第九章 イギスの過去(3)
その二時間後、ラックとパーガスはそれぞれの仲間や部下を連れて、町の郊外にある林の近くに来ていた。
ランデルマードは人口二千人を超えるそれなりに大きな町だが、このあたりまで来ると人の姿はほとんど見かけなくなる。まばらに生える針葉樹林の近くまで大きく蛇行する川が迫り、上流から運ばれてきた砂が川のほとりに白い砂地を作り出していた。ラックたちが近づくと、小さな両生類が砂地の上を走って逃げていく。
もとよりデルタイの使い手同士による戦いである。衆人環視の中では騒ぎにもなるし、人的被害も出かねない。そのため、パーガスはここを決闘の場として選んだ。立会い人はジール、ノクト、シーナ、ルサンヌと、背中に荷物を載せてロバの姿をしたままのナノ、そして赤い甲冑に身を包んだパーガスの部下二名である。
「さっきは意地悪なことを言ったが、私のデルタイが何なのか隠したままでは、君と対等に試合をすることはできない。だから君やイギスのデルタイに似ているとだけ言っておこう」
試合に先立ち、パーガスが自らのデルタイについて打ち明けた。ラックはそれを聞いて小さくうなずく。これで両者の間にハンディはなくなり、あとは実力のみが勝敗を分けることになる。
「ではお互いの持つペンダントをかけて、正々堂々と戦うことを誓おう」
「もちろんです」
パーガスとラックが声を張り上げた。同時に二人は右こぶしを突き出し、正面から軽く接触させる。それはお互いに誓いを立てるときの仕草であった。
両者の視線がぶつかり、その表情が険しくなる。
二人は対峙したまま一歩ずつ後ろに下がり、間合いを取った。まだ空は明るい。川のせせらぎだけが両者の耳に聞こえてきた。
最初に剣を抜いたのはパーガスであった。そのまま剣を左上段に構え、気合の掛け声と共にラックに襲いかかってくる。
だがラックはその一挙一動を見守りながらも、まったく動くそぶりを見せない。
「本気を出さぬなら切り捨てるまで!」
パーガスの斬撃が容赦なくラックに襲いかかる。
「あぶない!」
シーナは思わず目を逸らしたが、それと同時に剣と剣がぶつかり合う金属音が聞こえてくる。
恐る恐る二人の様子を見ると、一瞬で剣を抜いたラックが、その刀身でパーガスの攻撃を真っ向から受け止めていた。
二人は激しく睨みあったまま互いの剣を交差させ、相手のほうに押しやろうと力を振り絞っている。
「楽しいぞ。イギスとの試合を思い出す」
一瞬パーガスの表情が嬉しそうに緩む。同時に渾身の力でラックの剣を押しやって間合いを取り、再び襲いかかってきた。
ガン、ガン、ガン!
川のせせらぎを切り裂いて、激しく剣を打ち合う音が川原に響き渡る。それはしばらくのあいだ絶え間なく続き、そして急にやんだ。
二人は再び間合いを取って対峙していた。パーガスは肩で息をしながら剣を構えているが、ラックは呼吸の乱れもなく平然とした顔で、右手に持った剣をだらりと地面に下ろしていた。
「あいつ、いつの間にかまた強くなってやがる」
ラックの戦いを一番間近で見てきたジールがつぶやいた。もちろんフュード・シューネイルのデルタイによって、フレイム・ドラゴンの威力そのものも以前より強化されているはずだが、それとは別に剣技そのものも以前よりはるかに切れ味を増していた。
「そうなのかい? 俺にはよく分からないけど……」
ノクトがジールを見上げた。
「ああ、俺はこれまで何度もラックの戦いぶりを見てきたから分かるんだ。前回のイエローサでの戦いまでは、俺がもしあいつと戦ったらやや劣勢だろうと感じる程度だったけど、今は正直なところ、勝てそうな気がしねえんだ。やっぱりカシウスの伝説を継ぐのはあいつなのかもしれない。フレイム・ドラゴンの使い手だからじゃねえ。純粋に強いからだ」
「そんなに……」
シーナはジールの言葉に驚きながら、ラックの表情を見た。パーガスと対峙する表情は真剣そのものだが、同時にどこかこれまでと違う落ち着いた雰囲気もあった。
「さすがだな、剣技では完全に私の負けだ。だが、我々の勝負の本番はこれからだ。見せてもらおうか、伝説の剣士カシウスと同じフレイム・ドラゴンの威力とやらを」
パーガスは利き足である左足を一歩後ろに引き、左手で剣を構え、右手を前方に大きく伸ばした。利き足こそ逆だが、それ以外はラックのフレイム・ドラゴンやイギスのトルネード・ロールと同じ構えである。
それを見たラックもある右足を一歩後ろに引き、右手で剣を構え、左手を前方に大きく伸ばした。二人の姿は、ちょうど鏡に映したかのようにぴったりと符号している。
パーガスは大きく深呼吸をすると、そのデルタイを放った。
「ウォーター・イーグル!」
その剣先から水でできた鷹が生まれる。それは羽を広げ、ラックめがけて真っすぐに襲いかかって来た。勢いよく放たれた水はダイヤモンドでさえ切断してしまう最強の剣でもある。当たれば致命傷は免れない。
しかしラックはその軌跡を目で追いながら、最小限の動作でかわした。目標に逃げられた鷹はラックの後方にある巨木を難なく切断し、彼方へと消えていった。その数秒後、激しい地響きと共に巨木が倒れる。
「なぜ反撃しない? 俺を愚弄するのか?」
パーガスが険しい顔で吼えた。しかしラックはそれに答えず、自分の後方で倒れた巨木を振り返った。
「たいした威力だ。グリンピア王国を出る前の俺だったら、敵わなかっただろうな」
その声はどこまでも穏やかであり、落ち着いている。
「パーガスさん、二度は言わないからよく聞いて下さい。俺は剣士カシウスとその仲間、そしてその言い伝えを守ってきた子孫たちを愚弄する気は決してありません。それでもやっぱりあなたは俺には勝てないんだ。俺は今から、あなたが剣を持つ左手を狙ってフレイム・ドラゴンを放ちます。だから右によけて下さい。俺は別にあなたを殺したいわけじゃない」
「何を?」
「二度は言わない」ラックが構えた。
「いくぞ、フレイム・ドラゴン!」
ラックがその剣を繰り出すと共に、剣先から真紅の炎でできたドラゴンが生まれた。胴回りが10プース(3メートル)はあろうかというドラゴンはものすごい勢いでパーガスの左手に襲いかかり、その剣をかすめると、はるか彼方へと消えていく。
パーガスはそのあまりのスピードに避けることもかなわず、ただ立ち尽くしていた。ふと気づくとその剣は柄から先が溶けてなくなり、彼の背後には大きく地面をえぐった後がどこまでも続いていた。
「……降参する。これは素直に負けを認めるしかないな」
パーガスは柄だけになってしまった剣を地面へと投げ捨てた。そして懐からオリハルコンのペンダントを取り出し、ラックに差し出した。
「約束どおり、我が家に伝わるペンダントを君に渡そう」
「パーガスさん、ありがとう」
ラックがパーガスからペンダントを受け取ると、一瞬その輝きが更に増した気がした。これで彼の持つペンダントは四個になる。イギスの持つ三個のペンダントと聖剣を取り戻せば、聖剣は永い眠りから覚め、再びその姿を鞘の中から現すに違いない。
「この勢いでイギスにも勝ってやる」
ラックはその決意を口にした。
「あなたとイギスの関係について教えてください。どうして彼は王位継承者になれなかったのですか?」
いつの間にかラックのそばに駆け寄っていたシーナが、パーガスに質問を投げかける。これについてもラックが勝てば教えてくれる約束だった。
「いいだろう、君たちには話そう」
パーガスは遠い昔の日々を思い出しながら、ゆっくりと語り始めた。




