心なしか楽しそうだ。そのやり取りを聞いていた男が、首をかしげながら質問した。
「君たちは一体何者なんだ?」
「だからラック・ハイモンドだって言っているだろ」
「そうか、ラック・ハイモンドなのか。フレイム・ドラゴンの使い手で、その仲間は大男と少年、二人の若い女」
男がつぶやいた。たしかにジール、ノクト、シーナ、ルサンヌの四人を形容すると、そのような表現になるだろう。
「僕の仮説が正しければ、ラック・ハイモンドの仲間にはティーナ姫がいたはずなんだ」
その言葉に、ラックとシーナが互いの顔を見合わせた。これまで秘密にしていたシーナの身元を、なぜこの見知らぬ男が知っているのだろうか?
「あ、ごめん。名乗るのが遅れたけど、僕の名はキャラン・コラウニー。パルタス王立学院で教鞭をとる歴史学者さ」
「キャラン・コラウニー?」
シーナはその名前に聞き覚えがあり、記憶の糸をたどった。
コラウニーと言えば、ラックにオリハルコンのペンダントを託したランデルマードのパーガス・コラウニーと同じ苗字であったし、キャランとは、メーヤルの塔での戦いの後、女神メルネが口にした見知らぬ人物の名前である。
「ところで君たちの名前は?」
キャランに質問され、シーナははやる気持ちを抑えながら自分たちの名前を紹介した。
「私の名前はシーナ・ユモイニー。こっちの大柄な彼がジール・シモリスで、この子がノクト・イワラーム。そして彼女がルサンヌ・ヤンバルトよ」
「シーナ・ユモイニーか。行方不明になったティーナ王女の本名と同じだな」
キャランが首をかしげた。シーナはその言葉に驚いて周りを見渡した。通行人はみな足早に通り過ぎていき、彼らの話に耳を傾けている者はいない。
「ごめんなさい、ここから先は場所を変えて話せないかしら」
「ちょうどよかった。僕も今、同じことを考えていたんだ。良かったら僕の家に来ないか?」
「五人もいるけどいい?」シーナが遠慮がちに尋ねる。
「もちろんさ、歓迎するよ」
キャランの顔はまだ赤かったが、すでに理性を取り戻したようであった。




