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七の王国  作者: 毎留
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第九章 イギスの過去(2)

 兵士の家は、町の中央広場から10プレトロン(298メートル)ほど離れた場所にあった。大きな敷地に広い庭と二階建ての建物があり、この兵士がレッディード王国の中でもかなり身分の高い者であることをうかがわせる。

 兵士に案内されて中に入ると、初老の執事が出迎えた。

「お帰りなさいませ、だんな様。ところでそちらの方々は?」

「私の客人だ。応接間に案内して、待っていてもらってくれ。私も後から行くから」

「承知しました。では客人方、案内しましょう」

 ラックたちは執事の案内で、応接間へと通された。広い部屋の端には合計十二本のスタンドが置かれ、執事がその一つ一つに火を灯していく。中央には布張りの長いソファーとローテーブルが置かれ、テーブルの上には美しい生け花が飾られていた。壁には大きな絵画が掲げられ、その両脇には女性の立像が置かれていた。グリンピア王国の王宮と比べればさすがに見劣りしてしまうが、それでも十分に立派な内装である。

 こういう空間に慣れているシーナが真っ先にソファーへと腰を下ろした。もちろんどのソファーが客人向けなのか、そのしきたりもわきまえている。それを見たラックたちもシーナの近くに座った。

 白いシルクのレースで首元を飾り、オレンジ色の美しいドレスを着た女性が、ティーポットと六客のティーカップを持ってきた。歳は二十代半ばに見える。三歳くらいの男の子が女性を追いかけるようにして入ってきた。

「みなさん、ようこそ。夫は今、着替え中ですので、もう少しお待ちくださいね」

 どうやらこの女性は、この家の主の妻らしい。彼女が持ってきたティーカップは少しずつデザインが異なっているが、まずシーナが自分の好みのティーカップを選んだ。

「皆も好きなのを選んで」

 シーナにうながされ、各々が自分のカップを選ぶ。女性は残りの一客をこの家の主が座るソファーの前に置き、順番に紅茶を注ぐと、部屋の片隅に戻った。

「ここの主人が最初に飲むまで、紅茶を飲んではだめよ」

 シーナが小声で注意した。最初に客にティーカップを選ばせ、残ったティーカップで主人が先に紅茶を飲んで見せることで、毒が入っていないことを示すのである。その一方で客人が変なことをしないよう、主人が来るまではその家の者が見張り役を勤めることになっていた。

「待たせてすまなかった」

 先程の兵士が鎧から上着姿に着替えて入ってきた。左脇の下に、何やら布で包んだ板のようなものを持っている。こうして見ると歳は三十歳くらいだろうか?

「私の名はパーガス・コラウニー。我がコラウニー家は、グリンピア王国ができた頃からこのランデルマードの町に住んでいる」

 パーガスはソファーに腰を下ろし、紅茶に口をつけた。どうやら彼の家系はこの町に古くからある名家のようだ。

「これから大事な話がある。リネ、すまないが部屋の外で待っていてくれ」

 パーガスにうながされ、リネと呼ばれた彼の妻が子供を連れて部屋から出て行った。それを見届けてから、パーガスは上着の内ポケットからペンダントを取り出した。ラックたちが持っているのと同じく、そこにはオリハルコンがはめ込まれている。

「テラノム・サーサスール」

 パーガスはペンダントをラックたちに示しながら、改めてその言葉を口にした。「私たちは仲間だ」という意味である。やはりパーガスは剣士カシウスと共に戦った仲間の子孫らしい。

「テラノム・サーサスール」

 剣士カシウスの子孫であるノクトが同じ言葉を口にした。ラックは自分が持っていた三つのペンダントをローテーブルの上に並べた。

「なんと、三個も持っていたのか」

 驚きの声を上げるパーガスに、ラックはノクトを紹介した。

「そこに座っているノクトが剣士カシウスの子孫です」

「そうか、私の祖先も剣士カシウスと共に、漆黒の破壊神と戦ったと言われている。このペンダントは我がコラウニー家に代々伝わってきたものだ」

 パーガスはノクトに右手を差し伸べ、握手を求めた。一瞬ためらってからノクトもそれに応じる。

「ところでその三つのペンダントは君の家系だけに伝わっていたものではないだろう。なぜ三つも持っているのか、その経緯を教えてくれないか?」

 パーガスに質問されたノクトが、助けを求めるようにラックの顔を見た。

「それなら俺が説明します。元々、このペンダントはグリンピアの王室に二個、ノキリの村に二個、イエローサ王国の北にあるハプスの村に二個あったようです。そのうち王室にあった二個とノキリの村にあった一個がこのレッディード王国の赤いトラによって奪われました。ここにあるペンダントは、一個がノクトの家系に伝わるもので、残り二個はもともとハプスの村に住んでいたというカシウスの仲間の末裔から譲り受けたものです」

 ラックは今もハプスの村に住むフュードに害が及ばないよう、また余計な情報を与えないように注意して、これまでの経緯を説明した。

「そうか、なるほどな」

 パーガスは小さくうなずくと、この部屋に入ってきた時から持っていた布の包みを開け、中から石板を取り出した。そこにはノキリの村で見たのと同じ古代ネリシア王国時代の文字が記されている。

「ところで、君たちの中にこの文字を読める者はいるか?」

 それを見たシーナがパーガスの横に歩み寄り、石板を覗きこんだ。

「我は神々の言葉でこの文を伝える者なり」

 シーナが石板の文字を訳しながら読み上げるのを聞き、パーガスが驚きの表情を浮かべた。

「グリンピア王国歴紀元前33年、ネリシア王国に五人の神々が現れたもうた。すなわちラプラス、マイヤ、ソド、メルネ、セルナの五神である。その偉大な力を前に、もはや不要となったかつての文明は打ち捨てられた。新たなる神々の時代が到来したのである。特に虚空に浮かぶ漆黒の入り口は、我らがデルタイの源であり、我らを導くものである。漆黒の入り口を見つけし者たちよ、決して心の中の希望を見失うことなく、その先へと進むが良い。好運が汝らと共にあらんことを願う」

 ノキリの村にあった石板とは違い、後半はかなり抽象的な内容であった。しかしそれよりも、シーナは石板に書かれた「五人の神々」という件が気になっていた。マイヤ、ソド、メルネはそれぞれグリンピア、レッディード、イエローサの守護神である。セルナと言う名前も「しっかり者のセルナ」として、メルネの口からきいたことがあった。だがラプラスという名前は初耳である。

 彼ら五神と、古代ネリシア王国末期に現れた漆黒の破壊神には、何らかの関連があるのだろうか?

 シーナは頭の中を整理しようとしたが、次々に湧き上がる疑問を前に、余計に混乱してしまった。

「これが我が家に伝わる情報だ。今度は君たちが知る情報を教えてくれないか?」

 パーガスの求めに応じて、今度はシーナが説明を始めた。 

「ええ、分かりました。まずノクトが住んでいたノキリの村には古代ネリシア王国時代の文字で書かれた碑文があり、そこにはこう書かれていました。私は剣士カシウスの言葉を後世に託す者なり。王国暦248年、リファ・セイザールがイエローサ王国を建国する。王国暦419年、リューネ・ディルマーがレッディード王国を建国する。王国暦528年、ラック・ハイモンドがこの地を訪れる。汝、漆黒の破壊神の計画を阻止せよ、と」

「イエローサとレッディードの建国については史実どおりだな。もしそれが本当にカシウスの言葉だとしたら、彼は未来を予言していたことになる」

「ええ、そうですね。でも私たちが一番驚いたのは、その碑文に彼の来訪が記されていたことです。彼はラック・ハイモンドという名前で、剣士カシウスと同じくフレイム・ドラゴンの使い手なのです」

 シーナが右手をラックのほうに向けて紹介すると、パーガスは落ち着いた様子でラックの顔を一瞥した。

「ハイモンド……もしかして君がロイズ・ハイモンドの息子か? 噂はよく聞いているよ。きっと剣の腕も立つのだろう。もしよければ後で私と試合をしてくれないか?」

「もちろん、喜んで」

 ラックは親善試合をするくらいの軽い気持ちで応じたが、パーガスは意外な条件をつけてきた。

「そして敗者は勝者に自分の持つペンダントを譲ることにしないか?」

「え、なんですって?」

 ラックが呆気に取られた声を上げた。あまりに唐突だったし、そもそもパーガスは彼のことをフレイム・ドラゴンの使い手と知った上で、なお勝てる気でいるのか疑問だった。

 だが次の瞬間、そんな彼の自信を揺るがす一言がパーガスの口から飛び出した。

「実はな、私もデルタイの使い手なのだよ」

「一体どんなデルタイですか?」ラックは思わず身を乗り出す。

「それは戦ってみてのお楽しみだ。デルタイを持つ者同士の戦いでは、先に自分の能力を知られたほうが不利になる」

 パーガスが不敵な笑みを浮かべた。たしかにイエローサ王国での戦いのときも、自らのデルタイを知られていないカプリーがリューイよりも序盤を優位に進めることができた。お互いに情報を交換する上でやむをえなかった部分もあるが、今後はむやみに自分たちのデルタイを相手に吹聴ふいちょうするのは控えるべきだろう。

「ところでラック君、ここに合計四個のペンダントがある。残り三個のペンダントが揃えば、聖剣の封印が解けることは知っているな?」

「はい、そう聞いています」

「我が一族はペンダントを守ると共に、漆黒の破壊神復活の時が近づいたら聖剣の力を蘇らせることも、その使命として語り継いできた。そのためにはこの世界に散らばる聖剣とペンダントを一同に集めなければならない。そこで今から十八年前、私の父は先代国王にペンダントの存在を明かし、聖剣とペンダントを集めることを進言したのだ」

「それならこの十五年のあいだにハプスの村、王宮、ノキリの村が赤いトラに襲われたのはそれがきっかけで……」

 ラックが唇をかんだ。シーナはラックの右腕をつかみ、不用意な真似をしないようにいさめながら尋ねる。

「パーガスさん。あなたの家系では、漆黒の破壊神が復活することが予言されていたのですか?」

「その通りだ、グリンピア王国暦で五百年を越えた頃からその兆候が現れると言われていた。だからそれが正しければ、我々は漆黒の破壊神に抗いうる力である聖剣を復活させなければならない。そして今、ここに四個のペンダントが集まった。残り三個のペンダントと聖剣はつい先日まで王都パスタスの宝物庫にあったが、現在はイギスが持っているはずだ」

「イギス・ダンサンが?」ラックが険しい顔になる。

「イギス・ディルマー公だ。私の親友であり、憧れの人物でもあった。今はダッセル王の下僕に成り下がってしまったがな」

 パーガスが忌々しげに吐きすてるが、それを聞くシーナはイギス・ディルマーという名前に戸惑いを覚えていた。ディルマーと言えば、このレッディード王国の王室の姓である。

「そのイギス・ディルマー公という人は、赤いトラの隊長イギス・ダンサンとは別人なのですか?」

「同一人物だよ。イギスは我が王国の先代ラドル・ディルマー王の長男であり、王子だった。しかしその生い立ちゆえ、王位継承権を持たなかったのさ。そして今はダンサンという母方の姓を名乗っている」

 それを聞いて、シーナが首をかしげた。

「生い立ち? 先代国王の長男なのに、王位継承権を持たない生い立ちとはどういうことでしょうか?」

 彼女はグリンピア王国のティーナ王女として育てられ、このレッディード王国のダッセル・ディルマー現国王と婚姻する覚悟を決めたこともある身だ。そのあたりの事情が人一倍気になるのも無理はない。

「それは……。そうだな、そこの彼が私と勝負して勝ったら教えよう。何しろダッセル王の王位継承に関わる問題で、わが国でも一部の人間しか知らないのだ」

 しかしパーガスはそう易々とは教えてくれなかった。

「我が家に伝わる伝承が確かならば、漆黒の破壊神復活の日はそれほど遠くないだろう。だからこそ、世界はそれに対抗しうる強者を求めているのだ。その者こそが封印の解けた聖剣を手にするべきだと思わないか? 昔はイギスこそが聖剣の所有者にふさわしいと思っていたが、今は違う。あいつはダッセル王のあやつり人形のようになってしまった。ならば私自身が聖剣の所有者になろう。そう覚悟を決めたのだ。君が私の持つペンダントを必要とするなら、君が私以上のデルタイをもつことを証明してほしい」

 そう力強く語るパーガスからは、少なくとも邪念は感じられなかった。彼もまた一族の使命にじゅんじる人間なのだろう。ならばラックとしてもその覚悟に真正面からぶつからなければ、彼の一族に対して失礼である。

「いいですよ、ペンダントを賭けて戦いましょう」

「ちょっと待ってよ。そんな大事なこと……」と思わず止めに入ったシーナの言葉を、ラックがさえぎった。

「ごめん、ここは退いてはいけない気がするんだ。剣士カシウスとその仲間の一族は、何百年もの間それぞれ極秘に言い伝えや伝承、そしてペンダントを守り抜いてきた。その誇りと使命には俺なりに敬意を払うし、ここで負けるようであれば、イギスから聖剣を取り戻すなんて口にする資格もないだろ?」

 まっすぐに自分を見据えるラックを見て、シーナはふと以前のことを思い出した。かつて彼女がティーナ王女としてイエローサ王国のリューイ・レイレリールに襲われた時、ラックは真っ先に助けに来て、こう言ってくれたのだ。

「ここに、絶対に死なせてはいけない人がいたからです」

 ラックはその時と同じ目をしていた。彼は自分の信念に真っすぐな人間なのだ。そう感じた時、シーナはラックとパーガスの決闘が決して邪魔してはいけない神聖な儀式であることを悟った。

「分かった。私はもう何も言わないわ」

 シーナはラックに背を向けたが、その際にルサンヌと目が合った。ルサンヌもシーナの心中を見透かしたかのように黙ってうなずく。

 ここはもう、二人の誇りと信念をかけた戦いを見守るしかなかった。

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