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七の王国  作者: 毎留
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第十一章 女神マイヤの真実(2)

 二頭のドラゴンの直撃を受けたソドが炎に包まれ、雄たけびを上げる。炎が弱くなるとともにその体は次第に白みを帯び、かつてミシラルド修道院に安置されていいたメルネと同じように白い石像へと姿を変え、動かなくなった。

「ラックが勝ったのか?」

 テミーシャに抱きかかえられて勝負の行方を見守っていたイギスが、声をしぼり出した。テミーシャは目に涙を浮かべながらうなずく。

「ええ、あなたのライバルはとても強かったわ」

「そうだな。それに引き換え、俺はかけがえのない友を自らの手で殺してしまった」

 イギスの目には、雪原を赤い血で染めて倒れるパーガスの姿が映っていた。

「……」

 テミーシャは言葉を失い、イギスを力いっぱい抱きしめた。こんな時、イギスに余計な言葉はかけないほうが良いことを、テミーシャは誰よりもよく分かっていた。

「お父さん、大丈夫?」

 無邪気な言葉をかけるレイリアに、イギスは笑顔を作ってうなずいた。手負ておいとは言え、ダッセルの軍勢が束になってかかってきても負けるつもりはない。この二人を連れて祖国を逃げ出そう。そう心に決めた。

 一方、赤い甲冑に身を包んだ他の兵士たちとダッセル王は、王国の守護神ソドが他国の人間に負けた現実を受け入れられず、ただ呆然としている。

「俺は武神ソドを倒したのか?」

 半信半疑のまま自問するラックの目の前に、再びマイヤが空から舞い降りてきた。

「いいえ、ソドは休眠状態に入っただけ。私たちは大きなダメージを受けると白い石像のような姿に変わり、傷が癒えるまでの間、そのまま時を過ごすのよ。復活までの歳月はダメージに比例するけど、この程度なら百年足らずで蘇るでしょうね」

「私たち? それはあなたと武神ソド、そして女神メルネのことですか?」

「ええ」

 ラックが尋ねると、女神マイヤがうなずいた。彼女はグリンピア王国史のすべてを見てきたはずである。ラックは思い切って質問してみてみることにした。

「ところで女神マイヤ、あなたは漆黒の破壊神について知っていますか?」

「ええ、もちろんよ」とマイヤが再びうなずく。

「俺たちはノキリの村で漆黒の破壊神の計画を阻止せよという予言を目にしました。これはどういうことですか?」

「ノキリの村で? それは一体どのような形で伝えられていたの?」

 マイヤの顔に、ほんのわずかだが動揺の色が浮かんだ。

「村の墓地にある石板に、古代ネリシア語でそう記されていました」

「……なるほど、あの人はそんな言葉を残していたのね」

 マイヤの横顔はどこか寂しげであった。

「まあ、いいでしょう。私たちはお互いに、自分の正義に忠実であっただけだから」

 何かを断ち切るように首を振ってから、マイヤはラックに向き直った。

「ここから先の答えはあなたたち自身で見つけ出しなさい」

 その声は優しいが、同時に一切の質問を受け付けない冷たさをも宿していた。

「ラック、あれを見て」

 その時、不意に背後からシーナの声が聞こえた。ラックが振り返ると、シーナから少し離れた場所に黒い霧のようなものが浮かんでいる。初めて見るその不思議な漆黒の霧を見つめながら、ラックはあることを思い出した。

「あれは? たしかパーガスさんの家で見た古代文字の碑文に書かれていたよな」

 その言葉にシーナがうなずき、記憶の中の文章をゆっくりと朗読した。

「我は神々の言葉でこの文を伝える者なり。グリンピア王国歴紀元前33年、ネリシア王国に五人の神々が現れたもうた。すなわちラプラス、マイヤ、ソド、メルネ、セルナの五神である。その偉大なる力を前に、もはや不要となったかつての文明は打ち捨てられた。新たなる神々の時代が到来したのだ。特に虚空に浮かぶ漆黒の入り口は、我らがデルタイの源であり、我らを導くものである。漆黒の入り口を見つけし者たちよ、決して心の中の希望を見失うことなく、その先へと進むが良い。好運が汝らと共にあらんことを願う」

「そう、それだ。心の中の希望を見失うことなく、漆黒の入り口の先に進めと書いてあった」

 女神マイヤが何か大事なことを隠していることは分かっていた。きっとこれ以上のことは教えてくれないだろう。それならばパーガスの祖先、つまり剣士カシウスの仲間が残した碑文を信じるより他にない。

「俺はあの中に入ってみる。みんなも一緒に来てくれないか?」

 ラックはシーナ、ジール、ルサンヌ、ノクトの顔を順に見た。みな驚きと戸惑いの表情を浮かべたが、女神マイヤは黙って見守るだけで何も語ろうとはしない。

「ええ、いいわ。私にはもう戻る場所なんてないから」

 しばらくの沈黙の後、最初に声を発したのはシーナであった。その右肩には黒猫のナノが乗っている。

「それなら私も行きます」ルサンヌが小さく手を挙げた。

「もちろん俺も行くぜ」

 ジールの脳裏に、「ラックは何があってもお前が助けてやれ」というガイルの言葉がよぎった。

「だったら俺も」

 ノクトがあわてて同調した。レッディード王国の軍勢の中に、一人だけ取り残されるわけにはいかない。

 それを聞いたラックが嬉しそうな顔で皆の顔を眺めた。

「よし、決まった。あの碑文を信じて、この先へと進むぞ」

 ラックは聖剣と七個のペンダントを手にしたまま、真っ先に黒い霧の中へと飛び込んだ。そして他の四人とナノもそれに続く。

 それは、彼らが遠い時空の彼方へと旅立つ瞬間であった。

「さようなら、ナノ」

 女神マイヤは彼らが黒い霧の中へと消えるのを見届けてから、再び空へ飛び立とうとした。そこに上空から声がかかる。

「ソドがまた休眠しちゃったねぇ」

 見上げると、そこには自らの羽で飛翔するメルネの姿があった。

「仕方ないわ。彼は少し短絡的なところがあったし、これも予定されていた出来事なのでしょう?」

「そうだよぉ、大王陛下のデルタイによって結ばれたこの世界ではねぇ、神はサイコロを振らないのぉ。定められた未来に向かってぇ、進んでいくだけだよぉ」

「でも古代ネシリア王国の強大な兵器に対抗するためとはいえ、私たちの側もかなり犠牲を強いられるのね」

 マイヤがため息をついた。そこには、あの人に心の底では信頼されていなかったのだという寂しさもある。

「マイヤ様ぁ、かわいそう。『漆黒の破壊神の計画を阻止せよ』なんて書かれちゃってぇ。本当はぁ、マイヤ様のイメージカラーは鮮やかな紫色なのにねぇ」

「仕方ないわ。私のイメージカラーは、地球人たちの眼には紫色ではなく紫外線になってしまって、漆黒に見えるようだし」

「だからぁ、マイヤ様が漆黒の破壊神と呼ばれるようになったんだよねぇ」

 メルネが口をとがらせると、それまで神々のやり取りを黙って聞いていたイギスが驚きの声を上げた。

「漆黒の破壊神だと?」

「そうだよぉ。マイヤ様はねぇ、古代ネリシア王国時代にそう呼ばれていたんだよぉ」

「バカな、漆黒の破壊神がなぜグリンピア王国の女神になれたのだ?」

「それはねぇ、グリンピア王国の初代カーウィン王がぁ、国中で言論統制をしたからだよぉ」

「なぜ、そんなことを?」

「私たちとのぉ、共存を夢見たからだよぉ。でもそのためにはぁ、マイヤ様がぁ、古代ネリシア王国を衰退させた張本人であることをぉ、隠す必要があってねぇ」

「メルネ、そのくらいにしなさい。お喋りが過ぎるわ」

 マイヤが眉をひそめると、メルネは「はーい」と肩をすくめた。

 イギスは信じられないといった面持ちでマイヤを凝視した。背中に羽を持ち、緑色のローブを着たこの美しい女が、今から五百年以上前に古代ネリシア王国を滅亡へと追いこんだ漆黒の破壊神だと言われても、にわかには受け入れがたい。

 マイヤは困惑しきりのイギスを一瞥いちべつしてから、ダッセル王に向き直った。

「あなたがこの国の王、ダッセルね?」

「ああ、そうだ」

 ダッセルが胸を張ると、マイヤは瞬時に間合いを詰め、その頬をはたいた。ダッセルの体が後ろへと吹き飛ぶ。

「身の程をわきまえていないようだけど、あなたがこの国の王、ダッセルね?」

「だからそうだと言っておろう……」

 マイヤはその細い左腕でダッセルの襟元をつかみ、ひょいと体ごと持ち上げた。ダッセルは宙に浮いた両足をばたつかせ、両手でマイヤの左腕を引きはがそうとする。しかしその細腕は微動だにしない。

「あなたがこの国の王、ダッセルね?」

 再三の質問が飛ぶ。その冷ややかな声に、ダッセルは何度もうなずいた。

 マイヤはダッセルの体を左腕一本で放り投げ、ゆっくりと歩み寄った。

「あなたがこの国の王、ダッセルね?」

 有無を言わせぬ四度目の質問。一瞬の沈黙が訪れ、すぐにダッセルがひれ伏した。

「はい、左様でございます。グリンピア王国の女神マイヤ様」

 その言葉にマイヤがゆっくりとうなずく。

「貴国の守護神である武神ソドは、フレイム・ドラゴンによるダメージで百年弱の休眠状態に入りました。今ここで私とメルネを敵に回すなら、今日をもってあなたの人生と貴国の歴史は終わります。それでも良いですか?」

「いいえ、どうかお助けを」

 ダッセルが自らの額を雪原にりつけた。

「それならソドの不在を隠し、戦力を整えて我がグリンピア王国に攻めこみなさい」

「え?」

 ダッセルが顔を上げた。マイヤの意図が分からず、途方に暮れている。

「言葉通りの意味よ。グリンピア王国を滅ぼし、次にイエローサ王国に攻め入り、あなたがこの世界の王になりなさい。あなたにその気があるなら、私とメルネが協力するわ」

「この俺が世界の王に?」

 権力欲の強いダッセルは、一瞬でその言葉に取りかれたようであった。

「私の名はマイヤ、グリンピア王国の守護神です」マイヤが宣言する。

「私はイエローサ王国の守護神メルネだよぉ」メルネがそれに続いた。

「私たちの計画に協力するなら(ぁ)、あなたを世界の王にしましょう」

 二人の声が唱和すると、ダッセルは自分の額を雪原に何度も叩きつけた。その姿を見て、マイヤとメルネは無言でうなずき合う。

 私たちの祖国、アンゴルモア王国の大王ラプラス陛下、これで私たちの計画成就にまた一歩近づきましたよ。

 マイヤはそう心の中でつぶやいた。

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