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七の王国  作者: 毎留
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第十二章 偽られた歴史(1)

 レッディード王国の王都パルタスに遅い春がやってきた。

 赤土でできた都全体を取り囲む外壁の正門からパルタス城に至る大通りには、薄汚れた茶色い雪がところどころに残されているが、それもいずれ消え去るだろう。

 大通の中央を、真紅の鎧に身を包んだ兵士たちが一糸乱れぬ美しい所作で行進していく。その先では道行く人々が左右に分かれ、兵士たちに道を譲るのが見えた。道の端に座って頭を下げていた物乞いたちが、兵士の姿に驚いて裏通りへと逃げていく。その中に片手や片足のない者の姿もある。物乞いをするためにわざと障害者になることも珍しくない。それがこの国の悲しい現実だった。

 だが、一方で大通りの両脇に立ち並ぶ建物は豪奢なものが多い。黄色や緑色の壁に大理石の彫刻が埋め込まれ、銀色に輝く窓枠の外には美しい花をつけた植物の鉢が置かれていた。外はまだ少し肌寒いが、屋内は温水を利用した暖房設備によって心地よい温度に保たれている。

 その一室で、三人の子供たちが遊んでいた。

 彼らは同じ幼稚舎に通う同級生であり、歳は五歳である。銀色の髪にダークブラウンの瞳、聡明そうな顔立ちの男の子の名はキャラン、もう一人の面長でやんちゃそうな男の子はシャブール、そして赤い髪にピンクのリボンがかわいらしい女の子はマイシーである。

「ねえ、ピグのお人形さん、貸して」

 マイシーが部屋の棚に並んだおもちゃを眺めながら、キャランにねだった。ここはキャランの家にある子供部屋だ。かつてイエローサと呼ばれた南の地方との交易によって財を成したキャランの父は、王都パルタスの大通りに面した一等地に大きな家を建てていた。

 キャランには六歳年上の姉がおり、そのため子供部屋には女の子用の人形もたくさんある。ピグとは、その当時パルタスで流行っていたかわいらしい羊のキャラクターであった。

「うん、いいよ」

 キャランは椅子の上に乗り、棚の上のほうに置いてあった自分の背丈の半分はある大きなぬいぐるみを取ると、マイシーに渡した。

 ふかふかの毛皮に愛らしい笑顔を浮かべ、おしりを地面につけて座ることができるのがピグの人気の秘密である。

「かわいい」マイシーの目が輝いた。

 一方、シャブールはピグには興味がないらしく、部屋の片隅にあった布製のボールを壁に向かって蹴っている。

「それ、くらえ」

 シャブールはしばらく壁と格闘していたが、やがて飽きたのか、今度はマイシーにぶつけてきた。

「痛い、何するの?」

 マイシーが大きな声を上げる。しかしキャランはそれを無視して一人で本を読んでいた。横ではシャブールとマイシーが手を挙げて、相手を叩きあっている。

「もう、シャブールなんて嫌い!」

 マイシーはふてくされたように言うと、キャランのそばに寄ってきた。

「ねえ、何を見ているの?」

「この絵本、好きなんだ」

 キャランが一冊の絵本をマイシーに見せた。マイシーはそれを手にとってページをめくってみたが、まだ読むのは難しそうであった。

「私、こんなの読めない」

 本をつき帰すマイシーに、キャランが得意げに言う。

「じゃあ、僕が読んであげる」

「読めるの? すごい」

 マイシーが横にちょこんと座るのを待って、キャランは嬉しそうに本を読み始めた。

 少し離れた場所では、シャブールがピグのぬいぐるみと兵士の人形を使って一人で戦いごっこを始めていた。


『ダッセル王と乱暴な男』

 むかしむかし、この世界は三つの王国に分かれていました。

 それらの国の名は、レッディード、イエローサ、グリンピアです。

 三つの国は互いに争いを起こし、そのせいで人々はとても苦しんでいました。

 中でもグリンピア王国にはラック・ハイモンドというとても乱暴な男がいました。

 ラックはダッセル王のお妃様になるはずだったティーナという女性を誘拐してしまいました。

 それからイエローサ王国に侵入して内乱を起こし、シシカ女王を殺してしまいました。

 さらにラックはレッディード王国にも攻めこんで、王城で大暴れしたので、多くの死者が出ました。

 人々は恐怖にふるえましたが、そこに現れたダッセル王がラックを倒しました。

 それを見た人々が言いました。

「ダッセル王、万歳! レッディード王国、万歳!」

 しかし、そのうわさを聞いたグリンピアのタイラー王とイエローサの新しい女王アジェカは、勇敢なダッセル王に嫉妬しました。

 最初にグリンピア王国が攻めて来ましたが、ダッセル王の家来だったシャンツたち赤いトラが、タイラー王とダン王子を討ち取りました。

 次にイエローサ王国も攻めてきましたが、レッディード王国は正義の力でアジェカ女王とイエローサ軍を倒しました。

 こうしてダッセル王は世界を一つの国にまとめ、平和な世の中を作ったのです。


「これ、昔の立派な王様のお話ね」

「そうだよ。このラックという奴、とても悪そうな顔をしているだろ。それをやっつけた王様なんだ。僕も大きくなったら、この王様みたいな立派な人になるんだ」

 そう胸を張るキャランに、マイシーが笑顔を浮かべた。

「それならその時はね、私はキャランのお嫁さんになる!」

「本当? だったら約束しようよ!」

 キャランが右手を突き出すと、マイシーも右手を突き出して交差させた。

「テラノム・サーサスール」と唱和するが、しょせんは子供同士の他愛ない約束である。

 キャランが放り出した真新しい絵本の裏表紙には「王国暦187年発売」と書かれていた。



 それから十五年の歳月が流れた。

 王国暦202年――と言っても、それはレッディード王国の暦である。グリンピア王国暦419年にリューネ・ディルマーがレッディード王国を建国し、その年をレッディード王国歴元年と定めたので、グリンピア王国歴では620年に相当する。

 ラックたちが黒い霧の中に消えたのがグリンピア王国暦528年。それからすでに九十年以上の歳月が経っていた。

 あの事件後すぐに、赤いトラの隊長であったイギスはその妻子と共に失踪しっそうし、副隊長であったシャンツが隊長に昇任した。

 後世の歴史は、イギスたちのその後の消息を伝えていない。

 それから二年後のグリンピア王国暦530年、レッディード王国のダッセル王はグリンピア王国に宣戦布告した。武力と武勇でまさるレッディード軍は最初に、グリンピア王国の北にある交易都市バイシャを攻め落とした。そして豊富な資金力を得て、イエローサ王国から重火器を買い集め、同532年に首都カシウスへと攻め入った。そこには友軍としてカプリー・リスロード率いるイエローサ軍もいたという。

 人間たちの争いに神々は参加せず、一か月にわたる首都大決戦の末にカシウスは陥落かんらくした。自らグリンピア軍の指揮をったタイラー王、そして十七歳の若きダン王子はこの戦で亡くなり、五百年以上の永きに渡って続いたグリンピア王国はついに滅亡の時を迎えた。王宮や女神マイヤの住まう神殿も破壊されたが、そこにマイヤの姿はなかったという。王宮の入口には古代ネリシア語の記された扉があり、そこだけはいくら物理的衝撃を加えても破ることはできなかった。

 カシウス陥落後、レッディード軍による略奪が行われた。金目の物は強奪され、住む家を失った人々は街の外と追いやられた。イエローサ軍を指揮するカプリーは激しく抗議したが、それはアジェカ新女王からの正式な通達ではなかったため、レッディード軍によって無視された。だからと言って、本国の命令なしにレッディード軍に戦を仕掛けることはできない。かわりに伝達の馬を走らせたところ、戻ってきた女王からの命令は「カシウスを追われた人々を護衛しながらメーヤルの塔まで帰還せよ」というものであった。

 カプリー率いるイエローサ軍も長い遠征によって兵糧が尽きかけており、さらには着の身着のままでカシウスを追い出された人々を護衛しなければならなかったため、メーヤルの塔まで戻ってきたときには餓死者が出るまでに衰弱していた。それでも本国の警備にあたるリューイ・レイレリールらと合流し、ミルド修道院や近隣の家屋を開放してカシウスからの難民たちを受け入れたその夜、レッディード軍からの夜襲を受けた。

 カシウスで略奪した物品で補給を行い、交易都市バイシャを拠点にするレッディード軍と、その過半数が衰弱し、難民や住人を守りながらの戦いを強いられたイエローサ軍では、力の差は明らかだった。三日間の短期決戦で決着がつき、その中でリューイやカプリーも戦死した。

 王国の精神的支柱であるメーヤルの塔と主だった正規軍を失ったイエローサ王国はレッディード軍の侵攻に合わせて投降を繰り返し、翌年――グリンピア王国歴533年にイエローサ王国も終焉しゅうえんの時を迎えた。

 だがレッディード王国はこれらの史実を封印し、後世に伝えることを禁じた。子供たちが手に取る本はかつてキャランが朗読したような内容に限られ、そこではダッセル王は世界を再統一したレッディード王国の偉大なる中興ちゅうこうの祖として語られていた。そしてその敵役として、ラック・ハイモンドという人物がすべての悪行を背負わされたのである。

 歴史の評価という言葉がある。

 だが、それは後世の為政いせい者によって都合よく捏造ねつぞうされる危険性をはらんでいるのかもしれない。

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