第十章 パルタスの決戦(3)
青い空と赤土の高い壁、白い雪で覆われた大地が色鮮やかなコントラストを描き出していた。王都パルタスを取り囲んでそびえ立つ外壁は視界の彼方まで続き、外部からの侵略者をかたくなに拒んでいる。ラックたちの正面には城下町へと入る高さ20プース(6メートル)、幅40プース(12メートル)ほどの巨大な通用門があり、商人や農民など様々な人が出入りしていていた。真紅の鎧に身を包んだ兵士たちが整列し、一糸乱れぬ美しい所作で通用門の奥へと入っていく。
すでにナノから情報を得て、ラック達は様々なことを知っていた。王城前の広場では、騎馬隊を含むおよそ三千の兵力がラックたちを待ち構えていること。イギスはその奥にあるパルタス城の入り口でラックたちを待ち受けていること。その妻子が王城の東塔に幽閉されており、パーガスが救出に向かおうとしていること。
そしてそれに対する作戦も一応は考えてあった。初めての場所で、三千の敵兵を相手にして作戦通りに行くのか自信はなかったが、ここまで来たらもうやるしかない。
かつて剣士カシウスやその仲間たちは漆黒の破壊神が復活することを暗に予言し、それぞれの地でその子孫たちがペンダントと伝承を受け継いできた。それが現在、五百年以上の時を越えて再び一つに集結しようとしている。今さらそこに背を向け、イギスとの再戦もグリンピア王国の誇りである聖剣を取り戻すこともすべて諦め、尻尾を巻いて逃げ出すことは念頭になかった。
「さあ、行こうか」
ラックの言葉を合図に、五人は横一列に並んでパルタスの通用門に向けて歩き出した。その一番端には黒猫のナノもいる。
「ラック・ハイモンドとティーナ姫の一行が正面からこちらに向かってきます」
見張り役として立っていた兵士が声を上げた。ラックとパーガスの試合に立会い、その翌日ダッセル王に報告するためにランデルマードからパルタスまで馬を飛ばしたあの兵士である。ラックたち全員の顔を知っている貴重な人間として、見張り役を仰せつかっていた。
ラック達は悠然と歩を進めていくが、その前に立ちはだかる者はいない。
何しろ相手はパーガスのデルタイをものともしなかったフレイム・ドラゴンの使い手である。絶対の自信があるのかもしれない。そう思った兵士たちの多くは身がすくみ、動くことができなかった。
「通用門を閉めろ」
誰かが大声を張り上げた。立ち向かうことはできなくても、門を閉めるだけなら可能だ。鈍い音を立てて巨大な通用門が閉まり始める。
だがそれでもラック達は走り出したりせず、悠然としていた。やがて通用門の手前、50プース(15メートル)ほどの場所で五人は立ち止まった。
「弓隊、撃て」
その合図と共に、距離を置いて周りを取り囲む兵士の群れから一斉に矢が放たれた。同時に門の上からは、人間の頭くらいはあろうかという大きな石が彼らめがけて落ちていく。しかしそれらはすべてルサンヌのプロテクト・ウィルによって跳ね返された。目には見えないが、彼らの周りを半円形の空気の壁が覆っているのだ。
「攻撃中止」
それを見た指揮官が声を張り上げた。これ以上攻撃を続けても、意味がないのは明らかである。
攻撃がやんだのを待ち、ルサンヌがプロテクト・ウィルをそっと解除した。それと同時にジールが斧を取り出す。
「アース・インパルス!」
雪原を切り裂く衝撃波が、銅でできた分厚い通用門に襲いかかった。爆音と共に銅の塊が大きく歪むのを見て、門の内側にいた兵士たちが後ずさる。本当は一度で門に風穴を開けることもできたが、それではその向こう側で死傷者が出るかもしれない。だからわざと門をへこませる程度に加減していた。
「それ、もう一度くらえ」
ジールが声を張り上げると同時に通用門が爆音を上げ、雪が噴煙のように舞い上がる。しばらくしてそれが晴れると、通用門には人が通れるほどの穴が開いていた。
五人と一匹はその穴に向けてゆっくりと歩き始めた。もう通用門の外にいる兵力ではどうすることもできない。内側で待つ本隊に任せるより他になかった。
ラック達が門の穴をくぐり抜けると、眼前には王城へと一直線に伸びる大通りが広がっていた。ここから王城までは10スタディオン(1.8キロ)以上離れているだろうか?
通りの両脇には大型の商店や富裕層の家屋、さまざまな政府機関が軒を連ねているようである。夜になると明かりが少なく闇に包まれる王都パルタスだが、この大通りにはかなり立派な建物が立ち並んでいた。王城の手前には何万人という人が集まれそうな巨大な王城前広場があり、そこでレッディード軍の本隊三千人が陣を張っている。
町への被害を最小限に食い止めるのであれば、本隊を外壁より外に展開すべきだが、ダッセル王の命令はあくまで王城の守備だった。そのため、ここに布陣していたのである。
もっともラック達は破壊者でもなければ、略奪者でもない。大通り脇に立ち並ぶ建物やそこにいる人々に危害を加えるつもりはないのだから、結果的に王城前広場に本隊を展開していても間違いではなかった。
やがてラックたちが広場に差しかかろうとした時、彼らの前に一人の兵士が立ちはだかった。馬上で赤い甲冑を身にまとい、その胸当てにはトラの紋様が描かれている。赤いトラの隊員に違いない。日に焼けた精悍な顔立ちであり、歳は三十歳前後といったところか?
「皆さん、はじめまして。僕は赤いトラで副隊長を務めているシャンツ・アスロイムと言います」
男は馬から軽快に降りると、ラックたちに会釈をしながら名乗った。ラックはその名前に聞き覚えがある気がして記憶をたどり、すぐに思い出した。
そう、かつて諜報活動のためハプスの村で半年間暮らしていたという赤いトラ隊員、ディンツ・アスロイムと同じ苗字なのだ。
「僕の兄が半年かけても手に入れることができなかったハプスの村に伝わるペンダントを、皆さんが持っていると聞きました。それを譲ってもらえませんか?」
シャンツが人懐っこい笑顔を浮かべた。口調は丁寧で腰も低いのだが、どこか自信に満ちあふれている。それもそのはず、副隊長ということはイギスに次ぐ実力の持ち主なのだろう。
ラックの本能が警戒信号を発した。
「気をつけろ。こいつもデルタイの持ち主かもしれない」
「さすがに察しがいいですね」
シャンツが右手の指をぱちんと鳴らすと同時に、ラックの目の前で雪を載せた地面の一部が柱状になって飛び出してくる。
「だまし討ちは好きじゃないのでね。一度だけ僕のデルタイを見せておきます」
シャンツの表情には相変わらず余裕が感じられた。ラックはその一挙一動を凝視したまま、ルサンヌに小声でささやく。
「足元にプロテクト・ウィルを作れるか?」
「ええ、作れると思います。でもその状態で下から地面の柱が出てきたら、私たち全員がプロテクト・ウィルの床ごと上空に突き上げられてしまうかもしれませんよ」
ルサンヌが自信なさげに答えた。どうやら別の方法を考えるしかなさそうだ。
とはいえ、周囲からの攻撃に備えて半円形のプロテクト・ウィルを維持したままでは、ラックやジールのデルタイはその外側まで届かない。この状況で相手の動きを封じるには、ノクトのグラビティ・クラッシュがうってつけだろう。
「ノクト、お前のデルタイであいつの動きを封じてくれ」
「分かった」
ノクトはシャンツに向けて右手を差し出そうとするが、それより早く足元の地面が地中から飛び出し、ノクトの体を吹き飛ばした。ラックたちが呆気にとられる中、ナノがとっさに羊に化け、落ちてくるノクトをその背中で受け止める。
「いててて」
ノクトが弱々しい声を上げた。何とか無事のようである。シャンツが再び自信に満ちあふれた笑みを浮かべた。
「彼が重力を操ることはイギス隊長から聞いています」
ノクトがそのデルタイに目覚めたのは、イギスたち赤いトラがノキリの村を襲ってきた時である。副隊長のシャンツがそれを聞いていても不思議ではなかった。
さらに困ったことに、シャンツのデルタイは溜めの時間が不要で、瞬時に繰り出せるようであった。またいつ足元から地面の柱が飛び出してくるか分からない。
こうなればプロテクト・ウィルを解除して、ラックやジールのデルタイでシャンツをねじ伏せるしかないか?
ラックは五感を研ぎ澄まして足元に注意を払いつつ、その剣の柄に手を伸ばした。それを見たシーナが彼をさえぎる。
「待って。私に考えがあるの」
「え?」
「シャンツさん、馬が暴れると危ないから気をつけてね」
シーナが微笑むと同時にシャンツの乗ってきた馬が突然暴れだした。シャンツはラックたちに注意を払ったままで十分な回避姿勢をとれず、その後ろ足で蹴り飛ばされてしまう。
「元々私のデルタイは動物たちと話をするだけだったけど、今では少しだけ動物たちを操ることもできるようになったのよ」
愛馬からの攻撃はシャンツの右脇腹にまともに入り、シャンツはもんどりを打って倒れこんだ。うめき声をあげながらうずくまっているところを見ると、肋骨が折れたのかもしれない。それを見たルサンヌが眉をひそめた。
「シーナさん、やりすぎじゃないですか?」
「そうね、でもやらないとやられる。戦場とはそういうところよ」
兵法や帝王学についても一通り学んだシーナは、理想論ではない現実を口にする。
「先へ進むぞ。ノクト、歩けるか?」
ラックが声をかけると、ノクトは右の腰を押さえながら何とか立ち上がった。
「うん、大丈夫さ」
そうは言うものの、ノクトの額には脂汗が浮かんでいた。あまり無理はさせられないだろう。当初は王城に入ったところで二手に分かれ、ラックはイギスと対戦する一方で、他のメンバーが王宮の塔に幽閉されたイギスの妻と娘を助け出すことも考えていたが、作戦の変更が必要かもしれない。
「今から三千の軍勢を強行突破する。無理なら早めに言ってくれよ」
「分かっているよ」
ノクトがうなずいた。
彼らの前方にある王城前広場では、すでに全軍が戦闘体制に入っていた。大盾を装備した歩兵が密集隊形を組み、最前列の兵士が全面に盾を構え、後方の兵士が盾を掲げている。
「あれはテストゥドの陣形ね。弓矢のような飛び道具に強い反面、機動力や白兵戦には弱いとされるけど、フレイム・ドラゴンを飛び道具と考えるなら、妥当な陣形かも」
シーナが相手の戦力を分析した。
その後方には弓隊、騎馬隊がいることも分かっている。一方こちらはノクトが負傷したことで、飛んでくる無数の矢をノクトのグラビティ・クラッシュで一瞬のうちに叩き落とす戦法を使えなくなってしまった。
「ルサンヌ、やっぱり最初の作戦で行きましょう」
「はい、分かりました。シーナさん、ほどほどにしてくださいよ」
シーナとルサンヌがうなずきあう。それと共に敵陣の後方から馬のいななきが聞こえた。シーナのデルタイで馬が暴れ始めたのである。




