第十一章 女神マイヤの真実(1)
王城の中庭に広がる雪原の一角が焦土へと変わり、凄まじい爆風がラックとイギスに襲いかかった。
二人の体は後方へと吹き飛ばされ、巨大な雪煙が舞い上がる。雪煙を巻き込んだ爆風は強烈な吹雪となり、その場にいた人々に襲いかかった。ある者は後ろに倒れこみ、ある者は腕で顔を覆ってそれを堪えている。
やがて静寂が訪れた。
雪煙で不良だった視界が次第に晴れてくる。シーナが目を凝らすと、二人は雪原に倒れていた。
「ラック、大丈夫?」
シーナが駆け寄る先で、ラックがゆっくりと立ち上がった。その視線はイギスに注がれていたが、一瞬だけシーナに振り返り、鋭い声を上げる。
「来るな! まだ勝負はついていない」
それと同時にイギスも立ち上がった。テミーシャはレイリアの目を右手で覆ったまま、二人の勝負を遠くから見守っている。
「ティーナ姫、巻き添えになりたくなければ離れているが良い」
イギスの言葉に、シーナはゆっくりと後ずさりした。
ラックもイギスも少しふらついていた。あれだけの爆風で吹き飛ばされたのだから無理もない。
「さあ、もう一度だ」
「来い」
ラックとイギスが再び同じ構えを取り、睨みあった。
「フレイム・ドラゴン!」
「トルネード・ロール!」
再び巨大な竜巻と炎のドラゴンが激しくぶつかり合い、爆風を生み出す。
しかし最初ほどの威力はなかった。二人のデルタイはまったくの互角だが、前回の衝突で吹き飛ばされて距離が離れていたこともあり、二人とも何とか吹き飛ばされずにその場で堪えていた。
「俺はあと一発が限度だろう」イギスが珍しく弱音を吐いた。
「そうか、俺も同じだ」
「次が最後の勝負だな」
イギスが再び構えを取った。ラックも同様に構える。二人が睨みあったまま、静かな時が流れた。
――なぜそこまでして戦うの?
そんな疑問がシーナの胸に去来した。もうこの戦いをやめて欲しかった。でも、その言葉を口にすることはできなかった。ジールやルサンヌ、ノクト、そしてテミーシャまでもが、みな同じ思いで二人の対峙する姿を見つめていた。
冷たい風が吹きつける中、二人の周りにはなぜか陽炎が立ちこめている。
最後の勝負に向けて、二人の闘気が高まった。
「フレイム・ドラゴン!」
「トルネード・ロール!」
巨大な竜巻と炎のドラゴンがぶつかり、再三の爆風がその場を襲った。
ラックはさらにもう一度、剣を持つ右手に力をこめた。炎のドラゴンが竜巻を押し戻す初めての感触が得られる。
イギスも何とかはね返そうとするが、わずかに力負けして後方に吹き飛ばされた。一方のラックは何とかその場で堪えている。
雪原に倒れたイギスが辛うじて上体を起こしたが、もはや立ち上がる気力はなかった。雪で覆われたパルタス城の中庭に、決着の時が訪れた。
「俺の負けだ、とどめをさせ」
イギスが観念したように言う。しかしラックは首を横に振った。
「馬鹿を言うな。あの時の俺がどれだけ辛かったか、お前に分かるのか? その思いをあの子にさせるつもりか?」
その見つめる先には、テミーシャに抱かれたレイリアの姿があった。
「……かたじけない。俺の完敗だ。これを受け取ってくれ」
イギスは三つのペンダントをラックに差し出した。聖剣はすぐ近くに転がっている。
「剣士カシウスの伝説がこれで揃ったのか」
ラックは感慨深そうに聖剣の柄を握りしめた。古代ネリシア王国の文字が刻まれた鞘は、古めかしくも美しい意匠で彩られている。その片面には七つのくぼみがあり、ラックがそこにペンダントをはめこんでいくと、深紅のオリハルコンが一段と輝きを増したように感じた。言い伝えが正しければ、これで聖剣はその鞘から抜けるはずだ。
……しかしどういう訳か、どれだけ力を入れても聖剣の鞘はびくともしなかった。ラックが困惑していると、不意に遠くから野太い声が聞こえてくる。
「やはりまだ復活しないようだな。安心したぞ」
振り返ると、そこには身長が7プース(2.1メートル)近くもある筋肉質の大男が立っていた。紫色の髪に茶色の瞳、赤黒い肌をしている。この寒い中、上半身は肌の上に直接胸当てを当てただけであり、体に密着する膝丈ほどの赤いスパッツを履いていた。そしてその背中には、女神マイヤやメルネと同じ、白く長い羽が生えている。
「ソド様、どうしてここに?」
ダッセル王が声を上げた。しかし大男はダッセルなど眼中にない様子で、ゆっくりとラックに近づいてくる。この背中に羽を持つ男こそ、レッディード王国の守護神である武神ソドに違いない。
「さあ、それを俺に渡せ」
「なぜ? これは元々グリンピア王国の物だったはずだ」
ソドの意図を測りかね、ラックがおそるおそる質問した。一方のソドは勝ち誇った笑みを浮かべている。
「イギスに聖剣を持たせ、お前たちを泳がせておけば、いずれ聖剣と七個のペンダントが集まると思っていたぞ。もう一度言ってやろう。お前が持っている聖剣を俺に渡せ。それはやがて蘇られる大王陛下にとって脅威になるのだ」
「大王様?」
話の全貌は分からないが、剣士カシウスの聖剣を脅威と呼ぶソドがラックの敵であることは、何となく理解した。
「さあ、よこせ」
「断る」
「バカめ、聖剣の力なしにお前がこの俺に敵うと思ったか?」
ソドがその太い右腕を振り上げ、振り下ろすと同時に、巨大な岩石の群れが猛烈な勢いでラックに襲いかかった。
「ロック・ストリーム!」
「プロテクト・ウィル!」
ソドとルサンヌの声が同時に響いた。ラックめがけて襲いかかった岩石が、目の前に現れた空気の壁にぶつかり砕けていく。
しかしルサンヌのデルタイでもソドのデルタイを完全に抑えきることはできず、ラックは衝撃で後ろに吹き飛ばされた。その破壊力は恐らくラックのフレイム・ドラゴンを上回るだろう。
イギスとの戦いの直後、こんな戦いに巻き込まれるとは考えてもみなかった。しかも聖剣は鞘から抜けないままだ。この状態で戦ってもラックに勝ち目はないだろう。だからと言って、戦わずに見逃してくれそうな相手でもない。
ラックが覚悟を決めて自らの剣を再び抜くと、ソドの顔に恐怖の色が浮かんだ。
「やめろ、それを俺に向けるな。俺は先端恐怖症なのだ」
両腕で顔を覆い、目を背けるソドの姿を見て、ラックは思わず脱力してしまった。女神メルネがどこか緩い系の少女だったことにも驚いたが、武神ソドが先端恐怖症というのも間が抜けている。だが、決して油断できる相手でないことは百も承知であった。
ラックがフレイム・ドラゴンを放とうと構えたその時、上空から聞き覚えのある声がした。
「待ちなさい」
そこには自らの羽で羽ばたく女神マイヤの姿があった。マイヤはシーナのそばに降り立ち、ゆっくりと歩み寄る。
「あなたとの約束を果たす時が来たわね」
「え?」
シーナが困惑の表情を浮かべた。彼女にはマイヤと約束を交わした覚えはない。
「ヒントをあげましょう。聖剣の復活には合言葉が必要なの。それは私たちの母国の言葉であり、あなたたちもよく知っている言葉よ」
そう言われて、シーナの脳裏に「テラノム・サーサスール」という言葉が浮かんだ。よく知っている合言葉と言えば、他に心当たりはない。しかしそれは古代ネリシア王国の言葉だったはずだ。もしそれが女神マイヤたちの母国の言葉だとするなら、彼女たちは何者で、自分たちは何者なのだろう?
「マイヤ様、そいつらに力添えするとはどういう了見ですか?」
ソドの野太い声が聞こえた。
「ソドこそ戦いの直後で相手が弱ったところを襲うなんて、それでも私たちの祖国の兵士長なの?」
マイヤが鋭いまなざしで叱責すると、ソドは一瞬ひるんでから頭を下げた。
「面目ありません」
「まあいいわ。私が彼らに力を貸すのはここまでよ。私も臣下の一人として、大王陛下の計画に従います。でも別の可能性を模索してみたい気持ちがあったことは否定しないわ」
マイヤの横顔が一瞬だけ憂いを秘め、それからラックに向き直った。
「さあ、あとはあなたたち自身で何とかしなさい」
そう言い残し、マイヤは再び上空へと飛翔した。ここから先は傍観者に徹するつもりなのだろう。
「ラック、合言葉はきっとテラノム・サーサスールよ」というシーナの声に、ラックがうなずいた。
「俺もそう思う。テラノム・サーサスール!」
その声に呼応して、つい先ほどまであれほど硬かった柄が抵抗なく動き、その刀身が鞘から姿を現した。それは伝説どおりオリハルコンでできており、雪原の乱反射を受けて炎のように赤く燦然と輝いている。
「これがアトラス、希望という名の聖剣か」
ラックが感慨深げにつぶやいた。
今、五百年以上の時を経て、聖剣とその使い手が完全復活したのである。まだすべてが腑に落ちたわけではなかったが、少なくともソドが自分の敵であることは理解できた。体力の回復というには程遠いが、それでも聖剣を握りしめていると体の奥底から力があふれ出すのを感じる。
もう、後には引けない。このまま武神ソドと戦うしかないのだ。
「待たせたな、ソド。相手になろう」
ラックが聖剣を手に、フレイム・ドラゴンを放つ姿勢を取った。ソドは剣先を嫌がるそぶりを見せながらも、その右腕を振り上げる。
「ロック・ストリーム!」
再び巨大な岩石の群れがラックに襲いかかった。それに対してラックも自らのデルタイを放つ。
「フレイム・ドラゴンズ!」
聖剣の先から放たれた無数の炎が、岩石の群れを的確に撃墜していく。
以前なら命中精度を高めると威力が落ちてしまったものだが、いつの間にか極めて高い精度のまま、全力でデルタイを放つことができるようになっていた。しかもその破壊力も聖剣によって増幅されている。炎のように燦然と輝くオリハルコンと、炎の属性を持つフレイム・ドラゴンは、相性が良いのかもしれない。
一方、自分のデルタイを真正面からすべて撃破されてしまったソドが、焦りの表情を浮かべていた。
「今なら、あいつを倒せるかもしれない」
ラックはこれまで何度も練習しながら、ほとんど成功したことのないあの技を試そうと思った。一度に複数の炎のドラゴンを放つこと、それを曲げること、そして極めて高い命中精度と威力、それらがすべて同時に求められる高度な技である。
ラックは利き足である右足を一歩後ろに引き、右手で聖剣を構え、左手を前方に大きく伸ばした。そしてそのまま精神統一をする。
「こしゃくな」
ソドの右腕が振り下ろされ、巨大な岩石の群れが襲いかかってきた。しかしラックはそれをギリギリで見極め、最小限の動きでかわしていく。
ソドのデルタイも破壊力そのものは凄い。神を名乗るだけのことはある。しかし比較的単調な攻撃しかできないため、もはや今のラックにとって脅威ではなかった。
「今度はこちらの番だ!」
オリハルコンの剣先から二頭の巨大な炎のドラゴンが生まれ、ソドから左右に外れた場所へと飛んで行く。
「外したな」
ソドが勝ち誇ったように笑みを浮かべた。しかし次の瞬間、二頭のドラゴンが突然その軌道を変えてソドへと襲いかかる。別方向から襲いかかるフレイム・ドラゴンが一点に集約したとき、共鳴現象が起き、そこでの破壊力は何倍にも跳ね上がるのだ。
「フレイム・ドラゴンズ・クロス!」
それはラックの会心の技が決まった瞬間でもあった。




